第90話 …reunion 3

 トリィアはエルセーとウレイアを両脇に抱えて、上機嫌でエルセーの部屋に向かっていた。


「お姉様方!美味しくて楽しい食事でしたね?」


 もう今ではテーミスを葬るのに刺し違えてでもなどとは誰も思っていない。


 これからは狩りである。獲物をおびき出し誘い込み命を刈り取る、その算段をエルセーと話し合った。


「テーミスもまさか自分が奇襲を受けるとは思っていないでしょう。私もそこにつけ込むつもりだったけれど、今だに所在すら確かめられないのよねぇ?」


「なるほど…この辺りには居ないのか、表に出る者には自分の居所を隠しているのですね?後者だとすれば深く踏み込んでくる者には罠を張っているかもしれませんね?」


 エルセーであっても情報源が無ければ探りようがない。ましてや遠距離監視など使えば大声で戦線布告をするようなものだ。


 次いでウレイアはこちらの持つ情報として、エキドナとのいきさつを説明した。


「んー微妙なところねぇ?」


「そうなんです、真実の中に嘘が混在している…そんな印象を受けました」


 その会話にトリィアは疑問を口にした。


「エキドナさんは敵なんですか?私にはそうは思えませんでした」


「ええトリィア、あなたの認識は間違っていないと思うわ。でも味方でも無いと思うわよ?」


「はあ?」


「なのでエルセー、2、3日待ってみても良いと思うのですが…」


 ぴきっとトリィアの眉が跳ね上がった。


「お姉様!私を置いてけぼりにしないで下さい、敵方でも味方でも無ければ何方なんですか?何を待つのですかっ?」


 ウレイアはトリィアに肩を鷲づかみにぶんぶんされた。


「こらこら、トリィアちゃん、いえトリィア、あなた今自分で答えを言っていたようなものじゃないの?」


 エルセーにたしなめられると、トリィアは自分の言葉を思い返した。


「え?ええと、敵でも味方でも無い…テーミス方でも私達方でも無いなら…あ!自分方?」


「正解、多分ねえ……」


「あ、分かった!エキドナさんはテーミスと私達をぶつけようとしているんですね?あれ?大お姉様…今私をトリィアと?」


 ウレイアはトリィアの手を肩から引き剥がしながら説明する。


「エルセーはあなたを大人として認めてくれたのよ、良かったわね?」


 エルセーはにこにこしながらトリィアにうなずいた。


「おお、大お姉様ー!」


 エルセーに抱きついて頭を撫でられている姿はとても大人には見えないのだが。


「レイはそのエキドナを逆に利用したいのね?」


 ウレイアはうなずく。


「まあなるべく危険は犯さない性分なのでしょう。私達をぶつけてテーミスを葬れれば良し、と言うかおそらく最初から…」


「そうねえ、『勝てない相手は自分のところに誘い込め』そうテーミスに言われているのか……ねぇ?」


「はい、そうでなければエキドナは捨て駒ですし強い同属は野放しのままです。それに考えてみればこれはエキドナにとっては破格の条件です。追い詰められてこの条件を出されたらまず断れないでしょう。無論エキドナを使えると判断しての誘いだと……」


「と言うことは何ですか?テーミスは自分を倒す刺客を送って来いと、言っている訳ですか?なんて自信過剰で尊大なっ!」


「でもそれなら、こうまで表に出てこない理由にもなるでしょう?まあ、ちょっと弱いけれどね」


 エルセーはウレイアの話しを整理する。


「つまりい、どちらにしてもエキドナは結果を確認する為に戻ってくると思っているのね?それを利用すると…」


「はい、身を隠すことには自信を持っているようですから。それに私達が仕損じても手傷を負わせていれば自分でトドメを刺す気でいるのではと……それが叶わなければこのまま次の候補を探すか、姿をくらませるのか…」


