第61話 セレーネ 2

 ウレイアはトリィアの信頼と期待を裏切ることのないよう深く考えた末に深夜のデアズ邸まで来ると、以前のようにエルシーを誘い出した。


「お師さま?」


「悪いわね」


「何かあったの、ですか?」


 エルシーは心配そうにウレイア顔をのぞき込んできた。


「ん……?もしかしてずっと心配させていたのかしら?」


「え?だってこの間は旦那様と真剣な話をしてたし、その後に私に会いに来てくれるなんて…言って下さい、私がやれる事ならどんなことでもするし……」


 ふたりが出会ってから1年足らず……。少しはウレイアにもエルシーに対して情を感じるようになっていた。そしてトリィアと同じように自分によせる全幅の信頼と自分を敬ってくれる心からの気持ちはウレイアを無条件に喜ばせる。


「…………」


 普段はあまり表情筋を使わないウレイアでもこんな時ばかりはつい心のうちが表に出てしまう。その顔にエルシーは目を見張って…つぶやいた。 


「ぉ…お師さま…?やさしくて、女神さまみたいな顔………」


「え?いえ、何を言っているの?そんなことより、あなたに確かめなければいけない事があるの」


「わたしに?なにを、ですか?」


「そうね、あなたがこの街で暮らし始めてまだそれほど経ってはいないけれど…どうなの?普通に生きることは意外に簡単でしょう?」


「え?ああ、はい…まあ」


「これが一番簡単で、安全に生きていく方法よ。まあ、一つところに20年くらいしか居られないのは一緒だけれど」


「歳を取らないから?」


「いえ、歳は取るけれど…ゆっくりとね。でも姿が変わらないなんて不自然極まりないでしょ?」


 もしくは常に偽装をして、見た目にふさわしい芝居を続けて生きていくか?エルセーのように……


「もしかして……私の気が変わっていないのかを確かめに来たの?ですか?」


 ウレイアは頷いた。


「ならお師さまっ私の気は変わらないよっ、変わるわけがない!」


「そう」


「!、まさか、お師さまの気が変わったのっ?」


 あの山小屋でこの子を置き去りにしようとした、あの時と同じ顔をエルシーは見せた。


「違うわ、あなたの意思を確認しただけ。そうね…明日、2時間ほど私につき合えるかしら?」


「?、今日も…もう、急な用事が無ければ年内は休んで良いと言われ、てます。」


「あらそう、ならば丁度良いわ。明日の10時に以前教えた住所の家を訪ねなさい」


「訪ねる?は、はい、分かりました…」


 入れば死を招く館、そんな説明をされていた上に、ウレイアの言い方ではその家で誰が出迎えてくれるのかが分からない。エルシーの感情の中では不安が頭ひとつ抜け出ていた。


「お師さま、つき合えと言うなら今からでも構わないよ?」


「いえ、黙って抜け出したことに気付かれても良くないわ、あなたの今の立場を大切に考えなさい。まあ、これもあなたが決めることだけどね?」


「?、わかりました」


 ウレイアは歩み寄って不安を抱くエルシーの頭にそっと手を置いて微笑んだ。


「また明日ね」


「は、はい……」


 エルシーは置かれた手に頭を押しつけるように体を寄せてきた。

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