第5話 三人目の弟子 1
-魔女-
魔女は敵である。
神の敵である。
人の敵である。
獣の敵である。
秩序の敵である。大義の敵である。祝福の敵である。英知の敵である。高徳の敵である。正義の敵である。御霊の敵である。神聖の敵である。
魔女はあなたを惑わし、懐柔し、誘惑し、魅了し、操り、破滅へと導く。
魔女は見目麗しく、天使の様に力を示し、本性は卑しく、残忍に引き裂き、満たされない渇きをあなたの魂で潤す。
魔女の言葉を聞いてはいけない。信用してはいけない。見つめてはいけない。話してはいけない。触れてはいけない。
魔女は敵である。
神の敵である。
あなたの敵である。
これは教会の教典に記された『魔女』に関する記述の序章である——
この港街カッシミウは、およそ150年前、かのモーブレイ・ペンズベリー一世が建国のおりに交易を見越して設けた港町であった。
初めは50人程から始まった部落は30年後には5000人の町となり、徐々に定住者は増え続け、現在では50000人以上が暮らす一大貿易港にまで成長している。その人口も王都には及ばないが商業の中心地でもあることから街の活気は首都モーブレイを遥かに凌ぐ。その発展はペンズベリー王国を下支えする財源でもあり、切り捨てることの出来ない重要拠点となっていた。
そのカッシミウでは最近、妙な事件が毎晩のように頻発していた。カギの掛かった家で親がすぐそばに居たにもかかわらず、小さな子供が忽然と姿を消していく。不審な目撃情報も皆無で、犯人が存在しているのかも分からずじまいのミステリー、やがてこんな噂が囁かれるようになった。『魔女』が夜な夜な子供をさらっている……と。
街は商業の拠点である為に外からの訪問者には自由な出入りが許されていた。それでも治安が保たれていることには理由がある。ここは湾内でも船が接岸出来る希少な立地に築かれていて、一歩湾外に出れば近寄ることさえ危険な断崖絶壁がどこまでも続いていた。それはつまり海から侵攻しようとする敵を阻むための軍事的な重要拠点であることを意味している。
したがって港湾のすぐそばには防衛拠点と兵士の宿舎が建ち並び、常駐している兵士の訓練と有効活用を理由に街のいたる所に警備詰所が設けられた。その数は大小合わせて46カ所、平均人員は12名であるから実に552名の警備兵が24時間の警ら任務で目を光らせている。加えて港の拠点には常に3000名以上の兵士が常駐しており、彼等が自由に街を動き回り、事件が起きれば管轄も関係無く押し寄せてくることを考えれば、まともな悪党は仕事もしないで逃げ出した。
にもかかわらず、である!悪漢共が度胸試しのピンポンダッシュで仕事をするようなこの街で、既に4人の子供が姿を消した。そして、『寝ている間に子供が居なくなった』そのように訴える親たちに警備を統括する発令所はアタマを悩ませていた。痕跡もゼロ、目撃者もゼロ、はたしてこれ程の無理ゲーに犯人はいるのか?
その論争は1分でカタがついた。たとえば犯人も無く子供が自ら出て行ったのなら、カギやかんぬきが掛かったままなのはあまりに不自然だからだ。これはもう尋常では無い、犯人がいるとすれば、壁をすり抜けるのか、外から一度はずしたかんぬきを戻してから去っているのか、その一切を目撃されること無く…である。
とても人間業とは思えない、思えないから人では無い、だからそんな犯人役を押し付けられるのが、人では無い『魔女』となるのである。得体のしれない恐怖は取り敢えず『魔女』が関わっているとされた。神と人の敵であった。
幼な子を持つ親は姿を見せない敵を恐れ、しかし兵士はアタマを悩ます。街と住民の盾となるのが彼らの仕事ではあるが、どうにも相手のイメージが掴めない。もしも神の敵たる恐ろしい『魔女』が犯人だとしても、4000名近い兵士の誰ひとり、それどころか50000人の住人で魔女の体裁を知る者などいないのだ。このままでは沽券に関わるとばかりに見廻りの兵士を増員しているが、詰所の兵士達の戸惑いは隠しようもなかった。
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