第77話 蛇は這う 4
カサ……ッ
突然の背後の音に女の視線がそちらへ走る。それは仕掛けておいた陽動のための罠だ。
『透明化』を悟らせず姿を現すために発動させた。視線を戻せば突然ウレイアが現れたように見えるはずだ。そうは言っても、簡単に顔をさらすことは出来ない。フードをかぶり偽装しての対面となった。
「おお?っと、驚いた…」
「それで?さっそく用向きを聞きたいところだけど……まずその手に持っているハンドベルは何?武器なの?」
何故かその手にはハンドベルが握られていた。
「あ、いや、なんか精霊さんへと書かれて置いてあったから持ってきた。いるか?」
「いらないわよっ。それはおそらくプレゼントでは無くて、鳴らして欲しくて置かれていたと思うけど?ベルは幸運を呼ぶともいうでしょう?」
「!、ハッハッハ…そうなのか?それは…悪いことをしたな?」
パーソンズから聞いていたエキドナのイメージ通りの人物だが、簡単に名前を聞いたり、確かめるわけにもいかない。
「まあいいわ、それじゃあ仕切り直しましょう。何の用かしら精霊さん?…家を暴かれて無事に帰すだけの理由があれば良いけど?」
「!、まったく、毎回苦労するなあ…その理由になればいいが……それじゃあ、いきなりだが…今、教会には少し頭がおかしい女がいてな」
「!」
「多分俺達と同類なんだが、『天使さま』なんて呼ばれてかなりの実権を握っているんだ…で、そいつがご執心になっているのが俺達をあぶり出して狩ることなんだが……」
「説明が下手ね。あなた今、自分を追い詰めているわよ?」
「ああそうかもな、まあ、自慢にしてるよ」
異常なまでの慎重な行動と、粗略な会話がかみ合わない。そう見せているのか?面白いがとにかくアンバランスな印象だ。
「それで?あなたがこんな事をしているワケは教えてくれるのかしら?」
「もちろんだ。ところでこいつは何に見える?」
(お姉様!)
女がそう言うと背中の影からこちらを睨んで首をもたげるモノがあった。
「ヘビ、と言ってあげたいけれど、ムチね、先に小剣の付いた」
それは細く編み上げた鞭に5センチ程の小さな両刃の剣が付いた武器、身体に巻きつけた長さを考えると間合いは3メートルくらいとみていた。ウレイアの鋼糸と同じような発想だが、実は軽過ぎる鋼糸で首を落とせる程強く、速く疾らせるにはより高度な『技』とより強い『力』が必要になる。
「やっぱり騙せないか…なら、俺と向い合って分かると思うが、俺はお世辞にも強いとは思えないだろう?昔はもっと弱くて同類と出会わないようにびくびく生きていたし、出会ってしまった時には思い付くあらゆる方法で生き抜いてきた……」
何やら急に自分のエピソードを語り始める。
「おかげで色んな事に気付くことができたのだと思う。他のヤツらより遠く正確に見通したり、相手の目や感覚を欺く方法も身に付けた。憶病な性格も自分の理解と使い方次第で役に立つというわけだ……」
(いつになったら手先になっている理由が聞けるのかしら?これで自分のペースに持ちこもうとしているなら、浅はかとしかいえないけれど……いえ、もしかしたら狙いは…)
「そうやって生き抜いていると、いつの間にか俺より強いヤツに出会わなくなったよ。…いや違うな、強いヤツに勝つ方法が身に付いていたんだよ。力だけが強さじゃ無いことを実感したよ。それから俺は……おっ?」
「この方を馬鹿にしているのですかっ?わざとらしく話を延ばして時間を稼いで…」
知りたい核心がなかなか語られず、たまらずトリィアが飛び出して来てしまった。
「よ、よお、せめて場所だけでも確かめたかっただけなんだが、まさか出て来てくれるとは……」
「……?」
トリィアには女に警戒させるためにもじっと隠れていて欲しかったが、まあ仕方がないとウレイアはため息をついた。
