第83話 師 5
全員が外に出ている時に見られた。しかも顔も隠していない、ウレイアはすぐに相手に視線を飛ばした。トリィアが気付いた通り、この感じには覚えがある。
「なにっ?なんなの姉さん?」
セレーネは気付いていない。
「エキドナ…」
「お姉様、なんかあの人こっちに向かって手を振ってますけど?」
一本向こうの警備詰め所のある通りから路地に入った辺り、もう一角曲がれば姿が見えるだろう。
「油断しないで、トリィア…セレーネをお願い」
「はい」
ウレイアは一気に周囲200メートルほどをくまなく調べる。それと同時に飛来物に対しての警戒も怠れない。集中して、最短の時間で索敵の処理をする。
自分の感覚とウレイアの所作から何を行なっているのかをセレーネは感じ取ろうとしていた。
ウレイアはすぐに2人を家の中に入れようかと思ったが、周囲に伏兵などはいないようだ。
ウレイアが周囲に目を拡げればトリィアは目の前に、逆の行動をとればトリィアは周辺を監視する。流れるような連携にセレーネは呆気にとられて見ているしか無かった。
「すごい…」
そんな中でトリィアはため息を吐く。
(はあ、やっぱり戻って来た。それもこんなに早く…)
姿が見えると、エキドナはにやにやしながらやって来る。その顔にウレイアとは別の心配をトリィアはしていた。
「お姉様」
「やれやれね、少し面倒なことになりそうね?」
こちらに警戒されていることを知っていながらも、エキドナは足を止めない。
「よお、これが本当の初対面だな。ん?」
「ちよっと!セ…」
突然、トリィアの背中から飛び出したセレーネが、エキドナの前に立ちはだかった。
「ええと?このあいだのお嬢はそっちだろうし…他にも仲間がいたのか?どうなってるんだお宅はっ?」
ウレイアの警戒ぶりをみて思わず飛び出してしまったセレーネだが、エキドナと相対した瞬間、今までとは違って相手の力量がおぼろげながらだが感じ取れるようになっていた。
「くっ…ぐす」
「え?」
今のセレーネには解る、相対したエキドナには敵いそうにない。敵いそうにないのは解るのに、はたしてどれほど強いのか、師や姉よりも強いのか?それがまるで解らなかった。
つまりはそれほど自分と皆んなに差があるとしか理解できない。昨日の夜の一件とも重なってそれが悔しくて、悲しくて、セレーネは溢れそうになった涙を腕で拭った。
「え?俺は…何もしてないよな?」
「もう…ほら、こっちにいらっしゃい」
そんな様子を見かねたトリィアはすぐにセレーネを引き寄せると、頭から覆い隠すように抱きしめた。
「ぐす…姉さ…」
「なんで考えも無しに飛び出すの?」
「だって…でも私もすぐに強くなるから…とりあえず、姉さんくらいに…ひっく」
「とりあえずぅ?…もう、はいはい、だったらお姉様とわたしの言うことをちゃんと聞きなさい。そしてお姉様とわたしを崇めなさい?…奉りなさい!」
エキドナに害意が無いのは予想していたが、セレーネのあまりに軽率なこの行動はちゃんと叱るべきだ。
しかし、これは先ほど明確な指示をセレーネに言わなかったウレイアの失態でもあるし、それになにより、自分の命を盾にしたセレーネの気持ちには応えてあげたいと思った。
「なん、だろうな…俺はまた迷惑をかけたのかな?」
「ふう…それよりあなた、まさか…」
「おお、ちょうど良く身代わりができたんでばっくれてきたぜえ!」
「身代わり?」
「どうしようもない奴が網にかかったんで殺して俺に見せかけたってことだ」
(そんなことをしたら彼等は…しかもこんなタイミングで?)
