第40話 エルシー 3

 1階には3人居たはずだが、1人は火を消しに外に出たようで、残った2人はそれぞれが窓に張り付いて外の様子をうかがっている。ウレイアは1階をチラッとだけ確認すると、そのまま音を立てずに階段を登っていった。


 火事はボヤ程度で済んだようだが誰かに見られていたかもしれない、ようやく見張り達は平静を取り戻して監視することに集中しはじめた、しかしその背後には…すでにトリーがいる。


 トリーは1人を選んで頭の中の血管を摘むと、糸が切れたかの様にその場に昏倒した。『摘む』とは言ってもまさか頭に指を突っ込むはずは無い。


 彼女達は新たな『目』と共に見えない『手』を持って生まれ変わる。個人差はあってもそれは基本的にか弱い細腕だが、実際の腕よりも長く、ゴーストの様に都合良く物や生物を通り抜けることができた。


「おい、どうしたっ?」


 もう1人が駆け寄って来た所を鋼糸の刃で頸椎を断ち切る。男は気付く間も無く死の淵に落とされた。


「ふー、まだお姉様ほどは操れません。後は……」


 そして死んだ男の剣を取ると意識を失った男の心臓を刺し貫き、すぐに剣を引き抜くと適当に放りだす。


「あ!いやいや、待って下さい……」


 何かを思い直して放った剣を拾い直すと、窓から火を消していた男の側に放り投げた。


 姿を消したまま窓の前で待っていると、血の付いた剣を発見した男が警戒しながら中の様子を見にこちらにやって来た。


「えいっ!」


 正面から鋼糸で首を一文字に裂くっ、男は窓の前に力なく倒れ込んだ。


 トリィアは気持ちが悪いのか鋼線の先30センチほどをねじって切り離してから元の形に戻した。


「おしまい…ですね。お姉様は……?」


 トリーは目で追うように2階を見上げた。






 2階に残っているのはエルシーに心臓を掴まれた男とボスの2人、ウレイアは扉が開け放されているその部屋にわざと姿を晒して入って行く。


 ボスは手下の報告を待っていたのか、苛ついた様子でウロウロとしていたが、音もせず突然入って来たウレイアを見ても起きていることが理解出来ずに目があってもしばらく動くことさえ出来なかった。


 彼がウレイアを見て硬直したのは女だからでもあまりの麗しさからでも無い。彼は一瞬、部屋に入ってきたものが人間では無く伝承に聞いた恐ろしい『バンシー』の様に見えて身がすくんだのだった。しかし思わず凝視した『バンシー』は見たことも無いような美女である。


「いっ?やっ…驚いたっ!いやいや、鳥肌が立つ程の美人だな、あんたっ……と言うか誰だい?」


 部屋の隅で休んでいたもう1人がウレイアの背後に回り込もうとしている。


「〝じっとしていなさい〟」


「っ?!」


 後ろに迫っていた男が右足を前に出したところで金縛りの様に動きを止める。心臓を掴まれた挙句に金縛りとは、ついていない男だ。


「おいおいっ!?まさかあんたもっ?余程魔女と縁があるのかねぇ俺は……?し、しかしっあんたはヤバそうだ…そうかっ!姫がヤバいと言っていたのはあんたかっ?」


 男の話に心の中でほくそ笑むと、ウレイアは話を合わせて少し遊ぶことにした。


「姫?あの小娘はどこ?」


「なるほどな、ウチの小娘があんたのお怒りを買ったわけか?!」


「ウチの?」


「!、いやいや違うっ!あのガキは俺にまとわりついてくるから手伝いをさせていたんだが、なんかどっかで粗相をして来たみたいでな?良かったぜ……さ、さっき始末をつけたところさ」


「始末?死体は?まあ、だとしても…あなたが拾ったのならあなたの責任で良いわよね?」


「!!……」


 冷や汗をかきながら取り繕う姿は滑稽で、少しはウレイアを楽しませてくれる。


「い、いや、拾ったわけじゃあ無いんだ。まとわりついて来て困ってたんだよ。こう…身体を擦り寄せてな………」


 こらえていたが、ウレイアはたまらず、


「くっ、あっははははは、まったくっ、はあ……笑える程の下種っぷりねえ?」


 と、そこへトリーが驚いて飛び込んで来た。


「どうされましたっ?」


「ああ、笑わせてくれるわよ、この男」


 ウレイアは微動だにせず鋼糸をふるった。後ろで立ちん坊だった男がぶるっと震えると、ごとりと床に首が落ちる。


「面白かったわよ、あなた……道化師にでもおなりなさいな、生まれ変わったらねぇ?」


 ウレイアに冷笑を見せられて、男は青ざめてガクガクと震え始めた。さっき感じた自分の認識が間違いでは無かったことを思い知る。


「もう、ひとり?あ、いや、違う、まあ待て…」


 ウレイアは大きくため息をつくと、


「もういいわ……」


 見えないが空気を切って唸り続けていた鋼糸がまいて、男の足首の腱を断つ!


「!っ、ぎゃっ?!!!」


 訳もわからず四つん這いに男が崩れ落ちた。


「いいっいでぇっっ!!」


「そうね、あなたが全て悪いわけじゃない、どちらかと言うと私のわがままかしら…?〝私を見なさい。ちゃんと、私を見て……〟」


 荒げることも無くウレイアは淡々と命令をする。


「ただ……今までエルシーを使って良い思いをしてきたあなたには、その対価を払って貰おうかしら。ふうむ、やっぱり…見られると不快ねぇ?」


 するとっ、男の黒目がミチリっと互いに外側に消えた。


「イッ!ああーーーっ????」


 目を押さえて天を仰ぐ男。


「あら、だから何故そんな汚い顔を私に向けるのかしら……?」


「か……っ…………!」


 ぐきりっ、というこもった音がして男の頭が180度ねじ切れた………………


 男の声が途切れあたりに静けさが戻ると、人形のようにごとりと後ろに崩れ落ちるその様をウレイアは感情の無い目で眺めていた。


「お姉様…」


 ウレイアは水晶の粒をいくつか取り出すと、軽く握って男のむくろに向かって振り撒いた。


 すぐに水晶から炎が渦巻くと、這うように男の死体を包み込んでいく。明らかに異常な死に様を消し去るためだ。


 そして残った宝石はネックレスの形に戻すと、首にかけ直した。


「さて、帰りましょうか」


 ウレイアの腕にはすぐにトリーが抱きついて来る。


「お姉様っ、素敵でしたーーっ!」


「こらこら…歩きにくいでしょう?」

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