第39話 エルシー 2

「何がダメなんだ?姫……」


「何がって…とにかくヤバいんだ」


 ウレイアの事を話すわけにもいかず、説得出来そうな言い訳も思いつかない。エルシーは追い詰められていった。


「だから何がヤバいのかをボスが聞いてんだろうがっ?」


 もちろん、エルシーは何も言うことは出来ない。


 するとボスらしき男が『姫』に問う。


「なあ、姫…最近どうしちまったんだ?その町に何かあるのか?お前がヤバいと言うならそうなんだろう。なら慎重に行こうじゃねえか?たとえ待ち伏せされてたって姫が居れば何とかなる、今迄のようにな」


「だから、もう仕事は手伝わないと言っただろう?あ、あんた達とはもう…これきりに、する…」


 エルシーのその言葉で、その場がざわつき緊迫感に包まれる。


「いい加減にキレたぜ」


 エルシーの隣に座っていた男が立ち上がった。


「たとえ『魔女』だろうがこんな小娘のわがままに付き合ってられるかっ?」


 その言葉に聞いた途端、エルシーの顔に怒りが浮かんだ。


「私を……『魔女』と呼ぶなっ!」


「!」


 その言葉はウレイアを動かすのに充分だった。周りの景色に同化するように姿を消すと、手近にあった石を握り込み建物に近づいて行く。


「?、お姉様?!」


 エルシーに睨まれた男は胸を掴んで苦しみだした。


 立っていることが出来なくなって膝をついた瞬間っ、その男の背後からボスと呼ばれた男の剣先が飛び出してくる!座ったまま身をよじったエルシーだったが左肩から袈裟斬りに背中を斬られてしまう!


「…っ!!」


 初めて斬られたっ。床に転げ落ちたがすぐに酷い痛みに襲われて身動きがとれない……


「なぁ、姫……実は俺の親父も魔女と一時期つるんでいたらしくてなあ、あんたらの弱点の事も聞いてたんだわ………しばらく一緒に仕事をして確信したが…魔女はその怪しい魔術とやらを複数同時には使えないんだろう……?」


 ウレイアは建物横に積まれた飼い葉に石を放ると玄関先へと移動する。それと同時にエルシーが気付くよう撫ぜる様に彼女の頰に集中した。


(今のは油断していたエルシーの不覚、並みの速さで私達を斬れるものか。ここまで来なさいっエルシー!)


 エルシーがウレイアの方を見る。


「魔術…?私を魔女と呼ぶなと言っただろうっ!」


 エルシーがボスを睨み返すとすぐに飼い葉から赤い炎が立ち昇り、一階の見張りが2階に向かって叫ぶ。


「火が出てるぞっ!」


 出口側に座っていたのが幸いして、3人が動揺した間隙をぬってエルシーは部屋の出口に身体を滑り込ませた。


 置かれている状況を整理しながらボスがもう1人に命令する。


「おい、殺って来い。だが用心しろよ?」


「なに、あれだけの深傷を負ってりゃあ……」


 エルシーを追って男が警戒しながら廊下に出る。その頃にはエルシーは痛みにフラつきながら階段を下り始めていた。


 外で待機しているウレイアの手のひらにはペンダントにしていた石がパラパラと溜まっていく。


 石を通していたテグスは見えない程細い鋼糸で出来ていて、ウレイアの意思で解けた鋼糸は全て伸ばすと5メートル以上になる。


 エルシーは他の男が火の手に気を取られている隙に外に飛び出して来た。


 シッ!!


 つられてエルシーを追って来た男が玄関を出た瞬間っ、ウレイアは鋼糸を鞭の様に走らせて男の首を半分ほど斬り裂いた!


 男の動きは徐々に遅くなり…その場にくたりと倒れ込む。振り返ったエルシーも何が起きているのか理解が追いつかなかったが、緊張が解けて倒れそうになるところをトリーが受け止めた。


「だ、誰……?」


 姿の見えないトリーに抱きかかえられて、エルシーは火の手とは反対側の建物の陰に引きずられていった。


 とりあえずエルシーをうつ伏せに横たえると、トリーはカモフラージュを解いて姿を見せる。


「!、あ…初めて顔を見た……あなたも綺麗だね…でもなんでここに?」


 痛みに耐えながらも嬉しそうに表情をゆるませるエルシー。


「なぜ?まったく…手の掛かる小娘ですねっ、お姉様のお情けに決まっているでしょう?」


 そしてウレイアも様子を見に姿を見せた。


「どうなの?」


「ああ…あ、あはは、死ぬ前に会えて良かったあ……」


 笑ってそんなことを言うエルシーの背中をぱんと叩いてトリーが言った。


「っ!イッッッ!?」


「大丈夫ですっ、こんな程度で死ぬわけありません」


「いぃっ!!!!!…っ、いーたーいーっ!」


「こらこら…まあ、肩甲骨で刃は止まってるし背骨にも大した損傷は無いわね、私達が戻るまで『傷は治る』と心の中で唱え続けていなさい」


 ウレイアは羽織っていた黒いシルクのローブでエルシーを隠すと立ち上がる。


「さて……下に3人いるけど大丈夫?」


「もちろんです!」


 するとすぐにローブの下からエルシーが問いかけてきた。


「全員、殺すの?」


「悪いけれど……こうなってしまってはね」


「…」


「それじゃあ、行きましょう」


 2人は再び姿を消して中に潜入する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る