「あれ?何かまた間が悪かったか?」
そう、エキドナには波風を起こす才能があるようだ。しかし彼女がすることには文句は言えないし、利用するにしてもまだ早い。
「お姉様、これでは…」
「うむ……エキドナ、あなたいつ、どこから逃げてきたの?」
「え?ええと、一昨日の夜、サンデルノから、だけど?」
サンデルノは湾を挟んで対岸の港町だ。
「ここへの脚は?」
「おお…ここへ来る適当な船に紛れ込んだけど、安心しろよ、姿を見られるようなヘマはしないから」
まあ、それはどうでも良いが、つまり夜が明け、丸一日経って見張り役の神兵達はどういう行動を取るのかが問題だ。どちらにしても教会と縁を切ってきたなら尚更気になるのはトリィアだった。
「あの、それで?エキドナさんはなぜここに?」
「んん?まあそうだな…とりあえずモーブレイに戻るつもりだったから通り道のここには顔を出しておこうと思ってさ……」
(!、ああ、なるほど…)
トリィアはあの警備兵を思い出した、そしてほっと胸を撫で下ろす。今度はエキドナが自分も仲間になどと言い出さないか心配していたからだ。
「それより馬なんか用意して何処かにいくところだったのか?えーと…面倒くさいから嘘でも名乗ってくれないか?」
「………家を知っているのに、私達のことは調べなかったの?……まあいいわ、私はベオリア、この子はトリー、以上よ」
「ん?そっちの若いのは?…まあいいか、俺はエキドナだ」
「?……ええ、知ってるわよ」
「ん?まあ名乗られたら名乗り返さないとな。んで?どこに行くんだ?」
「悪いけれど、答えられると思う?」
「んー相変わらず用心深いなあ……まあ、それが正解だけどな。とにかく、どこかで会っても殺さないでくれよ?そっちの名無しの嬢ちゃんは特になっ?」
セレーネは涙目でキッとエキドナを睨んだ。
「大丈夫だよ!俺よりは強くなれるさ、その…おっかない先生を信じてついて行けばな、まあ愚問か……とにかく守ってもらって、その上学べるなんて凄く幸運なことなんだぜ、覚えておけよ?」
「おっかないとは失礼ね。それじゃあ、あなたは…何を信じているの?」
「!…な、なんだそりゃ?そんなもの、俺自身に決まっているだろ!じゃあな、また会いたいな、ベオリア…」
人の名前を捨て台詞のように投げつけてエキドナは去って行った。さて、こうなるとより注意を払って行動しないと……
「あいつは嫌いだ…」
「え?どうしたのセレ?」
「……」
「変な子ね。それでどうしますか?お姉様、中止にして仕切り直すとか…」
「いいえ、予定通り動きましょう。ただし、道程はちょっと厳しいものになったけれど」
「はあぁー、分かりましたー」
「それからセレーネ、ちょっと中にいらっしゃい」
ウレイアに怒られると覚悟をしてびくびくと後ろをついて来る。トリィアがドアを閉めたのを確認すると、ウレイアはセレーネを抱きしめた。
「!?」
「私を守ってくれてありがとうセレーネ。でもね、またあんなことをするのなら私はあなたを側には置いておけない」
「!、あっ、あやまるから、だからっ」
「しぃー…いいのよ、今回謝るのは私の方よ、ごめんなさいね。だけど覚えておいて、今後あのような状況で私に何か指示をされたら、必ず守るのよ?それから指示が無くても自分の身が危険だと感じたら、私を囮にしてでも逃げなさいっ、これは私が死ぬまで有効な命令よ?」
「でも、でも分かってるんだ…もし2人がいなくなってしまったら、もう絶対お師さまや姉さんみたいな人には出逢えない。そしたらもう独りで生きていくのは嫌なんだ、だったら…」
「…」
セレーネは少し身を引いてウレイアの胸に頭を突き当てると
「お師さまはどうしてそんなに自分には厳しいの?」
「厳しい?まさか、甘々よ。これが私の望みだからよ。あなたが一人前になって、誰にはばかること無く月の下を悠然と進んで行ける、それが私の望みのひとつ。だから『セレーネ』と名付けたの…それがあなたの未来よ、あなたはそのためだけに生きなさい、いいわね?」
「はい…」
まずは生き抜くこと、そうしていればやがてそんな時代がやって来ると信じたい。
創っていけると信じて生きたい。
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