第70話 手紙 1
一般的に…
商取引や個人のあらゆる契約の多くは、年末に決済されることが通常となっている。そうなると、年末の財産の整理や売買に伴って、ウレイアへの依頼も年明けからずっと、1週間と間の空くことが無い状況が続いていた。
1週間で1、2件かよっ?と思われるかもしれない。しかし実益は大切だがそもそもは世を忍ぶカモフラージュの為に始めた鑑定士である。されどカモフラージュ…とは思ってみても自分の時間をあまり圧迫されるとストレスを感じるのであった。
そして今日も、ウィットンの紹介を受けて小さな仕事をこなしている。
「さすがウイットンが信頼を寄せるだけはありますな?その若さでこれ程の博識、また是非、お願いしますよ?」
「どうも…幸い見た目が若いので……それではこれで…」
数人の顧客とその紹介だけでも3日ペースでの仕事。それも小粒な鑑定品が数ばかり押し寄せてこようものなら、そのひとつひとつを鑑定し、リストを作り、その理由を丁寧に説明するだけの時間が必要になった。そんなふうに他人の都合に合わせて動かされていると、いささか舌打ちでもしたくなってくる。
(ふう…もう一件まわってしまえば、少し長く休めるかしら?)
本当は旅する気分を味わえる遠方の仕事の方が好きなのだが、時間のかかる遠出の仕事はどうしても後回しになってしまうのだ。とは言え全ては自分勝手なわがままなのだが。
まあ、次は馴染みのある宝石店の仕事だし、目の保養にもなるだろう。この宝石店の主人は中々に信頼できる職人でもあって、ウレイアからも今まで何度も仕事を頼んでいる。しかし店を訪れてみると今日はいつもと雰囲気が違っていた。
「どうかしましたか?」
店に入ると店主と店員が困惑した様子で話しをしている。
「これはベオリア様、いや…お見苦しいところをお見せしてしまいました」
「何かあった様子ですが?」
すると一緒にいた店員と目を合わせてから
「はい……実は、昨晩どうやら賊が入り込んだようで」
「ん?…『どうやら』ですか?」
「はい……と申しますのは、盗まれたのは後ろの棚から小さなトパーズがひとつだけでして……」
「ひとつだけ?」
「はい。警備詰め所に被害の報告をした時にも勘違いと疑われる始末でしたが…それはありえません。入り口は開錠されており、そこの棚の扉は開けっ放し。しかも同じ棚の宝石を入れた封筒の中をわざわざ確認しておいて、一番安い石を持ち去っております」
高額な商品を取り扱うこのような店の扉は、当然だが一般のものより造りが頑丈に出来ていて、この店では3重に鍵を掛ける。
おまけに2階には最低1人が寝泊まりして、賊が侵入した場合には、抵抗はしないものの窓から騒いで助けを呼ぶようになっていたはずだ。しかも詰め所がほど近い。
「確かに妙な泥棒ですね……?それでは私の仕事はまた後日にしましょうか?」
「あーいえいえ、それには及びません。実はダイヤを預かったのですが少し色が……」
盗賊の目的が金目当てでは無いのなら、目的はその存在を誇示することなのか?しかもわざわざ困難な状況を選んでいるように見える。
一体誰に、何のゲームを仕掛けているのか?もっとも謎ときが好きなウレイアの勘ぐり過ぎかもしれない。個人的な脅しや怨恨の方が余程わかりやすいのだから。
仕事を片付け、ウレイアはこれでまた数日は煩わされずに済むと思うとほっとした。
どんな力を振るうことが出来たとしても、彼女達もやはり、人間という枠からは出られないのだろう。ただ、その大きな枠組みの中には自由には行き来の出来ない境界があるようだが……
「お帰りなさいませっ、お姉様」
「お帰り、お師さま!」
(くっ…)
家の中には小悪魔2人がいた……
「セレーネ、仕事はいいの?」
「うん、今日の午後は非番なんだ。それより昨日の夜にね、やっと海まで視ることができたよ?」
「そう、よく出来たわね。では次ね?」
セレーネには当分複雑なことは教えないと決めていた。よちよち歩きの今は自分の手足のように力をコントロール出来るように基本的な技を条件を変えながら反復させていた。
「私は少しくつろぎたいからリビングで本を読ませてもらうわ」
「うっ…それではっ、お、お邪魔はいたしません…かもしれません」
なにやらトリィアはウレイアのことを待ち構えていたようだ。
「…ふう、なに?いいわよ、少しくらいなら」
どの道静かにはならないだろう。ウレイアがあきらめたその途端、トリィアが詰め寄ってくる。
「お姉様聞いてくださいっ、セレったら本当に可愛げの無い子で…」
「セレ?」
「あ、はい。可愛いでしょう?呼びやすいし」
「それがイヤなんだ。お師さまに貰った名前なのにっ!姉さんだってトリィアを縮められたらイヤだろう?」
「いいえっ、トリーだってお姉様にいただいた大切な名前です」
「それじゃあ『ト』だ、『ト』!どうだ?嫌だろう?」
(はあ……この言い争いに私は必要なのかしら?2人の声は音楽だとでも思って本を読もう…)
しかし少しでも気をそらすと2人の矛先はウレイアに向くのであった。
「お姉様っ?」
「お師さま!」
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