第60話 セレーネ 1

 首都モーブレイの中央広場は夜明けと共に朝市のような賑わいを見せて、往来する馬や馬車が広場のモニュメントを中心にメリーゴーランドの様に絶え間無く流れ続けている。


 とっくに食べ終えた骨付き肉の骨をガリガリと遊ばせながら、そんな人混みを遠巻きに、そして不機嫌そうに睨んでいるのは首都モーブレイの警備の柱石、エズモンド・パーソンズ上級尉官だった。


「その骨はそんなに苦いのかい?」


 そんなパーソンズに声をかけてきたのは、護民官の1人である父を持つアンドレアス・バーン子爵である。


「…暇な奴だなアンドレ」


 パーソンズは嫌味を言うが、しかし、本来であれば平民の出であるパーソンズが爵位を持つバーンに対しての軽口など許されることではない。のだが、子供時代を悪さで共有してきた経歴を経て、この街では有名なアンバランスコンビが出来上がった。


「まあ、暇さ。所詮は補佐だからね。護民官である父本人が暇なのだから、補佐である私は言わずもがなと言うものさ…。しかし今日はまた、いつにも増して不機嫌そうだな?あまりモーブレイの評判を落とさないでくれよ?」


「ほっとけよ…ああ、不機嫌さ。今日で4日連続だからな」


「ああ…連続窃盗事件か、犯人も手口も謎だな。いや、手口ははっきりしているのか?鍵もかんぬきも役に立たない、目撃者や当然怪我人も出さずに持って行く物は安物ばかり」


 パーソンズは噛んでいた骨を放った。すかさず物陰から1匹の犬が飛び出してくると、骨を咥えて走り去っていく。


「なあ、ウチはそもそもお前んとこの管轄でもあるんだ、何か聞いてないのか?」


「『静観せよ』との命令か?さあねえ、こういう命令の理由は大概は秘匿事項だろうな。官長だって理由は聞かされていないだろうさ」


「元はと言えば、あのなんたら枢機卿が出てった夜からだ」


「ヘンリーな…というかなぜ枢機卿がでてくるのかな?」


「こっちも伊達に警備はやってない。教会御一行は入って来たときは47人だった。街の教会に神父を2人置いていったが、出てっていったのは40人、5人を何処かに置いていきやがった」


「そうなのか?」


「おまえ…報告書にすら目を通さないのか?書く気が失せるな……」


「いやあ…それはその、父の仕事だ…な、とくに問題が無ければ私には何も伝わってこないものさ……はは…」


「まったく…」


 パーソンズは教会の方を睨みつける、もっとも目つきが悪いせいで睨んだ様に見えたのかもしれないが。


「まあ、おそらく教会の中にいるんだろうが、それ以外には不審な事は思い当たらないからな」


「深い意味など無いのでは?」


「意味が無ければ行動にも表れるわけがないだろう?関係あろうがなかろうが事前に説明が無い以上、疑われてもあっちの責任だ」


「まあ、それはそうだ。でも、あまり教会には首を突っ込むなよ?それから、野良犬は駆除対象だろう?ちゃんと仕事してくれよ」


 バーンは上司としての捨て台詞を置いて、人混みに紛れて消えた。


「教会と縁が深いと言えばバマー家だが…身分が違い過ぎるな。それ以前にあれか…執政官である当主が死んじまったからな、公務は誰かが引き継いだ後、か……」


 所詮は一兵士である自分にはいかなる政治、いや謀議に参加することは出来ない。平民としては今の立場で天辺と言っても良い。地位にも権力にも興味は無いと自負しているが、しかしこういう時ばかりは、自分の境遇に歯ぎしりをしていた。






「じゃあ2人共、年内は時間切れだから。寂しいだろうけど…我慢出来なかったらウチにいらっしゃい、レイ?」


 予定外の追加工事は年の暮れに間に合うこともなく、ウレイアとトリィアは新エルセー邸に見送りに来ていた。


 住むのに支障はないが残りの工事は年明け、また折を見て再開されることとなった。もしくはハナから終わらせる気は無かった、とも考えられるが。


「ご心配無く、これで静かに営めます」


「あらあら、憎まれ口で誤魔化しちゃってえ……」


「大お姉様、来年もまた色々と教えて下さいね」


「もっちろん、次回はレイを陥落させる方法を伝授しないとねぇ?」


「おほ、本当ですかっ?むしろこれからお邪魔しても良いですか?」


 泊まり仕度に戻ろうとするトリィアを抑えながらため息をついた。まあ、これでしばらくは静かになると思えば文句を言うほどでも無い。


「早く行って下さい…お気をつけて、エルセー」


「あなた達もね。本気よ…何かあればウチに来なさい?」


 微笑みに隠された真剣な忠告にウレイアは頷いて答える。少し煩わしいがまた会える。ウレイアは馬車が走り去って行くのを眺めながら、そんなことを思っていた。






「何か家の中の灯りが減ってしまったような気がしますね…」


 戻って家に入るなりトリィアがそんなことを言った。


「そう?」


「はい。でもおー、これでまた、お姉様と2人きりですねぇ?」


「…トリィア、あなたに相談があるのだけど」


 トリィアは小首を傾げるとすぐににこりと微笑んで言った。


「私はかまいませんよ!」


「?……私はまだ何も言っていないけれど?」


「私がお姉様のなさる事に首を横に振ることはありません。それに多分、エルシーのことですよね?」


 その通りだ。最近、何故か妙にトリィアに見透かされるようになった。


「お姉様はいつもおっしゃっているじゃないですか、『私は自分のしたいようにする』って。でもお姉様のしたいことの中に私への相談も入っていたのなら、それだけで私は凄く嬉しいです。お姉様は思うようになさって下さい」


「私に任せると言うのね?」


「はいっ」


「そう……」

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