「ふう…あなたは誘き出されたのよ?それに……あなたは会話に焦れて飛び出したのでは無くて、自分自身の緊張感に耐えられなくなっただけじゃない……?」
「は?ああっ……!」
「この子に勉強させてもらって…感謝するべきかしら?」
自分の浅はかさにトリィアは震えた。
「なんか逆に悪いことをしたな、謝るよ」
「これで先に進めてもらえるわね?これ以上は…」
ウレイアの殺意で一気に緊張感が場を満たす。
「分かったよ。ちなみにぐだくだと話したことは全部本当だ、その俺が捕まったんだよ……ミスったのは確かだが、教会の兵隊に囲まれて遊んでやっていた時だ、想定外の距離から攻撃された…兵隊共々巻き込んでな」
「ふうん…」
「俺はかろうじて凌いだが、もう逃げられない状況だった、たったひとりにな。あの時の勝ち誇った冷たいニヤケ面は忘れないぜ。しかも、こともあろうに俺に飼い犬になれと言いやがって……俺はヘビだってんだっ」
「分かりやすくて助かるわ。でもヘビは置いておいて」
「ん?ああ、まあ腹は立ったが生き残るには必要なことだったんだ。当然、従うフリをして適当な所でばっくれるつもりだったが…そこで面白いことを思いついた」
女Aはにやりと得意顔で笑った。その理由をウレイアが代わりに説明をする。
「見つけた『同類』も狙われている立ち場は一緒だから…手を組んでその頭のおかしい女を葬ろうとしたの?でもそれなら、あなたひとりでも捜せるでしょう?教会に留まっている理由は何?」
「俺もあの女がくっついてきたなら隙を見てすぐにでも逃げだすさ。だが猟犬はどうも俺ひとりじゃ無いようだな、そしてアイツは動かない。今も多分…ボーデヨールの教会にいるはずだ」
(!、ボーデヨール?)
「兵隊だけならどうにでもなる。なら教会公認で大っぴらに仲間を捜せるんだ、利用しない手はないだろう?でも…分かっていたがやはり難しいな、お互い心を許せないんだから一緒に戦える奴なんか見つからないよな…?でもアイツの存在を広めて警告出来るだけでもやる価値はあるだろ?」
ボーデヨール?自ら見張らないとは自惚れか?部下が殺されて逃げられると考えないのか?そこまで期待していないのか?
(そう見せかけて見張っているのか?だとすれば最悪かしら……)
いや、何にしても結果は悪い。ボーデヨールにいるならエルセーはその教会に潜り込んだ可能性が高い。
「あなた、さっき『毎回』と言ったわね、一体何人とこんな話をしてきたのかしら?」
「んん、あんたを入れて5人と話して、2人とはもめて…」
「殺した?」
「ああ、俺たちはそれが基本だろ?それに今は猟犬の立場を守るためにな。ヤツらに差し出すことはしたくないから、せめて俺の手で殺してやることしか出来なかった…それでも何とか3人とは話ができたというわけだ」
「そして、あわよくば包囲網を築けると?あまりに儚くておぼろげだけど……まあ、乗ってくる者はいたとしても共闘は無いわね」
「でも1人じゃ勝てないぜっ?アイツは俺から見れば化け物だ。バラけていたら、いつか全員殺られちまうぜ?」
するとここまで黙っていたトリィアが女の言葉を怒りで否定した。
「ふ、ふざけないで下さい。私の…えーと…こ、この方が負けることなど有り得ません!」
「お?おお…くく、仲良いんだな、あんたら。羨ましいよ、ホントに…」
これには差別無く、時には自分でさえも疑うことで生き延びてきた者にとって、無条件な信頼で結ばれた同腹を得ることはどのような財物よりも価値があるものだ。
女はトリィアがあまりにも眩しく、切ない思いで目線を落とした。
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