第91話 …reunion 4
もう日も落ちてすっかり暗くなった夜道をクルグスを目指して馬を走らせる。今夜は月も明るく、目の良い馬にとっても苦になることはないだろう。
宿に着くと、マリエスタの屋敷とこれ程違うのか?トリィアはそんな顔で部屋を見回しているが、これでもこの町で一番上等な宿を選んだ。少なくとも清潔なベッドとソファーがある。
「それにしてもお姉様?エキドナさんが私達のように街道を外して移動していたらどうするのですか?それこそ何十キロと外れて」
「ここで見つかる可能性は7割位だと思ってるわ、2日待ってダメだったらボーデヨールを探すつもり。それでもダメなら…まあ、とりあえずは教会を見てみたいわ」
「では、ここでは2日間ですね?先にお姉様は休んで下さい。動いていなければ楽勝ですから……」
「そう?」
ウレイアは何故か……いつもならばトリィアを休ませて自分で見張るのだが、この時はトリィアの言葉に甘えたいと思った。
小さな町の夜はますます静まりかえり、トリィアの興味を引くものはたまに紛れ込んでくる野犬や遠巻きに彷徨く動物くらいのもので、そんな景色を眺め続けてもすぐに飽きてしまいそうだった。
トリィアの視線は遠くに近くに、時にはこの時期には少ない花を見つけては確かめたりと、気を紛らわせながらトリィアなりに夜の散歩を楽しんでいた。
そんな時…
「お姉様?」
傍らで眠っていたウレイアはいつの間にか起き上がって座り込んでいたのだが…トリィアはすぐに彼女の異常に気が付いた。
まとう気配で個を識別できる彼女達の能力は、ある意味では犬の嗅覚のように大切な能力だと言える。
「まさか?、そんな…お姉様じゃ?無いっ!?」
トリィアはベッドから飛び出し、ウレイアを強く抱きしめると、狼狽しながら必死に訴えた。
「うそっお姉様帰ってきて!お願い、私のそばに帰ってきて下さい…」
「私は…石の上で考え事をしていたはず…ここは?」
トリィアは震えながらウレイアの顔をじっと見据えると、
「まさか…まさかケール…さま?」
「!、私の名前を知っているお前は誰だ?この状況を説明しなさい!」
「お姉様っ!のまれないでっあなたはウレイアっ、私はトリィアでしょう?」
トリィアはウレイアの手を自分の顔に押し当てながら呼び続けた。その手をウレイアは振り払った。
「ええい、ワケの分からないことをっ?!私はお前を妹にも弟子にした覚えも無い」
「ケール、さま…今すぐにお姉様を返してっ、開放してっ!お願いしますっ!」
さすがのケールもすがるトリィアにたじろぎながらもう一度辺りを見回した。
「とにかく…落ち着きなさい。その様子なら何か事情を知っているのでしょう?」
「あなたはウレイア、ケール・マリエスタでは無いんですっ…か、鏡は?ええと、荷物は?あ!そうだ!!自分で自分を見て下さいっ、出来ますよね?」
「あ?ああ、見ればいいのか?」
ケールは今の自分の姿を俯瞰から寄って確かめた。
「!、これは…だれだ?」
「ですからっ、あなたはケール様では無いんですっ」
トリィアは混乱している頭の中を精一杯整理しながらウレイアがあの玉座に座ったところから説明した。
「あっはははは…あれを玉座だって?確かに気には入ってたが……しかしな」
ウレイア…いやケールの顔はすぐに重い表情となった。
「とても飲み込めないわね…この状態もそうだけど、私はわたしとしか思えないし、200年前?しかも既に国が無いと言うの?とても信じられない」
「いえ、あの年数には自信は無いのですが…ああ、もうどうすれば…とにかくお姉様を返して下さい」
「困ったわね…実感も湧かないし、別に成り代わるつもりも無いが…正直どうしたら良いものかさっぱり分からん」
「ええー?そんな…もうテーミスどころじゃ…」
「ん?テーミス?誰ですかそれは、教えなさい」
(はあ?)
