第101話 怨念の霊廟 4
トリィアはアドバイスに従って、玩具で遊ぶかのようにケールの技を会得しようとしていた。飽きては放って、思い出したようにまた遊ぶ。ウレイアも監視を少し中断しては横入りして、トリィアと一緒に楽しんだ。
「確かにね……揺らすくらいは前からしていたけれど、要点は刃としてイメージ出来るかどうかね?かわいい竜巻は作りやすいけど」
「ケール様は『固くする』なんておっしゃってましたけど、感触も無い空気を固めるって……?だから押し固めようとしてもどうも上手くいかないのですー……!」
(私がケールの記憶と感覚を自由に引き出せることが出来れば苦労はしないのだけど……それに出来たとしてもそれはケールと私の人格が混ざり合って、今の自分を保てるかどうかは予想出来ないし、なにより気分的に気持ちが悪い)
「薄くて丸い『ヤイバ』というのが問題ね…切れるイメージも湧かないし、回転して順に刈り取っていく事象とは矛盾しているような気もするし……」
「でもケール様は簡単そうに見せてくれました」
「まあね、あくまで本人がイメージしやすければ良い話だから。あ……いっそのこと使い慣れた鋼糸をイメージしたらどうかしら……?」
「ああっ…なるほど!なら、『薄く固く』では無くて『細く硬く』ですね、それを一瞬で回せれば私が見たイメージ通りですっ」
ポンと手を叩いたトリィアだったが、すぐに鍋を覗き込んだりはしない。まずはイメージを固めようと空を見つめている。確信は無いが自信に満ちたトリィアの顔を見れば後は時間の問題だろう。
(わたしは私で、使い方を考えなければね……)
翌日は十分に人の往来が増えるのを待ってから何らかの情報を得るためにボーデヨールの観光をすることにした。
その出かけに……
「お姉様っ、私にも『監視』の加減を教えて下さい。ここへ来てからお姉様ひとりに監視を押しつけていては、申し訳なさすぎます!」
ボーデヨールに入ってからはトリィアには力を使うことを制限してある。万が一にも自分達の気配を気取られないよう細心の備えが必要だからだ。
しかし、実はトリィア自身がそう言ってくれるのをウレイアは待っていた。
「そうね…加減自体は難しいことでは無いのよ?大切なのはそう……それじゃあ、この人差し指を見て。本物の目でね」
ウレイアは右腕を真横に軽く伸ばして人差し指を立てた。
「指から目を離さずに視界の中にある私の顔を見て。口の動きが分かるかしら?ただし、あくまで集中すべきは人差し指よ」
「ううん…何とか分かります」
続いて左腕を同じように逆に伸ばしてこぶしを作った。
「視界はこれくらいかしら?一瞬だけ左手の指を立てるから何本立てたか答えてね?」
「ええ?」
「はい!」
2本指を立てるとすぐに握り直す。するとトリィアの視線が見逃すまいと僅かに動いた。
「あら?視線がつられたわね?つまりは一瞬でも左手に集中してしまったでしょう?この左手はテーミスよ、今の一瞬であなたの監視に気付かれたかも…私なら間違いなく気付いていたわ」
「は…っうぅー……」
トリィアはがっくりと肩を落とした。
「どんなに予期しないことが起きても、僅かでも心を波立たせてしまっては相手に気付かれてしまうかもしれないわよ?監視をわざと希薄にしたり、ナニにも注視しないようにするのは簡単だろうけれど、それを保ち続けるのは中々難しいことなのよ。失敗できない状況では特にね……」
「み、未熟ですっ!鼻垂れのおばかさんです、一体ここへ何しに来たのか………それにしてもお姉様ったらっ、嫌味なほど分かりやすいったら……」
思った以上にショックだったのか、くしゃくしゃと崩れおちる。
「仕方がないわね……少し、練習してみる?」
「くぅー、はいっ、お願いします!」
こぼれる悔しさをすすると、立ち上がってぐぐっとウレイアに迫って来た。
ワントライは一瞬のこと、短い時間でも百回か二百回か、神経をすり減らす練習にトリィアがぐったりしてきてもウレイアは手を止めない。
そのうちに程よくトリィアが抜け殻のようになってきたところで、
「さんぼんー」
「はい!」
「い、いっぽんー?」
「うん、いいわよ」
「はえ?」
