第75話 蛇は這う 2
ウレイア達を悩ませている張本人は本来は敵である神兵と行動を共にしていた。彼女の名はエキドナ、魔女と呼ばれている。
「おい待て、魔女!」
「あー?また付いてくるつもりかよ、どうせ出た瞬間に見失うんだから理解しろよっ無駄だって。ちゃんと仕事はしてんだから酒でも飲んで待ってろよ…いや待つ必要もないわ、寝てろっ」
「ぐっ、愚弄しおって…」
エキドナは足を止めると、振り返って男を見据えた。
「おい、そう言う台詞は一丁前の人間が言う言葉だ。自分のことも知らないヤツが言っていいと思ってんのか?少しは学べよ、理解しろよっ?」
「き、きさま」
「じゃあな、ガキは早く寝ろよ?」
昼間はカゴの鳥に甘んじているが、街が寝静まると蠢きだす蛇……エキドナが這いずり出てきたのは教会の裏口だった。
「フッフーン、さあて、どんなヤツかな?」
ウレイアが本を読みながら考え事をする時は、頭の中の必要以外の領域を空っぽにする為で、はっきり言ってしまえば文字なら何でも構わないらしい。アイデアを欲する時には、こうして空っぽの領域に適当な言葉を放り込むことで、今まで気にもしなかった情報が目的と結び付くことがあるらしい。
目的とは同族相手に気付かれること無く目的を探り出す方法……おそらく彼女自身しか知らないその目的を気付かれずにどうやって聞き出すのか?または何かのカタチで示させればいい、わざわざ言葉に出させる必要はない。
しかしこの難題の答えは簡単にはたどり着きそうになかった。
「ふう……今何時頃かしら?」
長く集中していたせいで外の時間とズレてしまったようだ。本を30回くらいは往復していたが。
(さすがにちょっと…)
そのまま長椅子に身体を預けると、たゆたうままに任せて暖炉の火の音色を聞いていた。外は静かで、雪の中で野良犬が辺りを嗅ぎ回っている。
(また野良犬?冬で餌がないのかしら、最近多いわね…確か昨日も…その前は3日前…)
「!」
(前回も、今回もウチの周りだけ嗅ぎ回って行っている?その前は……そうっ、他の家も嗅ぎ回っていた!)
ウレイアは跳ね起きると野良犬に集中しようとしたが、もう姿が消えていた。監視の網を広げてみても見つけることが出来ない。
(今の短時間で犬が数百メートルも移動するはずがない…!)
玄関に歩み寄って手を触れる前に外側を探って確かめる。犬は消える直前に玄関を嗅ぎ回っていた、何かを仕掛けられたかもしれない。
(紙?)
ドアの下に、1枚の紙が…飛ばないように石が置かれている。ドアを開けて置かれた紙を見下ろすと、大きな文字で何か書かれている。
(ここを見つけた…でも何かを仕掛けた様子は無い。普段は加減をしているけれど、私の『眼』を欺けるなんて……)
ウレイアは手紙を摘み上げる。
「何事ですかっ?お姉様!」
手続きを踏まずにドアが開けられたことに気付いたトリィアが転げるように下りてきた。
「トリィア…下りてくる時にちゃんと一階を確認した?」
「いえっ下にはお姉様が……お姉様それはっ!?」
「メッセージよ、私達は見つかった」
「え?ええっ!?まさか……っ?」
メッセージをトリィアに手渡した。
「『1時間後に裏の森で』ですって、何の用かしら?」
「何の用って、それはっ……何でしょう?」
ウレイアはリビングのチェストから石の入った袋を取り出すと、上着のポケットに押し込んだ。
「あっ、私もすぐにっ」
「ああ、トリィア…」
「いやですっ!」
あのトリィアが珍しく声を上げて強く反発した。
「トリィア……相手は多分エキドナで戦いになる可能性は低いし…けれど読みきれないから取り敢えずあなたは存在を隠して…」
「意味ないですよね?」
「え?」
「誰と住んでいたかなんて調べればすぐに分かることですよね?それに…もっと沢山の経験を積まなければいつまでも私は強くなれないじゃないですか……?」
トリィアは祈るように近づきながらウレイアに懇願する。
「お姉様が私を危険から遠ざけてくれるのは嬉しいです。でも私はお姉様と一緒に生きたい、お姉様と戦いたいんです。そしていつかは、お姉様の隣に…」
(……?)
ふと、トリィアの姿にウレイアは違和感を感じた、いや、自身の考えていることに疑問が浮かんだ。
(未熟な弟子を予測できない危険から遠ざけるのは当然の…こと、よね?)
しかし頭の中ではそれを否定する声が響く。おまえは間違っている、と。
(トリィアが未熟なのでは無くて、私のせいで未熟のままなの?いえ、でも……トリィアは決して弱くは無い。ただ相手を無力化するような技の習熟度があまり高くは無いのだから…だから?)
そんな理由を探しながらウレイアは無意識のうちにトリィアを危険から遠ざけていたのだろうか?そんな危険からは自分がフォローをして退ければ良い話ではないのか?
「お姉様?」
前の2人の弟子達にはこんなごまかす様な教え方はしていなかった。それに、トリィアの言っていることの方がスジが通っている。いや、こんなことには前から気付いていたはずだ。
甘えていたのはトリィアでは無い、ウレイア自身ではないのか……?そもそも弟子の不出来を本人のせいにして誤魔化す師などに価値はあるのか……?
そしてその誤魔化しは誰のためなのか?
「弱い自分の為ね……」
「え…?」
「え、ええ、やっと解ったわ……ごめんねトリィア、今あなたを苦しめているのは私ね、私の業ね」
「お姉、様?」
(でもこれは、懐かしい感情……あの子達に試練を与えていた頃はいつも感じていた不安。2人にはいつもハラハラさせられたと思っていたけれど……守りきる自信があれば不安など感じるはずが無い、未熟だったのは私の方ね…アーニス、レイス、私を許してね?)
2人を失ったトラウマだったのか?元々トリィアのことは弟子では無く家族として育ててきたからなのか?しかもここに至ってもウレイアの心は、感情がトリィアを連れて行くことをまだ拒絶している。
「あ、あなたは常に私の後ろで全てを見てサポートをして。それから私の言うことには必ず従うこと。下がれと言ったら下がって、逃げろと言ったら自分の身を守りながら逃げるのよ。いい?」
「は、はい」
「このメッセージを残した相手は私達の眼を騙す技術を持っているわ、多分あなたには見破れない。でも、わざわざこちらに準備する時間を与えたことを考えると、戦う意志がないのか余程の自信家でしょう。裏の森は熟知しているけど、これから行って迎え撃つ準備をしておきます。だからあなたも動きやすい服に着替えてきて、黒い服よ……」
「はい、はいっ」
自分の不安を振り払うように、ウレイアはひたすら指示を出していた。
(ごめんなさいね、トリィア。私は自分を甘やかしていた。あなたを人形のように扱って都合の悪いことは無視していたのね?あなたに必要なことでさえ)
しかし、力を抑えていたとは言え、エキドナはウレイアの監視に対して欺く術を持っていた。もちろん不思議では無いし、同じ技を使う同族もいるだろう。ただこの事実で、エキドナをより警戒しなければいけない相手だと改めなければならなくなった。
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