第59話 バートン通り探偵社 6

「お帰りなさいませ、おねえ…さま?どうしたのですか?すごくご機嫌がよろしいですけれど?」


 ウレイアの顔を見てすぐにエルセーが察する。


「あら、リードのお手柄?どうやらレイのお眼鏡にかなったようねえ」


 2人の前でもウレイアはリードを賞賛した。当然リードを褒めるほどエルセーの鼻は天井に着かんばかりに高くなっていき、逆にリードは居心地が悪そうに小さくなっていった。


「まあねえ、私が鍛えたのだもの…試合でも無ければまあ、リードを凌ぐ人間がいるとは思えないわね」


「いえいえ、ウレイア様に完璧にサポートしていただいたお陰でございます」


「それでも暗闇であれほど動けるとは…」


「暗闇でも目を凝らすとぼんやりと見える気がすると申しますか、扉などが開いて一瞬でも光が差せば視界のものは全て記憶出来ますし」


 人間の持つ可能性をリードは正に体現している。ならばそれらの可能性の先に自分達の力があるのではないだろうか?ウレイアはそんなことを思わずにはいられなかった。


「あーん、私もご一緒したかったですーっ」


 トリィアがリクエストするも奥手なリードには『その機会に』と丁重に断られ、トリィアは新たなる野望に胸を熱くしていた。






 翌々日、相変わらず朝からエルセーはウレイアの家に入り浸っている。談笑している2人の前にウレイアはとあるメモの束を差し出した。


「あら?これは何なの、レイ?」


「マリエスタの名前が無くて良かったですね?」


 メモは不揃いで保存も良く無いがメモの数は3桁を軽く超える。


「ではやはり存在したのね?脅迫のリストは」


 リードには小芝居の時わざと存在を否定させたが、ウレイアにはその存在に確信があった。


「ああーっ!お姉様っ、また抜け駆けされましたね?」


「ぬ、抜け駆け?」


「で?どこにあったの?」


「そうですよっ、役所に行くと言って昨日ふらっと出かけたと思ったら、もう……っ」


 リードの一件に続いてお宝発見も見逃したトリィアが、いつにも増して可愛らしく怒っている。


「役所に行ったのは過去にレインズ家が貴族に名を連ねていたか確かめる為よ」


 それは確かに記録にあった。


「レインズ家は建国から子爵を拝する家系だったのに2代目で爵位を取り上げられてしまったようね」


「何があったのでしょうね?」


「さあ?ところで、たまには読み返したり付け足したりする物を壁や床や家具の中に隠したりすると思う?」


「いえ……壊しては直し、直しては壊しでは何かの罰ですよね?」


 トリィアはウレイアのためにお茶を注ぐ。


「だから今更あの家を探すのは見当違いよね?おそらく雇われた男は最初から目ぼしい所は探し回っただろうし」


「では敷地外と言うことに…でもよほど良い隠し場所じゃないと不安ですよね?やはり誰かに預けていたとか?」


「役所に行った理由はもうひとつ、もしレインズ家が歴史のある貴族であったなら墓の場所を知りたかったからよ」


 トリィアはウィットンとの会話を思い出した。


「ああっ、ウィットンさんがちらりと言っていましたね」


「それにレインズが…アフトンが言っていた言葉、『自分が死んだら明るみに出る』とね。『何かあれば』では無くて『死んだら』…その言葉には違和感を感じたわ、アフトンの記憶力に感謝ね」


「それで、お墓なのね?」


「ええ、まあ、そこそこでも貴族の墓と言えば『廟』。人が寄り付かず、頻繁に訪れても怪しまれない場所。ちゃんと鍵を付けておけば都合の良い隠し場所でしょう?それで確かめに行ってきたの」


「それでそれで?」


「まあ、小さ目だったけどやはり廟があったわ。貴族はわりと生前から自分の入る場所を用意しておくものだけど、マローは既に棺桶まで用意してあったわ。当然だけどその中に…この束があったというわけ」