ぼんやりとうつろな目で瞬きしながらウレイアの顔を見た。
「大分疲労と倦怠感でちょうど良く散漫になってきたわよ。そのまま…その感じを保ったまま今すぐ外を見てみなさい、もうひとつの『眼』でね」
「ふう……」
トリィアはウレイアにもたれかかると目を閉じて外へと意識を拡げた。
「はー?ぼやけているような、景色がぺたっとしているような…」
「そのままよ、人も動物も景色の一部にして意識しないようにね」
ひとつのことに捉われずに全体を見ることで新しい視野と認識に気付く。
それはウレイアが教えた『触れて視る』ことに馴染み、脳を強くしてきたトリィアの努力がちゃんと礎となっていた。
「あ、ああ……っ、見るともなく見ていると、沢山の人がそれぞれ何をしているのか同時に分かりますっ!」
「そう、それが『遠目の目付け』よ!全てを同時に見ること、集中して見るより実は多くのことが分かるし、戦う者が生き残る為にも必須の能力よ?馴れると何かを集中して見るより楽だし、普段から自然と出来るようになるわ、本物の目で見ている時でもね?」
途端にトリィアは元気を取り戻したようで、手に入れた文字通りの新たな『眼』が逃げていかないように、自分の身体に刻み込もうとしていた。
「そうか!同時に観ていると突然何かが起きても動じようが無いんですね?」
「それもそう、しっかりと覚えればあらゆる事に役に立つことだから忘れないようにね?」
「はい、分かりました。それに、お姉様が見ている世界にまた少し近づけたように思えて嬉しいですっ」
特に360度見通せる彼女達が使うことで、敵に囲まれた時にも、同時に攻撃を受けた時にも、考えるまでもなく体が自然と対処してくれるようになる。
「これなら、お姉様のお役に立てるかもしれませんね?」
「うーん、そうねえ、じゃあまずは身の周りの監視を任せるわ。それで慣れていきましょう?」
「分かりましたっ、任せて下さい!」
(より広く私が先にチェックしていれば問題はないでしょう)
「それと、これは私達でもままならないことだけど…」
「はい?」
「パーソンズのことを思い出せば分かると思うけれど、一度私達と対峙したことがあると、感の良い人間は私達を判別できることがあるでしょう?もっとも彼の場合はそれまでに磨いてきたモノもその動機も特別だったでしょうけれど」
「あー、エキドナさんとは会えたのでしょうかねー?まあでも、私達を見つけた時も半信半疑でしたよね?どちらかと言うとお姉様から自己紹介したようなものでは?」
ううむ、やや薮蛇ではあった。
「そ、そうね…そうかもしれないけれど、神兵にしてもテーミスにしても、私達に関わっていそうな者は要注意ということを言っておきたいのよ」
「もちろんっ、分かってます。はなから無視することも、あくまで平常心でシラを切り通すということも。それでも面倒になりそうなら忘れるように命令します」
さすがにそのあたりはウレイアと行動を共にしていれば自然に身に付いているようだ。それを行うだけの『力』もトリィアは既に備えている。
「そう、ならもう言うことは無いわ。行きましょうか?」
「はい、お姉様」
でもその前に、外に出るついでにウレイアは宿の従業員に声をかけてみる。
「いいかしら?」
「はい?」
「この街は路地に入ってしまうと随分複雑なようだけど、地図のようなものはあるのかしら?」
「はあ、残念ながら無いですよ。まあ、あまり大通りから離れず、迷った時は詰め所の兵士に聞くのが正解だと思いますが……」
「そう」
(まあ、本拠地である城塞の地図が出回ることを許すはずもないか)
さて、はたして何を見つければ良いものか?こんな時、隠れた獲物を誘い出すには相手の好物をちらつかせ罠を仕掛けるのが手取り早いが、相手に教会までも含めるとなると後で面倒が残りそうな手は使えない、なら……
「何か面白いものがありませんかね?目的もー特にありませんよね?」
「このまま、距離はあるけど教会の方まで行ってみましょう」
それにしても静かな街だった。
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