第11話 三人目の弟子 7
今、ウレイアはほとんどの力を『監視』に割いている為、『隠伏』にはマテリアルを充てている。街の半分以上をカバーしつつ、トリーの姿も捉えられるよう加減しなければならない。
この辺りは人口も兵士の数も多い為に見まわりも頻繁な様子だ。ほど近い交差点で2人の兵士が立ち止まった。
「まったく、いつまでこんな厳重警戒が続くんだろうなーまったく…まあ、確かにこれだけの警戒の中でなにも手掛かりが掴めないってんだから、妙と言えば妙なんだが、なぁ?」
そしてもう1人はランタンを揺らして辺りを見回しながら、
「もう随分と戦争も無いからなぁ。訓練の意味もあるんだろうさ。それにしても、いやなウワサだよなあ?今回は……」
「ああ?『魔女』が関わってるって話か?どうだろうな……それに万が一魔女に出くわした時はとっとと逃げ帰ってこいって話だが、見たことも無いのになんで魔女だと分かるんだ?」
2人は互いに首を傾げた。
「さあな、とにかく魔女は魔女専門に任せろと言うことだろう?魔女だと確認できれば教会が出張ってくるって話しだ、むしろ今すぐにでもお任せしたいよ、魔女の話は聞いただけでもおっかないしな。天使様でも付いてくれていれば別だが……」
『天使』その言葉にウレイアはピクリと反応した。
「それこそ噂だろ?『願い』や『希望』お伽話の類じゃないのか?」
「いやいや、天使様は存在するらしいぞ?もちろんお目にかかった事は無いけどな」
天使様…無知を愚かと断じることは出来ないが、知りもしないものに希望を抱く人間をウレイアは不快に感じた。が、今はそんなことに気を散らしている時ではない。
(あの子のほうで何も無ければ良いのだけど…)
ベッドで寝返りをうつ子供、見まわりをしている兵士、音も無く地を這うヘビまで、集中の仕方で直に触れているような感触まで伝わってくる。
新たな『監視』の技に身体も使い方にも慣れてきたトリーは、その新たな感覚を楽しめるようにまでなっていた。
「これがお姉様が観ている世界………ぼんやり全体を眺めたり、顔を近づけるようにひとつの物を集中して視ることも出来るのですね?お姉様がその時に分かると言った意味が分かりました」
『監視』と『隠伏』という2つの基本を高いレベルで体験したトリーは、嬉々として自分達が視ることができる世界を堪能している様だった。
ウレイアはこういった機会を待っていた。今回もひとりで十分に対処することは出来たが、この経験を経てトリーも数段階を一気に登ることが出来るはず、そう思っていた。
(これって……普段触ることが出来ないものの感触を楽しめるのでは…?………………………………………ふふ)
彼女達は過去の体験から、基本的に苦痛を拒絶する。自分の欲求や快楽だけを追い求める者がほとんどで、それが当然だと言ってもしようのない理由があった。
それを今日までの教育と訓練で心と脳の許容量を増やし、与えた役割に対する責任感をもって限界を超えさせた。一度経験してしまえば、それは彼女のものになるはずだ。
そして彼女達に最も必要なのは、想像と創造、そして疑わないことである。
しばらくは静かに時間が過ぎた。やがて先程まで地上を照らしていた月灯りを雲がちらちらと遮る様になると、地表にはベッタリと張り付く影がまるで生き物の様に蠢くようになった。街の雰囲気も何か不安を煽られるような空気に覆われていく。
張り巡らした蜘蛛の巣が揺さぶられるのをじっと待つ。ウレイアは息を潜め気配を断ち、獲物を待つ捕食者そのものであった。その狡猾で美しい蜘蛛が薄く目を開けると、彼女を取り巻く空気がざわつきはじめる。
音も無く流れる暗がりを意識するように、街の外れから数人がウレイアの方へ、つまりは街の中心に向かって忍び近づいてきている。
先頭は女、その後ろに周囲を警戒しつつ2人の男が壁づたいに通りを進んでいる。
女は警戒している様子も無く、まるで散歩でもしているように見えた。言ってみれば、無防備な女性を怪しい2人組みが後をつけているかのようだ。
そんな女が足を止めたかと思うと、ふいに路地を折れて息を潜めた。それにならって2人の男も各々近くの暗がりに身をかがめる。すると間を空けずに、行く先の横路から警備兵がその通りに姿を見せたではないか。
そう、彼女は見えないはずの警備兵からその身をかわしたのだ。
単に感が鋭いのかもしれない、あるいは耳が良いのかもしれない。でもこれはウレイアが懸念していたこと、十中八九彼女は同族だ。そう彼女は結論付けた。
(1日目で当たりなんて楽で良いわ。それにしても私の監視にまったく気が付かないところを見ると、それほどでは無さそうね…)
しかし、それだけで侮るほど彼女は愚かでは無い。ただ、今はトリーの方では無かったことにほっと胸を撫で下ろしている、彼女にはもうしばらく新しい世界で遊んでもらうとしよう。
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