第78話 蛇は這う 5
トリィアが寄せるウレイアへの信頼はエキドナにとっては余りにも眩しすぎて、しかもそれに妬みを抱いた矮小な自分自身から目を背けずにいられなかった。
「そりゃな、『私のこの方』は強いだろうな?力も強いし頭も良さそうだし、凄みを感じるよ。でもアレは…アイツとの差は俺たちとただの人間くらいに感じたぜ?まあ、あくまで想像だけどな……そうなるとな、俺が思いついたのはひとつだけ…神兵のマネをすることだけだ」
「盾役と剣役ということ?そうなると、一体誰が盾役を志願するのかしらね?あなた?でもその時、相棒は確実にその頭のおかしい天使様を仕留めてくれるかしら?」
「だよな…」
彼女達、つまり同族全てが生きる術として磨いてきたさい疑心は他人を常に拒み続ける。そんな彼女達が命を預けて共に戦い、ましてや誰かの盾になることなど考えもしないのだ。
度々エルセーに甘いと言われるウレイアも、この場でエキドナと思われるこの女Aの言葉を信じることはできない。
「ところで、肝心なことを聞いていなかったけれど、その女にも名前くらいあるのでしょう?」
「ああ、そういえば言ってなかったな。アイツの名前はテーミスだっ」
「!、テーミス…そう、嘘ではないわね?」
「ああ」
この質問の答えに意味は無い。既に答えを知っている質問をすることで、本当のことを言った時と、嘘をついた時の身体の反応と仕草を観察したかったのだ。
それぞれに集中して、声の抑揚、目や口、頰の動きや身体の反応を観察する。
そして、同じように観察していた今までの会話を思い返してみたが、たしかに嘘をついていたようには思えなかった、が……
「あなたの提案には興味もあるし貴重なことだけど、もし、私達にテーミスのその手が及んだとしたら、その時は私が……っ!?」
すぐに後ろからトリィアの怒気が伝わってきた。
「…『私達』でなんとかするわ」
「……そうか、だろうなあ。ううん、それでも一応、俺の目的は達したわけだし、それじゃあ、あとはここからの脱出なわけだが……このまま帰してもらえるのかな?」
女Aは良い返答を期待してウレイアを見つめた。
「たとえば……あなたが敵ならばここであなたを消しても教会とテーミスがやってくるのでしょう?私達のことを報告する時間もあったわけだし…つまりリスクはあまり変わらない。あとは腹いせに八つに裂くかだけよね……?ではあなたが敵では無いとしても……私達のことが教会に伝わることを阻止したい、追い詰められればあなたは喋るでしょう?」
分が悪い賭けに女Aは固唾を飲んだ。
「私はあなたを疑っているわ、半信半疑なんて虫の良い言葉は好きではないから使わない、たとえ一片でも疑っているなら信じるなんて言葉は使うべきではないと思っているから」
そこまで話すと、ウレイアは言葉を緩めた。
「でも偽り無くあなたの気概でこんな行動をしているなら…私はあなたを尊敬するわ」
「っ!……そ、そうか…?」
「だからあなたは殺さない、期待しているから」
女Aの心と体から緊張と力が抜け落ちていった。
「まいった……」
「そうそう、教えてほしいのだけど、どうしてウチに目を付けたのかしら?」
「あー、それは…ホントにたまたまなんだが、昼間や月の出てる明るい夜ならまだしも、雲が出て真っ暗なのにガラスに外の景色がはっきり写っているのは不自然だろ?」
「!、そう、やはり…」
「いやでもなー、この街を一体何周したと思ってんだよ?そろそろ次の町に移動しようかと思ってたんだぜ。それでも気付けたのは本当に偶然、いや神さんのはかりごと、かな?」
ウレイアは中を覗かれないように常に外の景色が映り込んで見えるように細工をしていたのだが、他に良い案も浮かばず、欠点を知りつつも仕方がないと、とりあえず放置していた。
「そう、分かったわ。縁があったらまた会いましょう、良い縁がね?もうハンドベルを持って戻りなさいな」
「…俺の名はエキドナだ」
「?」
