第81話 師 3
(オネイロ様…私も愛しい弟子を育てることが出来ました。もう、あの子以上に愛情を注げる娘がいるとは思えません)
(だからあの子が生きて行くこの世界に憂いを残すことはできないのです)
今でも胸にこみ上げるものを指で拭うと、想いのつまった箱を閉じた。
(あの子を死なせはしない、オネイロ様、私はあの子が創る未来を見たいのです)
(愛してやまない子であるのは間違いありませんが、あの子が私達の未来を変えてくれると思えてしょうがないのです)
(あの子があの森の玉座に座った時にそれは確信の様なものに変わった。おそらくあの石にはケールの何十年にも渡る想いが込められているはず。その玉座の威光とその意味に臆さず腰を掛けるなんて……まるで吸い寄せられているようだった)
(私はその世界を見てみたい。ならばテーミスがどれ程のものかはしらないけれど、軽くあしらって生き延びてみせる。問題は……)
「情報不足よねぇ?」
あれから再度教会を訪ねて慎重にテーミスの情報を集めようとしたが、なかなか情報管理には気を付けているらしく、接触できる教職者には具体的なことを伝えていないようだった。
教会は魔女討伐を誇らしげに公表するのが常だった筈だが、この方針転換がテーミスの支持だとすると、教会内での影響力と狡猾さが想像できる。
せめて、テーミスが本当に『天使』と呼ばれる存在なのか?そして今どこに居るのか?それを知ることが出来れば次を考えることが出来るのだが。
しかしこういった場合には仮想であっても存在するとして行動することだ。そうでないと…やはりと相手を確認した時には、すでに後手に回っているだろう。
エルセーの焦りは増すばかりだった。
ウレイアがエキドナと出会って数日が過ぎると、もう街に精霊が現れることはなかった。彼女が語ったことが真実ならば、テーミスがエルセーのすぐそばにいることになる。
エルセーに限って窮地を招くような失敗をするとは思えないが、テーミスの能力も未知数な状況では、嫌な不安を拭うことが出来なかった。
「お姉様?」
そのせいでウレイアは考え込むことが多くなり、本を開いても全くページをめくらないウレイアは、トリィアに余計な心配をさせていたようだ。
「ん?どうしたの、トリィア?」
「いえ、なんでもないのですが……ええいっ!」
横に座ったトリィアにぐいっと引き倒されると、ウレイアの頭はトリィアの腿の上におさまった。
「いい、いかがですか?」
「いかがですか?あなたねえ…」
「ひっ……」
「良い寝心地に決まっているわ、トリィア」
怒られても喜ばれても、自分の気を紛らわせる事ができればそれで良い。そんなトリィアの気持ちがウレイアは嬉しかった。
「ふうむ、思えば、本当に昔……エルセーに膝枕をしてもらっていたこともあったわね…」
「お姉様がですかっ?」
「あら、私だって幼い頃もあったのよ?」
「あはは……すいません、なんか、逆に大お姉様がお姉様の膝で寝ている方がまだ想像しやすいと言うか」
「それもあった」
「ほっ本当にあったのですかっ?」
「ええ、突然膝を貸せと言われてね。一時期あの人のなかで流行っていたようよ?」
その時の悦に入ったエルセーの顔は今でもよく覚えている。
「お、大お姉様らしい…」
「トリィア…髪は撫でてくれないの?」
「よ、よろしいのですか?」
「手の置きどころにも困っているでしょう?」
「そ、そうですね、では」
初めは恐るおそる、しかしすぐに感触を楽しむように優しく撫で始める。
(なるほど…あの時のエルセーの気持ちも理解できなくはないわね……)
「うへへ…」
「!、何を変な笑い方をしているの?」
「は!すいません、つい……これはもしや新妻の境地なのではと…」
にやにやしながら、まるで毛並みの良い毛皮でも撫でているように、満足げな表情を浮かべている。
「ありがとうトリィア…」
「え?いえいえっいつもお姉様の膝枕には幸せをいただいていますから。こんな枕でよろしければいつでも使って下さい、もう是非ともっ」
「…」
「おや、お姉様?まさか眠ってしまいましたか?」
エルセーの膝枕も優しくて暖かかった。
「あの人が無茶なことをしないか心配だわ」
「あー、お姉様によく似てとんでもないことをしでかしそうですものねー?あ!、お姉様、枝毛がっ…」
撫でたり揃えたり枝毛を千切ったりと、すっかりウレイアの頭はトリィアのおもちゃになってしまったようだ。
「私がエルセーに似ていると言うの?」
「それはもう、無茶しそうなところは特に。おふたりは慎重そうなのにどんなことにも決して引こうとはしませんよね?狡猾で大胆で、凄くカッコいいです」
「…あなたの褒め方はいつも微妙ねえ?」
「そ、そうですか?」
「ふふ、いいのよ。気持ちは伝わっているから……」
このまま、ずっと変わらずにトリィアとこんな会話をするためにも、ウレイアはエルセーを見捨てるわけにはいかない。今何かをしなければ、ウレイアにとっては同義となるし、そのことを後悔した瞬間に彼女は彼女では無くなってしまうだろう。
「仕方がないわね、馬を借りましょうか?」
「え?ああ、ええと…馬車では無くうまですかー」
「ん?あなた乗馬が好きだったじゃないの?」
トリィアは自分のお尻の辺りをさすると
「はい…馬は好きなんですが2日間ともなると、お尻がですね…」
「ああ…なるほどね。でも今回は馬の方が勝手が良いのよね?」
「ですよねー、いいんです。私のお尻は気にしない下さい」
もちろんその程度がダメージになる筈も無いし、せいぜい痺れて違和感を感じるくらいのものだ。
「でも……セレはどうしますか?」
「連れて行くことは出来ないわね。でも……」
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