第6話 三人目の弟子 2
わりと平坦な土地に町を創る時はまず、旅人が往来する街道に向かって大通りを引きましょう。そうしたら将来の町の大きさを想像しながら中心地に広場を設けておきます。この広場と大通りは商業の中心となり、そこから外へ向かって移住者が住居を建てて行くことでしょう。
そんな町のテンプレート通りに中央広場から伸びるウッドランズ通りを外へ15分程歩くと38番警備詰め所がある。通り沿いの町はずれまでを管轄とされているが、見通しが良いせいか広さのわりには兵士が10人と少し心許ないようであった。
「こんにちはっ、トリーさん!」
詰所の前で立番をしていた若い兵士が、通りすがりの少女に声を掛けた。
「まあホープさん、ごきげんはいかがですか?」
あまりにも麗しい少女の笑顔に顔を赤らめた彼はカイル・ホープという。3か月の教練と適正試験、更に3か月の基礎訓練を経て、ここへ赴任してからまだ5ヶ月のルーキーである。階級は1年未満の初等兵、入隊から1年間の任期と訓練を積まなければ兵士としては認めてもらえない。まあ兵士としての業務を一通りは経験した、というところである。
「立番ですかあ…大変ですねえ……」
トリーと呼ばれた少女は見た目は14、5歳くらいだろうか?可愛らしく大きな瞳は尚淡い澄んだライトグレイ、髪は日に照らされて透ける長いプラチナヘアのツインテール、誰かが最も可愛い人形を想像してもこの少女の血の通った麗姿には遠く及ばないだろう。さることながら何より可愛らしいのは『はつらつ』とした笑顔と期待を裏切らない『少女』を地でいく隙の無い仕草である。
そんなトリーの笑顔を見れば、カイルは職務の辛さがふうっと軽くなった。
「かっ、買い物ですか?」
「ええ、夜に食べるものをちょっと」
トリーはかぶせた布をめくって籐で編んだオーバルの籠の中身を見せた。
「ポートハウスのミートパイじゃないですかっ?羨ましいなー、僕の安月給じゃご馳走ですよ」
「うちも同じ。でも女2人しかいないでしょう、量も要らないし食費も含めてヨソよりはあまりお金もかからないから……」
「なるほど……お姉さんもお元気ですか?ええと、ベオリアさん。あまりお見かけしませんけど」
「もちろん元気ですよっ。仕事柄どうしても家に閉じこもったり、何日も家を空けたりで困りますけど」
トリーは少し寂しそうに笑った。
「たしか……美術品とかの、鑑定…でしたっけ?珍しいお仕事ですよね?」
「そうなの、よく呼びつけられてけっこう遠くの街まで行ったりもするんですよ。長くかかりそうなときは私も付いて行っちゃいますっ、助手の顔をしてね」
彼女なりに大人びた顔をして見せる。
「へえ……いやでも、それはそれで楽しそうだけど、女性だけの旅は危険ですから気を付けて下さいね?」
この時代、街を一歩出れば街道は野盗がはびこる無法地帯だった。
「はい、私達も乗り合いの馬車を使ったり、同じ目的地の人達とまとまって行動するようにしています。たまたま兵隊さんとご一緒できる時なんかは本当に安心ですよね?」
「ああ、モーブレイとの間はけっこう行ったり来たりしていますからね、特に最近はここで妙な事件が続いていて、王都との連絡も密になっているはずだし」
例の行方不明事件の話題が出るとトリーは胸の前でこぶしを握って緊張した表情を見せた。
「そうそうっ色んな噂が飛び交っていますけど、一体全体…あれは誘拐事件なんでしょうか?犯人はやっぱりその……魔女、なんですか?」
そう聞き返されると、カイルも困った顔をする。
「いやー、なんとも謎の多い事件で要領を得なくて、犯人がいるとは思いますが…魔女が関わっているかどうかは何とも……でもねえ、まるで神隠しですしね。ああでも、今のところ幼い子供が狙われているようですけど、トリーさんも気を付けて、人さらいであれば若い女性も気をつけた方が良いですから」
「ふうむ……」
トリーはアゴに握りこぶしをあてると、考えるふりをした。
「そう…ですよね。分かりましたっ、これからはひと気の無い所や暗がりには近づかないようにします、それに暗くなってからは出歩かないようにします。でもっなにかあったら大声で叫びますから、助けてくださいねっ?」
「分かっています。その時は全力で我々がお守りします!」
「よろしくお願いします」
トリーは深々と頭を下げた。
「では、私はこれで失礼します。暗くなる前に帰らなくっちゃ」
「そうですね、気をつけて帰って下さい。お姉さんにもよろしくお伝えください。」
「わかりました。ではっ」
くるりと向きを変えると、来たときと同じ方向に向かって歩きだす、やたらときょろきょろしながら遠ざかるトリーをカイルは微笑ましく見送った。
「可愛いなぁ…トリーさん」
しかしカイルは近寄り難くさえ感じていた。
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