「なるほど…納得したわ。でもエキドナが現れなかったらどうするの?」


「早急な解決をお望みでしたら、探索を行った上で陽動と暗殺を同時に。この人数なら如何様にも…」


 エルセーはすっと目を半眼に伏せて静かに微笑んだ。


「いいでしょう……あなたが言うように待ちましょう。でもエキドナが現れなければ…」


「はい、どこまでもお付き合い致します」


 この時のエルセーに見せたウレイアの笑みはトリィアの心の芯を震わせた。まるでお茶や散歩にでも付き合うように、気合いも気負いも無く、快く共に生く。


「かっ…」


「か?」

「か?」


 トリィアが変な息を漏らしたかと思うと


「かっっこいいですーっ、おふたりともっ。いつまでも見ていられます、もうお終いなのですか?第二幕は?」


「おほほほ、お客様……今宵はこれまで…」


「あ、いえエルセー、他に少し聞きたいことがあるのですが…」


「まあ?第二幕?」


「いいえ、これは…」


 ウレイアはトリィアの顔をちらりと見ると、最も確かめたかった疑問をぶつけた。


「アドニス…と言う名前に心当たりは?」


「!?っ、アドニス?…マリエスタは初代、いいえ、ケールから王位を引き継いだこの家の最初の王だけど…あなた、どこでその名前を?」


「!……では、その名前を私の前で出したことはありましたか?特にあの…ブルーベルの石碑に座っていた時などに」


 エルセーは要領を得ないといった様子で聞き返してきた。


「ないわねぇ、どうしたの?あなたらしくもない」


「エルセー、貴女なら他人に記憶を植え付けるマテリアルを作ることは出来ますか?」


「えぇ?一体何の話しをしているの?ちゃんと説明をしなさいっ」


 おそらくエルセーでもそんな方法は知らないだろう。あんな不可解な、珍妙な夢の話しをエルセーは真面目に取り合ってくれるだろうか?


「取り合うに決まっているでしょうっ?例えアドニスの名前が出なくてもね。でもねぇ、記憶を誰かに渡す方法も思いつかないし……それは多分、ケールが意図して行ったことでは無いと思うわねぇ」


「私の知らない記憶が頭の中にあることが…そう、気味が悪いのです。それに、危険かどうかも分からない」


「危険に決まっていますっ!」


 その場で見ていたトリィアは、一瞬でもウレイアの人格がのまれていた様子を知っている。


「そんなことになっていたなんて…あの時のお姉様はまるで別人のような気配がしました。まさかその内にお姉様がケール様になってしまうなんてことは…」


 わななくトリィアをエルセーはなだめる。


「まぁまぁ、落ち着きなさいトリィア。……そうねぇ、私も実際にあの石には腰を掛けたことがあるけれど、私には何の影響も無かったわねえ?確かに、あの時のあなたは…何かに惹かれるように…まるで座り慣れた椅子にでも座る様にあそこに腰を掛けていた。でもその後も特に変わった様子は無かったのだけど…」


 3人三様にあの時の記憶を辿る。


「まぁ、あの場所がケールのお気に入りだったであろうことは私も想像したし、碑文からもそれは感じることができるわね?あそこでケールは様々な事を想い巡らせたのでしょう、石はマテリアルとして沢山の記憶を溜め込んで、その想いの何かと強く引かれあってしまったのかしら……?それと同時にケールの記憶が流れ込んできてしまった……」


「そんなことが起こり得るでしょうか?ああ、それから5人の…弟子とエリスと言う名前も…エリスはアドニスに残していった弟子のようですが……」


 エルセーはまた考え込んでから、


「結局何の記録も無いから分からないの。そのエリスと言う名前もアドニス以後の記録には無かったわねえ。まあ、でも危険は無いんじゃないかしら?あなたがケールになってしまうとも思えないし、今頃顔を出したのはテーミスのことで私達を守りたいという強い気持ちがケールの記憶を呼び起こした…のかしら?」


 確かにウレイアはケールが行っていた国づくりというものに強く興味を惹かれた。その理由が知りたかったし、結果を教えて欲しかった。


 昨日の夢?はケールからの答えだったのだろうか?何かを問えばこれからも応えてくれるのだろうか?


「まぁ、とりあえずはあまりケールのことを考えるのはやめておいた方が良いのかしら?ままならないとは思うけれどねえ?」


「はい…要領を得ない、とはまさにこのことですね?自分の何をコントロールすれば良いのか分かりません」


 エルセーはウレイアの手を掴んで、


「苦しむあなたに何の助言もしてあげられないなんて恥ずべきことだわ、ごめんなさいね?」


「いいえ、お気になさらずに…」


 それよりもやはり、今はテーミスの問題だろう。そのためにはそろそろクルグスでエキドナを待ち構えていなければならない。


「それではエルセー、私達は偽装をしてクルグスに潜り込んでいますので、宿はクロスビーで名前は…アデラとアンです」


 するとトリィアは少し肩を落として悲しい顔をした。


「ですよねー…?」


「ん?ああ、あなたはここにいてもかまわないわよ?」


「な、何を言うんですかっ?お姉様をおひとりにはできません。私はお姉様と『一心同体』を自負していますからっ」


 トリィアは胸を張って答えた。


「はいはい、まあここに来た言い訳は仕事のついでと言うことにしたいから、本当は居付かれても困るのだけど?」


「ふっふっふ、私をお試しになりましたね、お姉様?無駄ですわお姉様っ。どんなに邪険にされようともお姉様のうしろには必ず付いて回りますわ、たとえお花摘みであろうとも…」


「迷惑です」


「はい、すいません…」


「それではエルセー、連絡は…緊急の場合には遠距離監視を使いますので、距離は以前と同じと考えてよろしいですか?」


 『距離』とはエルセーが見通すことができる範囲のことだ。


「結構よ」


 お互いを見通せる距離まで近づけば、手振りやメモ書きなどでも相互の意思の疎通が出来るのだ。それを確認して、とりあえずエルセーとは別れた。

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