第76話 蛇は這う 3

 ウレイアが今の家に移り住んだ理由にはこの森の存在があった。


 家が襲撃された時にも姿をくらませやすいこと、そして敵を誘い込むにも都合が良いからだ。だから家の防備を固めた後に、この森にも色々な仕掛けを施してある。主には侵入者を感知する為のものだが、要所には敵を迷わせ誘い込む為の罠も仕掛けておいた。当然無関係な者も入り込んでくるため、攻撃用の罠は仕掛けていないが。


 だが今回は仕掛けておいたものに足して攻撃用の罠も仕掛けておくことにした。相手の動きを見て自分で発動させる罠だ。ウレイアは望ましい場所に陣取ると、幾つかの罠を増やしていく。


「見た目では分かりませんが、この水晶はどうなるのですか?」


「これは、細かく砕けて高温の何十というかけらが一方向に飛んでいくの。他には、これは良く使うけどもっと高温の黄色い炎…」


「あのー、前から思っていましたが、お姉様は熱いのがお好きですよね?」


「まあね……基本でもあるし、火というよりも熱は相手の動きを止めるには一番効率がいいのよ。どんなに屈強な相手でも筋肉を焼かれると動くことは出来ないし、恐怖を煽るにも効果的なのよ?」


「うえー、おっかないですー」


「ふふ、他にも風を生むことも出来るし、空気を揺らしたり、水も使えば蒸気を出すことも出来るでしょう?水でも空気でも、熱の膨張を利用することも出来る……」


「ふむふむ……」


「でも火だけでは無いわよ。空気や水そのものを操ることが出来るでしょう?イメージしずらいから少し難しいけれど。って、随分前にも同じことを話したと思うけど?」


「いえーあはは、レベルが低かった頃と今では理解度が違うというか…関心度が違うというか………」


「ほら……」


 トリィアの目の前にある石の上に小さな水晶を置いた。火が点ったかと思うと、空気が渦を巻きゆっくりと赤から黄色へと姿を変える。


「空気と火を組み合わせることで何倍も熱くなる。この温度で肌が触れればあっという間に下の筋肉まで焼かれることになる。耐えがたい痛みを伴ってね」


 小さな炎でありながら顔が焼けるほどの熱が伝わってくる。トリィアが目を細めて炎を見つめていると、突然視界がぼやけて顔に当たっていた熱が弱くなった。


「その熱はやはり、空気を使って伝わり難くも出来る」


「ほおー」


「と、今はここまでよ、そろそろ時間でしょう。罠の場所は覚えてる?」


「ばっちりですっ。ええと、たぶん……」


 トリィアの目は周りを見回しながらも焦点は定まらない様子である。


「……じゃあ、私の前には出ないで、絶対にね」


「わかりましたっ」


「ふう…」


 トリィアの気配を背中に感じながら、ウレイアはひとつ息を吐いた。


(自分で分かるわ、今私は緊張して神経が過敏になっている。あのエルセーに叱られていてもこうはならなかったのにね…)


 ウレイアは自分の心をなだめた。






 深夜の森も昼間と同様に生命とその息吹に満ちている。闇に紛れて獲物を狙う獣のようにウレイア達はクモの巣を張り、罠を仕掛けて獲物を待つ。


 こうなると解っていながらのこのことやって来る同族は愚か者と言わざるを得ないが、だからこそウレイアの期待は高まった。


 !

 !


「お姉様…」


「ええ、私達を見つけたわね」


 混み合った立木を選んで身を潜める。こちらの位置は確認しただろう、カモフラージュしてそれぞれで位置を変えた。しかし訪問者はなかなか姿を見せない。木々の向こう側30メートル程の距離からこちらを観察している。


 もしエキドナがカモフラージュして姿を消せても、


(今度は手加減しないわよ、今私が視ているのは、間違いなくあなた……)


 やがて女は徐々にこちらに近づいて来る。慎重に観察し、慎重にぬるぬると動いている。まるで一歩づつ逃げ道を確認しながら進んでいるように、その動きは過剰なほどゆっくりしていた。


 それでも、どんなにゆっくり進んでも行き止まりはやってくる。巧みに姿をさらさないように女は、罠の境界線の直前まで来ていた。


 もう、すぐ目の前の木の影に身を隠している。しかしそこからまた、動かなくなった。


(今度はこちらの番というわけ?そう)


「夜の散歩にしては随分変わった散歩道ね。まあ、お互いさまだけど」


 ウレイアは姿を見せずに声をかける。


(ごくり…)


 そしてトリィアはその場で息を飲んだ。


「あなたが誘ったのよ。姿を見せたら?」


 『強制』はしていない。だがウレイアの言葉を聞いて女は覚悟を決めたようだ。姿は見せた、だが一線は越えてこない。


 そしてこの状況でもウレイアと同じ『監視』を使わない。ではどこかで誰かに使われて経験したのか?もしくは出し惜しみをしているのか…


「俺の招待に応じてくれてありがとう。こちらに害意は無い、そのままで構わないから話をしたいんだけど」


「どうかしら?残念ながらそれを証明することはあなたにも私にも出来ないものね?」


「それはそうだ…んーじゃあ、これはどうだ?」


 女は片足を上げると意を決して罠に踏み込んだ。顔を引きつらせながら後ろ足も引き寄せると、何も起こらなかったことに安堵して大きく息を吐き出した。


「馬鹿ね、自律した罠だったらどうするの?」


「いーや、あんたは問答無用で俺を殺すほど馬鹿でも小物でも無いだろう?あんな家は初めて見たし、犬に化けていたのを見破られたのも初めてだったからなあ。しかもここに来てからは『騙し』も全く通じてないよな?でもまあ、ビビった……」


(!、ちょっとお姉様?)


 ウレイアは姿を消したまま彼女の前に立った。


「んん?」


 何か違和感に目を凝らしているが、どうやらウレイアの『カゲ』は見えないようだ、芝居でなければだが……

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