第82話 師 4
その日の夜、セレーネには本当のことを話し、その上で大人しくここで待つようにウレイアは命じた。
「いやだっ!そんなところへ2人が行くなら私も行く!」
「一緒に来てどうすると言うの?足を引っ張って私達を殺すの?それにこれは相談では無く命令よ。嫌だと言うなら私達の関係はこれまでになると思いなさい!?」
「っ!」
セレーネはウレイアの言葉に恐怖した。
「で、でもっ……っ、分かり、ました…」
「私を信じなさい……あなたをなおざりにしているわけじゃない、それは解っているでしょう?」
「う、ん…はい…」
「あなたは自分の身が守れるように頑張ること、今はそれが一番大切なことよ」
ウレイアは頰を撫でながら言って聞かせる。理屈で納得させることは出来ても、今はセレーネの気持ちまで汲みとってあげることは出来ない。もしもテーミスと対峙してしまったら、実力も分からない相手から守ってあげる自信がなかった。
既にテーミスと手合わせしたエキドナは、ウレイアやトリィアより実力では劣っているだろうが、同族である彼女にあそこまで言わせる力は決して楽観できないだろう。それでも…負ける気はさらさら無いが。
セレーネはウレイアに挑むような、納得のいかない目をして言った。
「分かった。私はこの街で待ってる…それでお師さま達は、いつ出掛けるの?」
「明日の、朝早くね」
「そ、そんな急に…?それじゃあ、朝また来ます…」
セレーネはそれ以上は何も言わずに、すごすごと帰って行った。
翌朝、ウレイアはまだ夜が開けきらない内に手配しておいた馬を借りると、一旦家まで引いて戻った。
セレーネは大分前から家に来て、黙ってトリィアの支度を手伝っている。
「手慣れたものねセレ、ちゃんと馬に載せやすいように荷物を振り分けて」
「うん…」
「あの屋敷で色々やらされているの?」
「…うん」
セレーネは少し不機嫌そうに、気の無い返事を姉弟子であるトリィアに返すばかりである。
「もう、何をしょぼくれているの?これから出掛けるという時に、そんな顔をお姉様に見せる気なの?」
「…っ、分かってる、わかってるよっ。一緒に行けないのは自分のせいだってこともわかってるよ……よく分からないけど、それでもいらいらするんだからしようがないじゃないかっ?」
「もう……」
それはトリィアにとっても慣れ親しんだ感情だった。自分の弱さからくる劣等感と、追いつけない、置いていかれる不安。
今ではそれを励みにもしているトリィアだが、以前はセレーネのように感情を上手に処理出来ずによくウレイアに甘えていた。いや、今もだが……
「もう、しようのない子ね」
トリィアは優しくセレーネを抱きしめた。
「苦しくて痛いよね?でもその気持ちはとても大切なものなのよ。だってお姉様を慕っているからこそでしょう?」
「…」
「その気持ちを大切にしてね、そうすればセレは自分のなりたいものになれるから」
「フンフン…姉さん?」
「なに?」
「姉さん良い匂い…食べたらおいしそう…」
「はあ?あなたねー犬じゃあるまいし、いや、初めから犬っぽかったしーもう犬でいいんじゃないの?」
「ふんふん……」
「ぬぬぬぅもう、はなれなさいぃー」
「いいじゃないかー姉さん、ちょっとかじらせてよー」
体の力比べでは2人に大差は無い、取っ組み合いになると勝負はつかないし、旅の支度も進まない。ウレイアは外で2人が荷物を持って来るのを待っていたのだが
「何か言い争っているのかと思えば、何をしてるの?あなた達…」
「ああ、お姉様、このワンコを何とかして下さい」
「まったく…トリィア、セレーネ、〝おすわりっ〟」
「はわわ」
「わたしまでー?」
2人を強制的にその場に座らせた。
「もうっ、早く荷物を持ってらっしゃい」
「はーい」
「はい…」
今回の旅はマリエスタの屋敷に行くつもりは無いので洒落た服などは必要ないが、寒いこの時期に野宿の可能性もあるので、必要な物で結構かさばってしまった。
さらに万が一の備えとして、多めのマテリアルとなる石と、そこそこのお金は用意していく。まあ、困ることがあればエルセーを頼らせてもらうつもりでいる。
「トリィア、馬を選びなさいな?」
「はい、そうですねー…」
トリィアが片方の馬と見つめ合っていた時だった。
?!
!
「トリィアっ!」
「はいっ、見られました。しかしこの感じは…」
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