第71話 手紙 2

 それから4日後、今度はモーブレイへ日帰りの仕事をするために早朝の出発となった。そしてその隣にはトリィアがくっついている。


「ついてくるのはかまわないけれど、昼過ぎには帰りますよ?」


「遊びに行くわけではないですよお、私はお姉様の助手ですから……」


「また都合の良いことを言って…」


 そろそろトリィアにも何か仕事を探させた方が良いだろうか?そんなことをウレイアも考えるのだが……しかし、ウレイアには自分が勝手に連れ去ってきた負い目と、するべき事は自分で選択するという生き方を教えてきたこともあって、何かを強制することは本意では無かった。


 そしてチャチャっと仕事を済ませて時間を確認してからウレイアがむかったのは


「うーん、お姉様?死にはしませんが、なぜ風当たりの強い広場のテーブルに座っているのでしょうか?」


 ウレイアはある意図が有ってわざと目立つ様に中央広場にあるパブの外のテーブルに座っていた。


「ええっ?お、お姉様っ?、さっきまで湯気の立っていたお茶に薄らと氷がっ!」


「そう…」


「えー?それだけっ?」


「ほら、来たわよ」


「はあ?一体誰が…?」


 ウレイア達に気づいた男は辺りに目を配りながらこちらに近づいて来る。


「あの人は……この間会った兵隊さんじゃないですか?」


「ええ、ちょっと聞きたいことがあってね」


「!、例の怪盗の事ですか?」


 5日前、仕事で訪れたあの宝石店で起こった窃盗事件だが、実は同じような事件が昨日までの毎晩起こっていて、謎の怪盗事件として街で噂となっていた。


「お姉様はセレの時のように同族の仕業と考えてらっしゃるのですね?」


「いえ、まだよ。行きましょうか?」


「え?」


 ウレイアは顔が見える距離まで近づいたところで立ち上がり、パーソンズと合わせた視線を引きちぎるように微笑んで振り返ると、そのまま歩きはじめて街の裏へ誘い込む。


「トリィア、集中していなさい…」


「はい、お姉様」


 彼女達が集中するとはどういうことなのか?基本的には普通の人間と効果は変わらない。雑念を払って脳の能力を限定した対象に向けることで、判断能力と思考速度を上げることが『集中』と言うものだ。普通ならそれで、1割か2割、極限で5割といったところだろうが、彼女達が同じことをすれば、2倍4倍、いや、数十倍に認識と思考速度を上げることが出来る。


 無論、意識と経験が重要になるが、それが普通の人間との決定的な違いのひとつだろう。


 では脳の使い方が優れているとどうなるのか?身体の能力の限界を使いこなし、相手がひとつ考えている間に百の認識と思考をし、達すれば時間が止まったように感じることさえある。当然自分の身体がついてくることは出来ず、歯痒さを感じるが、相手からすれば心を読まれたのか予知されていると感じるはずだ。


 それが絶対的な強さの差として敵対する者には恐怖を与える。


 ウレイアがあえて注意を与えたのは、僅かながらに戦闘に至る可能性と、相手が相当に鍛錬された人間であるからだ。


 そのパーソンズは変に構えることも無く、あらためて対峙したウレイアに、まずの疑問を口にした。


「何故、こんなところに誘い込まれたのかな?」


「何故、のこのこと誘いに乗ったのかしら?少し警戒心が無さ過ぎるのではなくて?…まあ、貴方が女2人とテーブルに腰掛けて話をしていたら、同僚達への言い訳が面倒だろうと思って」


「ああ、確かにな……部下に後から何を言われるか分かったもんじゃないな?」


「それで?私に何か聞きたいことでもあったのかしら?」


 ウレイアは気遣い上手の淑女を演じて誘い受けをぼやかした。


「ううむ…」


 パーソンズの質問の内容は当然、


「この際、怒りを買うことを承知で聞こう、貴女は魔女か?」


「くす、率直ね…でもその呼ばれ方は好きでは無いわね」


「ん?、つまり、私の問いは否定しないということか?」


 ウレイアは目を細めてパーソンズを推し測るように見る。


「では逆に聞くけれど……あなたは私達を悪魔や忌み物のようには思わないのかしら?」


 ウレイアの質問にパーソンズは浅く眉間にシワを作った。


「悲しいがそんな者は俺の周りにも沢山いるさ、そいつらの方が余程タチが悪いと思っている。それに…俺の基本的な生き方は『疑う』だからな」


「疑う?」


「もちろん君のことも疑っている。人も魔女も国も教会も、たとえ神でも会ってみたら気に喰わないヤツかもしれないだろう?誰かの正体なんて…会ってみてから自分で決めるもんだ」


(『君達』では無く『君』か。この男の評価は常に『全』では無く『個』ということね)


