第69話 エキドナ 5

 2人は、人の多い通りを避けながら次の店を目指してのんびりと歩く。冬は明るい時間も短いため、ウレイア達とは対照的に街の人達は追い立てられるように行き交っている。


 するとウレイアの腕を抱えていたトリィアの手に突然力がこもる、そしてやや緊張した声でトリィアが囁いたっ。


「お姉様っ!」


 トリィアは周辺監視をウレイアよりも広く行っていたようで、その緊張の意味がウレイアにもすぐに分かった。


 背後から、どうやら街の警備兵が早足で近づいて来ている。警備兵だと分かるのは、その身に着けた装備からだ。一般兵士と違い、不審者を追いまわしたり、連絡に走り回る事が多い警備兵は、鎖帷子、胸あて、手甲あたりを単体、もしくは2つ程度を組み合わせて身軽な装備で任務に従事している。


 今、近づいている者も鎖帷子と手甲の上に警備兵の制服を羽織った軽装である。そして腰には剣と警棒を下げてまわりを威嚇していた。


 2人は『監視』の目でその警備兵の一挙手に身構えながら様子を見ていると、危険な距離に踏み込む手前で


「エキドナか?」


「?」


 男はいきなり背後から声をかけてきたが、どうやら他の誰かと間違えられたようだ。


「誰かと勘違いされているようですよ?お姉様」


「そのようね」


 仕方なくウレイアは振り返って男と目を合わせた。男はすぐに自分の間違いに気付いたようだが、ウレイアの顔をしばらく見つめてから少し肩を落とした。


「いや、失礼した。俺は警備を任されているエズモンド・パーソンズと言う。知り合いかと思ったんだが間違えたようだ、どこのお身内かは知らないが失礼した。しかもよくよく見れば……おかしな事だが何故見間違えたのか…………」


 その上、どこかの貴族と勘違いされているようである。


 もちろん偽装をしているので顔を覚えられることも無いが、偽装そのものが他人と間違えられる原因になる場合もある、それは相手が望む姿を見せるとも言えた。


(しかし、この私と間違える誰かとは?)


 ウレイアに好ましくない疑念が湧いた。それにもしもこの男が感の良い人間なら……


「かまいませんよ、不逞の輩と間違われたのでなければ」


「それはとんでもない話だ。ただ…」


「?」


 パーソンズの腰の警棒が不意に落ちた。いや、落とされた。


 それは小賢しくもウレイアは試されたということだ。


 落ちる警棒にどういう反応をするのか、どこで気が付くのか、彼女にこんな事をすることがうかつなことだと言うのに。


「おっと……」


「あら、お気をつけて」


 ウレイアがどこで気が付いたかと言えば、落とす前から気が付いていた。そうでなくとも引っ掛かることはない。そして、ウレイアを試した理由、間違えられた知り合いというのはおそらく同族だろう。


(エキドナ……知らない名前ね。まあ、そのエキドナに悪意を抱いているわけでは無さそうだけど?)


「ふうむ、やはり知り合いと雰囲気が似てますね?もしかして、貴女は…あ、いや……何でもありません、では失礼」


 かなり抜け目の無い男のようだ。逆にわざとらしかっただろうか?敵では無いようだが注意は必要かもしれない。


「何か……釈然としませんね?気付かれましたか?」


「本人も迷っていた。でも迷いながらも、名前を明かして敵意が無いことを示したわね。もしくは騎士道を示したのか…」


「こんな時はどうすれば良いのですか?」


「こちらの素性も知らないだろうし、探ろうともしなかった。何もしないと念を押していったようなものだもの、こちらも何もしないわ。エズモンド・パーソンズ、覚えておきましょう?」


 それとエキドナ、声を掛けてきたのはこの街に居るか、居てもおかしく無いということだ。教会が幅を利かせるこのモーブレイで……


 ウレイアとパーソンズが出会ったちょうどその時、教会の馬車と馬に乗った数名がモーブレイを出ようとしていた。

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