第99話 怨念の霊廟 2

 ボーデヨールは幾つかの丘を越えると、草原の中に突然姿を見せる。


 遠く離れた場所からは大きな盾状の岩山が横たわっている様に見えて、そこから幾本もの煙を立ち昇らせている姿には違和感を感じる。


「お姉様はボーデヨールは初めてでは無いんですよね?」


「ええ、過去に2度訪れているわ。一度目は移り住む場所を探していた時、2度目は今の仕事でね」


「ボーデヨールの方がエルセー様とも近いし……なぜカッシミウに決めたのですか?」


 ウレイアの心がふつふつと粟立つ。


「それは、行ってみればわかるわ」


 街に近づくと城を囲む城壁の東側には一見雑然と街が広がっており、城へ通ずる大通り以外の道は、故意に狭く複雑な迷路のように造られているのが分かる。


 無論、城壁にも直接外へ通ずる門が幾つかあるが、それは常に堅く閉ざされたままで、遠回りであっても出入りは大通りから、それが原則となっているようだ。


 道を遮るように連なっている建物の要所には、兵隊たちが待機しながらも警備の目を光らせる為の詰所が数多く配置されており、巡回する必要も無く不審な者を発見できるようになっていた。


 その様子からトリィアは、その理由をすぐに理解した。


「これは…街そのものが城壁の役目をしているのですね?」


「そうね、誰もがその城壁の中に住んでいると言っていいわ。ただし、街の中心が富裕層、外へ行くほど貧しい家が多いわね、基本的に」


 石造りの堅牢な家が背中合わせに建てられているということは家の中を通り抜けることもできないはずだ。それを連ねて建てていけば、街の発展とともに巨大な迷路も拡大していくというわけだ。


「でもそれでは、敵が攻め入った時には外側の住民はまっ先に…」


「一応城壁の中にも町があってね、貴族や特権階級の住民が住んでいて、有事の際にはこちらの住民も城壁内に避難するようだけど…やはり避難できるのは中心部に住んでいる一部の住民だけでしょうね?」


 路地を見通そうとしてもすぐに行き止まりに視線がぶつかるのはかなり奇妙な光景だった。


「まあ、壁に囲まれている町の方が珍しいけれど、ここまで格差が目に付く街は少ないんじゃないかしら?」


「うーん、それに何か兵隊さんの視線がうるさいですねー?ここに比べるとカッシミウ……と言うかペンズベリー王国はもっと自由で賑やかな雰囲気が良いですよね?確かに、あまり住みたいとは思いませんねー」


 2人は詰め所からの見張りの視線を程よく無視しながら大通りを歩く、馬を引きながら……


「この街の雰囲気が辛気臭いのは、それは王家を筆頭に敬虔な教会信徒が圧倒的多数なためよ。そして…この先に見える城壁の入り口の左に建っている大きな建物が教会」


 街に入ってからまだ幾らも歩いてはいないのに、はるか先の城壁の横に視界の中では一番高い建物が見えている。


「あそこに…テーミスがいるのですね?」


 トリィアはまだ姿も見えないテーミスを嗅ぎ分けようとする肉食のケモノのように教会を見据える。


 普段は決して見せないトリィアの牙がちらりと光った。


「逸ってはだめよ、トリィア?今はテーミスの正体を少しでも明らかにすることに集中しましょう。まずは、宿に落ちつきましょうか?」


 中央の通りに面した大きく目立つ宿、最近増えてきたホスペス【ホテルの原型】のルースはエルセーがここを訪れた際の定宿らしく、土地勘のある彼女の勧めに従った。


「お、おおー?まるで貴族のお屋敷みたいです…けれ、ど……?改めて思いますけど大お姉様のお屋敷は本当に凄いんですね?」


「やっと正しい認識を持ってもらえて良かったわ」


 中に入ればこのホスペスの内装も贅沢なものだが、小ぢんまり感は否めない。マリエスタの家は大きさもそのグレードも王族の自宅としても遜色のない屋敷なのだ。


「それじゃあお部屋はどーんと……」


 トリィアは期待を込めて部屋のドアを開けた。


「ううん、なるほど…綺麗でちょっと贅沢ですけど…普通でした。大お姉様のところの客室の方がやはり凄いです」


「あまりマリエスタの屋敷と比べないほうがいいわよ?あれと肩を並べられるのはそうねえ…広い所領のある公爵以上かしら?そういえば初めてマリエスタの屋敷を訪れた時にあなたは少しも騒がなかったわね?」


「それはもう…っ、お屋敷を見た瞬間から驚いていましたよっ?でもお会いする前から大お姉様は謎めいた方でしたし、驚こうにも使用人の方達の目がありましたし、何より大お姉様とお会いしてからはあの大きなお屋敷に住んでらっしゃる姿にまったく違和感を感じなかったので、自然と受け入れてしまいました」


「まあ、あの人はどこででもすぐに女王様になってしまうもの、油断して気を許しているとすぐに取り込まれてしまうわよ?」


「う…たしかに……気がついたらエルセー様のわがままを自然と受け入れています、恐ろしい……」


 そんなエルセーを拒めるようになれば極みに達したと威張れるかもしれない。


「あ、お姉様、ついたての裏にバスタブが置かれていますよ。頼めばお湯を張ってもらえるのでしょうか?」


「でしょうね、都合が良いわ」


 他にも出入り口が複数ある点や、教会までの距離、脱出ルートの確保のし易さなど、さすがにエルセーが勧めるだけあった。


 さらに今朝別れる際には……





「レイ、ボーデヨールに入ったらこのお金を使いなさい。分かっているとは思うけれど、絶対に両替したり、ペンズベリーのお金は使わないようにね?」


「はい、私もエルセーに両替をお願いするつもりでした」


「両替なんて必要ないわ、これを持って行きなさい。とにかく他の国のお金を見せると目を付けられるかもしれないから……」


「分かりました、このお礼はまた別の形で、ありがとうございます」


「そういうこと言うとお、後が怖いわよ?くす……」


 エルセーはそう言って多すぎるお金を置いていった。



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