 面白い……表情を変えることはないがウレイアは腹の中でニヤリと笑った。


「見たこともないものを物知り顔で語るヤツは嫌いでね。俺は自分で触れて、感じたことしか信じ無いことにしている」


「『見た』ことでは無くて『感じた』こと…ねぇ。あなた、独り者でしょう?」


「は?な、なんで…?」


「理解されづらそうだものね。私は嫌いではないわよ」


 それはウレイアの正直な感想である。そして、大勢多数に同調しない生き方はけして楽ではなかったはずだ。


「そう言って貰えるのは嬉しいが、だからといって他人を否定するつもりも無いし、強要出来るほど強くもなくてね」


「そんな貴方がエキドナという女を好きになってしまったのかしら?」


 見透かされているような矢継ぎ早の質問の流れに乗せられてしまったが、パーソンズは急に息継ぎをしたくなって冷静では無い今の自分に気付く。


(何だこの女?話しの流れが早すぎる…いや、急すぎるっ)


 それはウレイアにとっては質問と言うよりは確認だからだ。


「!、い、いや、どうだろうな?会って話したのも僅かな時間だったしな」


「僅かでも……それは十分な時間だったのでしょう?」


「ううむ、何だろうな?お袋とでも話している気分がしてきたな」


 彼女はくすっと笑った。彼は良い人間だ、それでも聞かねばならない。


 懐柔し操って、欲しい情報を引き出さねばならない。話した罪悪感が残らないように、せめて強引な強制力は使わないようにしたい。


「あら、少し傷ついたわ。でもあなたとエキドナには凄く興味が湧いてきたわ、同類だからかしら……それで?〝彼女とは一体どこで出会ったの?〟」


「!…それは……」


「そう…それじゃあ、彼女は〝あなたのことをなんて言っていたの?〟」


「面白いヤツだと言われたよ。また、会いたいとも言っていたが……どうやら街を離れたようだ」


 彼は苦笑した。


「出て行った…それは残念ね。でももちろん1人でしょう?まさか〝パートナーがいたとか?〟」


 軽く、なんども重ねて、気易さから自然に口にしたように思わせる。


「いや、教会の連中と一緒だ。おそらく教会の兵士だろう」


「!、それは聞き捨てならないわね。もし捕まってしまったなら何をされるかわからない。〝助けが必要かしら?〟」


「それが捕まっているようには見えなかったな。呪われているなどと変なことを言っていたが」


(呪われている?)


 話の内容からはエキドナに会ったのは1度きり。それで捕まった様子ではないと言えるのは…


「まさか、〝出会ったのは教会の中でなの?〟」


「あ!?ああ、そうだ。ちょっとわけがあってな」


「わけ?…ああ、それはあなたが抱えていた何かね?」


「んっ、んんっ」


 パーソンズはバツが悪そうに咳払いした。


「ふふ、でもなぜ、あなたはエキドナがその…〝魔女だと思ったのかしら?〟私達は当然それを隠しているのに」


「そうだよな?しかし彼女は隠すつもりも無かったようだが……ありえない姿の現し方をしたしな、それに説明は出来ないが人とは違う何かを見たような気がした。まあ、魔女かと聞いても認めはしなかったな、一応は……」


「そう、それだけ?一体エキドナが気になったのはなぜなの?」


 パーソンズは頭を掻きながら改めて自分の頭の中を整理してみた。


「ううむ…あそこまですこんと抜け出た人間は珍しいのかな?とにかく裏表が無いというのか…」


「ああ、まあ、私達は良くも悪くも大体はそのような者が多いけど。その上美人だったのでしょう?」


「ま、まあ、そうだな。だがあれは内面からにじみ出ているものだろうなあ……あ、いや、すまない」


 ここまで来れば隠す気など何も無いだろう。もう少しエキドナとの付き合いが長ければもっと情報があったかもしれないが、1度きりのすれ違ったような出逢いでは十分だと思わなければ。


「ふふ…それで好きかどうか分からないと言われてもね。と言うか、他にも私に会う理由があったのではなくて?」


「話している内に何となく分かったような気がするよ。ところで、あなた達は長生きなのか?」


 ウレイアは眉をしかめた。


「あら、女に歳を聞く気かしら?」


「ああ…それはそうだな、失礼…エキドナは俺の3倍は生きていると言っていたものでね」


「そう…そう、ねえ……まあ、長生きだとは思うわよ。それでも彼女が好きなのね?」


 彼は唸りながら腕を組んだ。


「ううん、分からん」


「そう…そんなあなたに忠告しておくわ。大昔、私達は神と崇められていたこともあった……それが魔女と嫌われたのには理由があるし、目の仇にされるだけのことをする者も多いのよ?だからあなたが必要と思う以上に相手をよく『感じて』確かめることね?再会できればだけど……」


「神?か……確かにそうかもな。だがしかしな、やはり我々と何も変わらないのだな…納得させてもらった」


 短い会話の中で彼は彼なりにウレイアとは十分に『触れ合った』のだろう、ウレイアもそれだけのものは与えたつもりだ。そして彼女も可能なだけの情報は得られた。


「時間を割いて貰ってすまなかった、これで失礼する」


 パーソンズは振り返ってその場から離れようとした。

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