第4話 なのらない女 4
「それじゃあ、私はこれで……」
前置きも無く席を立とうとする彼女を慌ててジューダは引き留めようとする。
「もしもっ……もしもまた、貴女にご相談したい時にはまた、お会いできますかっ?」
「どうかしら……」
彼の制止に効果は無く、立ち上がった女は小袋の口ひもを使って化粧箱の取手に結び付けた。
「それじゃあこれも遠慮無く…」
置かれた小瓶をつまみ持ち上げると、やはり薄絹を巻き重ねた上着の隙間に滑り込ませる。小瓶は、その厚みや重さが溶けてしまったかのようにその存在を消してしまったが、もはやそんなことが驚きにもならないほど彼は麻痺していた。
「そ、その木箱は女性には重いでしょう、お好きな場所までお持ちしますよ?」
彼女はひとつ息を吐いて目を伏せた。
「もうお帰りなさい。あなたは迷い込んだ道の途中で見たことのない景色に出逢っただけ……その先へ進めば帰る道さえ見失ってしまうだけよ?」
「……!?」
「失礼、お元気でね」
軽々と木箱を持ち上げゆったりと会釈をすると、声を掛けあぐねている様子の男を放って店を出た。
ジューダが語っていたとおりこの街と歴史を共にするこの店は、港にほど近い大通りに店を構えている。石造りの建物が隙間も無く並び、多くの馬車や人、時折騎兵の姿も右左と行き交っていた。
右に行けばすぐに港、左に行けば中央広場に向かって延々と建物が連なっていて、そこからは蜘蛛の巣のように住宅などが、これまた延々と広がっている。
周りを気にすることもなく広場に向かって歩き出すと、すぐに女の『蜘蛛の巣』にひっかかる者がいた。
(2人……)
やはり彼女を追ってくる者がいた。当然子爵の手の者だろう、彼にとって彼女はあらゆる意味で放っては置けない存在に違いない。彼女はわざとらしく目立つ化粧箱を見た時に確信していた。
(まあ、そうでしょうね)
尾行者は一度に視界に入らぬように道の両端に分かれて移動している。ただ……
(私は目には頼らないのだけど……)
女はするりと最初の路地に身体を滑り込ませると、尾行者が気づく間も無く姿を消した。
(どんな顔に見えていたのかは知らないけれど『儚げな面持ち』?…ちょっと変えないといけないわね……)
尾行者だけでは無い、誰の目からも、まるで自分の足跡を消していくように、少し遠まわりをしながら彼女は街の中へ溶けて消えていった。
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