「なるほどねえ。死んで自分が葬られることになると、このリストが人の目に触れるというわけね……」


 しかもリストが不揃いなのは紙だけではなく、筆跡も不揃い。脅迫はレインズ家代々のお家芸だったらしい。


 もしかしたら『保険』を自分の棺桶に隠す方法もお家芸だったのかも知れない。


 ここでトリィアは根本的な疑問を口にした。


「結局、マロー・レインズは何処に行ってしまったのでしょうか?それになぜリストを置いて行ったのでしょうか?」


「リストを動かしてしまうと、マローの復讐装置が機能しなくなってしまうからねえ。でも彼が何故逃げたのか?どうなってしまったのかは、分からないわねぇ…?」


 ここからは大切な話になる。ウレイアは真剣な口調でエルセーに見解を述べた。


「とりあえずは、これでおそらく屋敷が狙われることは無いと思いますが、懸念が無くなったわけではありません。それにそのリストはやはり元に戻した方がいいでしょう」


「マローが捕らえられてリストの場所を話してしまった場合ね?」


「はい。もちろん、内容を書き写してからですが…中々面白いですよ?貴族や商人、教会関係者の名前も並んでいますね。中には、ハルムスタッドの王族の名前まで……とにかく国内外、数世代に渡って集めた秘密です」


 好奇心が主だが、これは使い方次第では大変な価値を持つ。期せず4人それぞれが目を見合わせながら微妙な空気を味わっていた。


「『レインズリスト』ね。私の分も写しておいてくれる?」


「わかりました」






 これでこの事件は終わった。


 しかしトリィアはまだ興奮気味な口調で言った。


「わずか3日ですよっ?いえ2日かな?何しろ数日で解決してしまうなんて、これって私達に向いていませんか?」


「何?あなたは調査官にでもなりたいの?」


「それではつまらないです。報酬を貰って色んな難事件を解決するんです。鑑定にも通ずる謎解きです、私達には天職じゃないですか?」


 これはイケる。そんな風に嬉々としてトリィアは新しい商売を頭の中で展開しているようだが、それは自分達が公然と名乗れる時代が来るまではお預けとなるだろう。


「まあ、そうねえ。それが許されるのなら、商売なんてしなくてもトリィアちゃんは聖人として崇め奉られているでしょうねぇ?」


「ええー、ダメですかー?まあでも…私が聖人ですか?それも良いですねぇ。でもその時は、お姉様も、大お姉様も一緒ですよ?」


 そんな未来を想像してトリィアは笑った。






 首都モーブレイ……


 ペンズベリー王国の王都である首都モーブレイは警備兵の数はカッシミウと大差はないものの、兵士ひとりひとりの練度には大きな差がある。


 基礎教練を終えた者がカッシミウを含む地方で経験を積み重ね、見出された者が王都に呼び戻されると、更なる訓練を重ねてようやく一角の兵士として役を与えられ、王都の警備や防衛、または士官として戦地に赴くことになる。


 そのモーブレイの警備兵を統括しているのは中央警備発令所であり、警備における責任者を務めるのが、エズモンド・パーソンズ上級尉官である。


「失礼いたします、上級尉官殿」


「んー、なんだ?」


 パーソンズの元には絶えず部下からの報告が上がってくる。いちいちドアをノックされるのが煩わしいと、この男は就任してすぐにドアを外させた。


「昨晩で3日連続です。このままでは我々警備隊の名折れとなってしまいます。私は警備の強化を進言いたします」


「ああ?」


 ため息をつき見上げながら、良い若者だとパーソンズは思った。


 良い若者らしく与えられた任務を愚直に遂行しようとしている姿だ。自分とは性根の出来が違う、そう思うと苦い笑いがこみ上げてきているようだった。


「却下だっ警備に変更は無い」


「なぜですか?賊に侮られては面目が立ちません、上級尉官殿のお名前にもキズを残すことになります」


「安心しろ…俺にもお前たちにもキズはつかん。放っておけばすぐに静かになるだろう」


「は?それは一体…」


「気にするな、それが命令だ」


「はあ……失礼いたしました」


 カツっと直立すると良き若者は去って行った。


「まったく……気にするなと言っても無理な話だわな…一体、何が起こってやがる?」


 パーソンズは立て掛けた自分の剣に目をやった。

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