第100話 怨念の霊廟 3

「ここでしばらく様子見ですか?」


「そうね、気付かれないように監視をしながら、色々と探っていくつもりよ」


 まずテーミスの顔も分からなければ、居場所も分からない。どの程度警戒していて罠を張っているかも分からない。


 そして、それを外から知る方法が無いとすれば、危険を犯して踏み込んで調べるしか情報を得る術が……無い。


 どんなに優秀な狩人であっても獲物を見つけなければ、狩りにはならないのが道理で、作戦など到底立てられるものではないだろう。


「もっと時間を掛ければ他にもやりようがあるのだけど…」


 はたしてテーミスは生き返ってどれくらいの時間が経っているのか?


 何の噂もたてずにどうやって暮らしてきたのか?


 自慢好きな教会を誰が抑えていたのか?


 そして、影に徹する方法を自身で思いついたのか?


 テーミスを放置しておく危険は十分に理解できるが、ウレイアはそこから調べるべきだと思っていた。


「トリィア、ここでは常に一緒に行動しましょう」


「常にですか?分かりました、それでは…」


「!、外出する時は、という意味です」


 トリィアは先に釘をさされてひどく落胆した顔を見せた。


「おねえさまー?それでは会話のやり取りが出来ないではないですかー。私が馬鹿を言ってぇ、それをお姉様がやっつける!それがコンビですよ?パートナーですよ?」


「…な、何かしら、私が悪いのかしら?ごめんなさいね…?」


「おお?まさかの返し。いえいえ、私にしっかりと付いてきて下さい」


 トリィアは自信ありげに胸をとんと叩く。


「それで?あなたに任せれば私たちは道化になれるのかしら?」


 トリィアの頰を両手で挟むと、かるくこね回した。


「んふふふん…お姉様が顔をほねるのは大お姉様の直伝らったのれすねー?」


「う…」


 そんなことを言われると、急に気まずくなって手を止めた。


「分かりましたっ。今度セレーネの顔を捏ね回してやります。大お姉様ばりに!」


「ん……まあ…手加減してあげなさい。そうそう、それよりも店が閉まる前にちょっと買い物に出ましょうか?」


「買い物ですか?行く行く、行きます!」


 ウレイアには少し試したいこともあって、散歩がてら買い物に出ることにした。ここに来る途中の店はほぼ頭に入っている。


「それで?何を買うのですか?」


「あなたの好きそうな食べ物と、あとは…この店ね」


「ええ?」


 宿の周りを確認して買い物を手早く片付けると、すぐに宿に戻ってきた。


 正面の入り口は複数の兵士に詰め所から見られてしまうが、裏の出入り口には隙がありそうだ。


「あのう、まさかここでお料理をされるのですか?お鍋に焚き付けまで買ってきて…」


 ウレイアは買ってきた鍋を暖炉の前に置くと、焚き付けを少し鍋の中に入れた。


「まあこの暖炉の煙でも構わないのだけど、鍋の中で漂う煙の方が分かりやすいでしょ?」


 力で焚き付けに火を点けるのは簡単なことだ。当然鍋の中には煙がゆらゆらと溜まっていくと、それを見てトリィアもウレイアの意図に気が付いた。


「ああっ、もしかして!」


「言ったことがあるでしょう?私は実感が得られない技は覚えづらいって、これなら空気の動きを目で見ることができるのよ。それに、鉄は切れないのならこの中で試せば安全でしょう?やってみる?」


「もちろんですっ。さっすがお姉様、これならどのくらい進歩しているかも一目で分かりますね」


 ウレイアはうなずいた。せっかくケールが残そうとしてくれたものだ、何とか自分達のモノにしたいと思っていた。


 それにただぼうっと部屋で暇を持て余すより、余程有意義に時間を使えるというものだ。


「いつものことながら、出来たと思えた時には思うままに扱えるでしょうけど……」


「あ、でも私が使わせてもらって良いのでしょうか?」


「もちろんよ、さすがに遠距離監視と一緒には練習できないし。でもあまりこんを詰めないようにね?急に動かなければいけない事もあるかもしれないから」


 トリィアは椅子を暖炉の前に据えた。


「分かってまーす。それにあくまでリラックスですよね?」


「そう、何らかの干渉は出来るでしょうから要は形のイメージが整えば…」


「本当だ!今まではどんな風に『触れて』いるのか分からなかったけど、これなら分かります。まあでも、やはり感触めいたものは感じられませんが……それにこれを何も目印の無い中空で行うというのは…」


(トリィアがこの技を使いこなせるようになれば、私と対等以上の攻撃力を得られるかもしれない。そして、この静かで殺傷能力の高い技ならば…)


「あはは、くるくる回すのは簡単ですよ、お姉様ー。お姉様……?」


「んん?ふふ、頑張らないで頑張りなさい」


「頑張らない?うん、そうですよねっ。じゃあとにかくもっとこう…ぺたんこにしないと………」


 きっとトリィアは遊んでいるうちに使えるようになるだろう。そうすれば同族との…たとえば自分との戦いにおいても強力な武器になる。そんなウレイアの悲しい覚悟をトリィアは知らない。


 そしてこの技の応用は、ウレイアにとっても今の攻撃力をさらに強力なものにする可能性を秘めている、そう思っていた。

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