今そんなことはどうでもいい、トリィアが一番知りたいことはウレイア自身がどうなってしまったのかということ。
ただ、そう思っても解決するアイデアがあるわけでも無い現状では、ケールに問われるままテーミスのことを説明するしか選択肢が無かった。
「ほう、天使か!あいも変わらずうるさい奴等のようね?」
「天使をご存知なんですか?」
「ええ、昔から。最も天使などと呼ばれてタチが悪くなったのは最近のようね?いや、私からすれば、なのかな?」
「でももう、それどころじゃ…」
「まったく、そんなに落ち込んでも何も好転はしないでしょう?もっと前を…」
ケールがトリィアの肩に手を置くと、首にかけていたペンダントが小さく揺れた。
「しかし何ですかっ?お前も私…では無く、ええと2人とも寝る時までこんなアクセサリーを付けて…気になって仕方がない……」
「そんなことはどうでも…もうっこれは私達にとっては…」
トリィアはこの石や鋼糸の意味を説明して聞かせた。
「なるほど、綱糸に術石か、面白い」
「術石?ケール様はこれを『術石』と呼んでいるのですか?」
「ああ、私の場合はそうだな。そしてどうにも私にとっては苦手な部類だな……これを得意にしていたのはオネイロ…私の知り合いなのだが、頭でっかちな彼女の専門分野ね。オネイロも似たようなアクセサリーを身につけていた……」
「!、それはそうです。だって私達はオネイロ様のお弟子に学んでいるのですから」
「!!、なに?するとお前達はオネイロの身内ということなの?」
「身内も何も、本家だと思ってます。大お姉様も、そのお弟子のお姉様も最も愛された弟子ですから、私もお姉様には一番愛されていますし……」
鼻高々にそんなことを語ると、トリィアを見るケールの目が変わった。驚きから好奇心、そして喜びから何かを決意したように。
「そうか…なら、オネイロの言っていた弟子と言うのが、お前達の師匠なのかしら?」
「ん?んん?待って下さい…それではカタストレをほふるために別れた後、オネイロ様に会っていたのですか?」
「ほお?さすがに詳しいわね。それは弟子にも話していない事実、ええ、会いましたよ、私が国を建てて少し後、オネイロは私を見つけて訪ねて来た……随分と老いてはいましたが、元気な様子でね、それからしばらくは私の元に滞在していたが……よく自慢していたのが最後に育てた弟子のことだ。最高の弟子を育てたとね」
トリィアはいつの間にかケールの話しに聞き入っていた。
「しばらくするとまた、旅に出てしまったが…」
「え?旅、ですか?おひとりで?」
「…そうか、お前達の師はその話はしていないのね…?」
「?、ええと、ちなみにですね、私の師匠はケール様が今その…借りてらっしゃるお姉様で、お姉様の師匠がエルセー様ですから」
「ふーん、なら自慢の弟子はエルセーと言うのね。弟子の名前は明かしてもらえなかったからね。ではそのエルセーが存命なら今の話をしてあげるといい、きっと喜ぶわよ?」
ケールはひと息つくと今の状況に少しづつ慣れてきていることを感じた。
「ああ…未来で他人と話しているというのに、お前…いいえ、トリィアと話していると昔に戻ったよう…」
「……」
「どうした?」
「…こんなことになってしまっても、私にはお姉様から託された仕事があるんです…それは、果たさないと」
途切れとぎれになってしまってもトリィアはちゃんと監視を続けていた。
「ふうん…良い師と、良い弟子のようね?」
ケールは嬉しそうに笑う。しかし幻である今の自分がこの2人にかけている迷惑を思うと、少し楽しんでいる自分を恥じた。
「偽者である今の私のよろこびも…夢よりも儚い感情よね……エルセー、ウレイア、そしてトリィア…」
「はい?」
「よし!」
「よし?」
「この体の主人、つまりウレイアはどんな技が得意なの?」
「ええ?それは…他人にはあまり、いえ他人では無いのかな?身体もお姉様だし…」
(それに何だかケール様の口調もお姉様に似てきたような…まさかっ混じってきているとかっ!?)
「いいから、教えなさい!」
「う、えと、お姉様は、こういったマテリアル…石を使った戦術が得意で、基本的な技としては炎を使わせたら芸術レベル、とか…空気を使って自分をぼかしたりとか…あとは」
「くうき…ふうん……それじゃあ少し出ましょう」
「え?」
ケールはすくっと立ち上がると、少しよろけて、ウレイアの身体を見下ろした。
「ほう…背が高い、それに良い身体ね……貰っておくか?」
「ええ?ちょっと」
「冗談よ!それより私の服はどこ?どれを着ればいいの?」
かまわず辺りを物色し始めるケールにトリィアはなす術も無く
「もう勘弁してくださいっ、それより早くお姉様を返して下さい。って、それは違いますっ私のです……」
「それは私にも分からないと言ったでしょ?どうせ寝て起きたら戻ってるわよ」
「そんな適当な…いったい、どこに行くおつもりですか?」
ウレイアの服を身につけ、髪を捌きながらケールは言った。
「お前も聞いて知ってるでしょ?私は自分のしたことでお前達に借りを作ってしまった…そんなお前達が、ましてや旧知のオネイロの弟子達が天使と戦り合うと知ってしまったからには…」
「からには?…まさかっ」
「ん?いや、それはまあ、私がそのテーミスとやらの首を落としてもいいけど、それは今のお前達の仕事でしょう?だからウレイアに私の得意技を残していく、私が得意なのは空気を操る方だから……はやく着替えなさい!」
「きっ?」
慌ててトリィアも外着をつかんだ。
「そんなでたらめなっ、お姉様の意識は今は無いのですよね?」
「そんなの分からないと言ったでしょう?2度も。でももしかしたら中で聞いているかもしれないし、聞いていなくても身体に覚えさせれば使えるかも知れない…だからその時はトリィア、お前が見たこと、聞いたことをウレイアに伝えなさい、正確に」
ケールは扉を静かに開けると抜け目なく辺りを観察し、迷うこと無く動き出した。
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