第98話 怨念の霊廟 1

 ハルムスタッドの首都であるボーデヨールは、国境にほど近いクルグスからは馬で半日と少し、朝に主発すれば遅くとも午後3時には到着できる距離にある。


 見渡す限りの草原の中に築かれた城塞都市は、ハルムスタッドが遷都して以来今だに拡大を続けていて、モーブレイにとっては近隣諸国最大の友好国でもあった。


 クルグスでエルセーと一旦別れた2人は、ボーデヨールでの再会を約束して先に首都を目指していた。


「お姉様…昨晩は夜中に起こしてしまってすいませんでした」


 これは失言である。


(ん?トリィアがエルセーの悪戯を謝るというのはどういうこと?その理由があるというなら私は自白と受け取ってしまうけど?)


「私を起こしたのはエルセーでしょ?なのにあなたが謝るなんて……それともあの悪戯にはあなたも一枚噛んでいたの?」


「めめ、滅相もないっ。あれはエルセー様の暴走です。私はただ、大お姉様とお姉様の信頼関係の深さに気付いたことをお話ししていただけで…羨ましいなぁって…」


「!、ん…ま、まあそれはねっ…幼い頃から命を預けて育ったのだから自然と培われたモノというべき?でしょう?」


 何故かウレイアは顔を赤らめて、顔をそむけた。


「は?んんー?お姉様?おかおが……」


 ウレイアの機微を見逃さないトリィアはその異変に気付かない筈もない、クールフェイスなウレイアがおかしな反応を見せたその理由……それはまだ陽も登りきっていない今朝のことだった…深い眠りから目を覚ました時にウレイアの隣にいたのは


「ん、んん…え?エルセーっ!なぜ私のベッドに?」


「あら、おはようレイ。ええ、そのことについては是非説明させてちょうだい」


 体を起こして首を怠そうに回すと、エルセーは淡々と語り出した。


「私がねえ、まあ暇を持て余してあなた達の寝顔を見に来たと思いなさいな。それはもう良く眠っているようで、特にあなたのことはベッドのすぐ横でしゃがんで見ていたのだけど……」


「よこで……はあ?」


「そうしたらねえ、何か呟くものだから耳を近づけて聞こうとしたら、私の名前を呼びながら首をがっしりと抱きかかえられたじゃないの!」


「え?」


「驚いて体を引いたらもう、首が折れそうなくらい力が入っていたから振り解けなくてねぇ…離してくれないから今まで添い寝をしていましたっ!」


「ええっ?」


(信じられないっ、こ…このわたしが?……)


 ウレイアは恥ずかしさのあまりエルセーの視線を腕で遮った。それに全く記憶に残っていない。


「はっ!!」


 思い出してトリィアの方へ振り返ると…幸いまだ寝息を立てていて、それを見たウレイアはほっと胸を撫で下ろした。


「まあ、ちゃんと起きて見張っていたから安心しなさい。少し体は、固くなったけどねぇ…うふ、っふふふふ、レイったら可愛いぃー、あー…しばらくはこれで気分良く過ごせるわあ」


「くっ…」


 あまりの恥ずかしさにウレイアはベッドから飛び起きると、ソファーの端でしばらく落ち込んだ。こうして、消すことの出来ない汚点がエルセーの記憶とウレイアの歴史に刻まれてしまった。


 そして、今はトリィアの顔をまともに見ることも出来ないでいるというわけだ。


「大丈夫ですか?お姉様っ。どこか具合の悪いところでも…」


「い?いいえっ、大丈夫よ」


「んー……さ て は ?……何か昨晩大お姉様とあったのですか?」


 !っっ


 挙動不審を見とがめられるのは仕方がないとしても、ウレイアのこととなるといささか鋭どすぎる。


「な?何もありませんよっ!変な勘ぐりはおやめなさい」


 トリィアはウレイアをじっとりと見つめると、


「お姉様がそれほどに恥ずかしがられるということわー、逆にぃ……」


「もうおやめなさい。エルセーに会っても聞き出そうとすることは禁止ですっ、いいですね?」


「え、ええー?多分ですけどそれほど恥ずかしがられるような事では無いんじゃないですか?おそらくですけど凄く…かわいらしいことでは……?」


「トリィア…もう勘弁して」


 許しをこう姿を見てトリィアはむずがゆそうに微笑み、目を逸らしているウレイアを目に焼き付けているようだった。


(こ、こんな可愛らしいお姉様は滅多に見られるものではありません!一生ものですう。聞きたい…っ、でも聞いたら拍子抜けするんだろうなー、これは聞かずに楽しんでいた方が何倍もお得とみましたっ……!)


「と、トリィア……妄想も禁止です」


「そ、そんなぁー?」


 きっとトリィアはボーデヨールに着くまでの間もいろんな事を想像して喜んでいるに違いない。それならばいっそのこと話してしまった方が…そんなことも頭をよぎったが……


(ん…むりだわ……っ)


 それ程の勇気をウレイアは持ち合わせてはいなかった。

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