第13話 三人目の弟子 9
ウレイアの元で起こっていた事件を知る由もないトリーは、疲労を感じながらも新しい『眼』が見せる世界に遊び、楽しみ、高度な『監視』を自分のものにしようとしていた。
「これって……伝う物が無い空中には拡げられないのかしら?私の力不足……?いえいえっ、疑わないこと!方法を見つけるか、自分で創り上げれば良いのです!!」
自分を奮い立たせるためにしゃがみ込んでつぶやいていたトリーが突然立ち上がる。
(あれっ?!)
不審な男が街道の方からやって来る。家々を物色するように覗き込みながらコソコソと辺りに目を配り、自分の方へ向かって来る。
(え、えと……コレはやっぱり、当たり…ですよね……?)
トリーはすぐに渡された板を折るが同じタイミングで男の姿が崩れるように消えてしまう。
(はれ?!えっ?これは一体………えーーっ?お姉様を呼んじゃったのにーーー??)
きっと経験不足のせいで見失った。そう考えたトリーは必死で男の姿を探した。
(なんで?どこかに潜り込んだ?それとも………飛んだっ??)
人は飛べない……
それよりきっとウレイアはそれこそ飛ぶ様にこちらに向かっているに違いない。と、必死で男を探すトリーの肩を突然誰かが叩くっ。
(ッ!?きっきゃあああぁぁぁぁーーーっ!!)
あまりの不意打ちに全身の毛という毛が逆立つっ、人生一驚いた!でも何とか絶叫は我慢したっ。
「トリー…私よ!」
「わたっ??わたしさんっ???」
『私さん』なんていない…『隠伏』していたトリーを見つけたのだからウレイアに決まっている。
「おねっ、『私さん』はお姉様っ?」
「え…?ええ、私よ?」
「びっっっくりしたっ、死ぬかと思った、いえ死んだっっ!」
「ちょっと、だいじょうぶなの?いえ、大丈夫よトリー」
人は心底驚くとこんな顔になるんだなあ、無責任にもそんな感想を抱いてウレイアはトリーを見ていた。しかしへたりこんで胸を押さえている姿にいくら何でも罪悪感が湧いていた。
「ごめんなさいトリー、そんなに驚くなんて……」
謝るウレイアにトリーはすぐにすがりついてきて、
「そ、それより『私さん』っじゃ無くて『お姉様』…いまっ犯人を見つけたんですけどっ消えてしまって、でも女じゃなくって……」
いささかパニックである。
「それは『私』よ、トリー」
「?、え……?『私さん』??」
「あなたが視た『男』は『私』よ、あなたの『眼』を騙したのよ、『私』が!」
「は?騙した??お姉様が…私を???」
人生一番の驚きの後は呆気に取られ、今はちょっと……泣きそうだ。
「私を騙したのですか?からかったのですか……?」
「高度な『監視』でも逃れる方法はあるし、騙すことも出来る。あなたにそれを経験して欲しかったの、でもこんなに驚くなんて…ごめんなさいね?」
「は、はあぁぁーーー」
ウレイアにぶら下がったまま、トリーはまたへたりこんだ。
「お姉様……」
「ん?」
「あたまを撫でて下さい……」
「え?ええ……」
言われるままトリーの頭を撫でる、なでる、ナデル……するとトリーが這い上がってくる。
「ひ、ひどいですーーっ、それって男でも犬でも、自由に変えて見せられることを予め教えておいてくれれば良かったのではない、です…………?あれ??」
ようやく落ち着いたのか、ウレイアが目の前にいることに疑問が湧いてきた。
「あれれ?まだ夜明けには時間があるのにお姉様が戻ってきたということは、まさか…………」
「ええ、この事件は終わったわ」
「ええっ?!またおひとりでっ?……て、まあ…これはしょうがないのか……?」
「でしょうね、でもお疲れさまトリー」
「そうですかー、んーまあいっかー」
結局、ウレイアの思惑通り無事に事件は解決し、トリーは頑張ったし、レベルアップを果たしたし、ひとつを除けば文句は無かった。
「それで犯人は?やはり同属が関わっていたのですか?」
「……ええ、あなたよりも若そうだったけど……」」
それを聞くとトリーの顔は哀憐の情に沈んだ。
「そう、ですか……かわいそうに」
「ちょっと、あなた私がその娘を殺したと決めつけているわね?」
「え?違うのですか?」
「まったく……ちゃんと言い聞かせて追い出してきましたよ、やさしくね」
「そうですか……少し安心しました。でも優しくしてあげる必要はあったのでしょうか?」
「もう帰りますよ」
「え?あ、はいっ」
ウレイアがひるがえるとトリーはその腕にしがみついて歩き出す。そしてちらりと上目でウレイアを見上げた。
「でもお姉様が私を騙すなんて……もう今日は添い寝をしていただかないと眠れそうにありません!」
「?!……もう、じきに夜が明けますよ、それに良い経験になったでしょう?」
「うぬ…………しゅ、修行モードは仕方ないです、だから私も頑張りましたっ。ここはご褒美が欲しいです!」
「ご褒美?一体誰のための修行だと……」
「私は甘やかして伸びるタイプですよ!お姉様っ?」
つまり褒めるだけでは足らないタイプらしい。
「そんなタイプがあるわけ……ん…」
しかし過去を振り返ると一刀に否定できない記憶も……
「ほらほら…今なら膝枕で手を打ちますよ?」
「まったく、夜が明けるまでよ」
「ぃやった!じゃあもう早く帰りましょー」
「まったく…」
「それでそれでっ?ちゃんとこまかく教えてくださいね……」
夜明けにはまだ時間がある……すぐにトリィアを迎えに来たことをウレイアは少し後悔しながら歩いた。
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