「それに言い忘れていたが、テーミスの武器は炎だぜ、基本中の基本な!ただし、でたらめな程でかい炎だ。あとは…やっぱりこれも単純な…『ことば』だな、意識ごと刈り取られるような……まあ、俺とは力に差がありすぎるのかも知れないが、ある意味では一番厄介だろう?多分それで十分だったんだろうな、俺ら程度を相手にするなら……悔しいが実際そうだっ!だから、俺はもうアイツと会うわけにはいかないんだ……あとは、俺にも分からないな」
「そう、ありがとうエキドナ、助かるわ」
ウレイアはエキドナに微笑んだ。
「い、いやあ…それじゃあ俺は戻るよ」
2人を少し気にする素振りを見せながら、エキドナは森の闇に溶けて消えた。
それでもしばらくはウレイアの『監視』から逃げることが出来ず、相対した時の緊張と相まって鳥肌と冷や汗を同時に経験していた。
(とんでもないヤツがいたもんだっ。テーミスを除けば俺が知った中じゃダントツのバケモノだ!まるで底が見えなかったぜ……それでもテーミスと比べちまうと……出来ればもっと知り合いたかったな、それに何だか、嬉しくなっちまった)
ウレイアは適当な距離を威嚇してからエキドナを解放した。
願わくば、少なくとも人より長く生きてきた彼女の人生がこれからも続くようにウレイアは祈った。そして彼女に嘘が無ければ期待以上の情報な得られた。何かの意思を疑うほどタイミングが良すぎてエキドナの言葉を思い出してしまったが、結果勝負がついた時に、これを『勝負のアヤ』とでも言うことができるのかもしれない。
目一杯ため息を吐き出してトリィアが力を抜くと、
「はぁーー、、いえもう、ひやひやしましたー」
「そう?大方予想していた通りだったでしょう?」
この時ウレイアは平静を装ってはいたが、予想外のことが起こらず安堵していたのは、彼女自身の方だった。
「違いますっ最後にまたセレの時みたいな事にならないかひやひやしていたんです。さすがに解りました、お姉様は本当に同族たらしですねっ?」
「同族たらし?何、それ?」
トリィアにそんな事を言われながら、ウレイアは罠に使った石を残らず回収すると、辺りの様子に注意しながら家に戻った。
「エキドナのことを信用できればね……連絡を取れるようにしておきたかったわね」
「ええっ?まったもうっ!お・ね・え・さ・まーっ」
トリィアの眉尻がぴくぴくと踊っている。
「ちょっと、何を勘違いしているの?」
「だって…お姉様ったらすぐにもう…」
「あのね、もしテーミスを何とかしなければならないのなら…エキドナを味方にしておけば、好きな場所におびき出せるかもしれないのよ?」
「んー、まあなるほど……そうかもしれませんけど?」
とりあえず今夜は、ウレイア達に腰を落ち着ける暇は無い。
「さて、夜が明ける前にあっちの家に移りましょうか?」
「あー、ですよねー?でもあちらは狭くて寒いですよねー?」
トリィアが大袈裟に身をすくめた。それも仕方がなく、このような事態に備えていた仮の家は普段ひと気も無く冷えきっているし、最低限の家具しか置いていない。
トリィアはおそらく家の中をちゃんと見たことも無いだろう。
「そうね、意外と、あっちに泊まるのは初めてよね?そうなのよ…家が狭いものだから、とりあえずベッドも1つしか置いていなくてね……」
「な?そ、それはっ、大変ですっ!早く行ってベッドを…いっ家を温めておかないとっ!ちょっと、先に暖炉に火を入れてきますねっ」
「くす、監視には十分注意してね?」
「はいーっお姉様!」
さて、念の為にしばらくこの家には戻れないかもしれない。それならばいっそのこと、エルセーの側に隠れているのも良いかもしれないが。
まず見極めなければならないのは、時間の猶予、それから今後の展開を予想しなければならない。幸い最低限の情報はあると思う、あとは
(自己選択と自己責任か…)
「はあ、肩がこるわね…」
久しぶりに感じた緊張感にウレイアは思わず肩に手を乗せた。
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