靴の上でハムスターを飼っている

赤狸湯たんぽ

第1話


 靴の上でハムスターを飼っている。

 両足に一匹ずつ。

 ハムちゃんとスターくんというTHE・安直な名前で飼っている。


 「なぜ靴の上で?」という声もあると思うが、飼っているのだから仕方ない。

 受け入れていただきたい。

 「え?靴の上で飼えるの?」という声もあると思うが、現に飼えている。

 これも受け入れていただきたい。


 それを踏まえた上で今回は、友達の圭の家に遊びに行く話をしよう。

 ここ半年で急に動物博愛主義に目覚め、思いつく限りの動物を屋内にほぼ野放しで飼い始めた圭の家にである。

 なぜ手に余る程の動物を飼うのか、それは逆に動物を軽視していないだろうかと個人的には思うのだが、以前それをふと口走ったらすごい形相で睨まれたので彼なりのポリシーがあるのだと察して静観を決め込むこととしている。

 また、ただ野放しで飼っているだけなら危険を伴うためお邪魔したくはないのだが、躾をしっかりしているのか動物たちは節度ある距離感を保ってくれているので誘いに応じている。

 だがもし節度ある距離感を超え、あまつさえ牙を剥き襲いかかってこようものならば、その時は金輪際家には近付かないと決めている。


 そんな誓約を胸に秘めつつ、ハムちゃんとスターくんと共に訪れた圭の家の室内は、より動物が住むのに適した形に変貌を遂げていた。

 小さなジャングルを思わせる植林スペースや湿度が管理された湿地スペースなど、屋内でありながら一定の生態系が築かれているであろう佇まいに私は眉をひそめた。

 ありていに言うと、ドン引きした。

 とりあえずハムちゃんとスターくんは靴の中に避難させることにして二階へ上がってみると、二階部分は一般的な住居の体裁を保っていたためひとまず安心した。

 やはり家族と同居している手前、大掛かりな改装工事はできなかったと見える。

 突飛なことを言い出し、いつもどのような距離感で接したらいいか困らされている圭の家族だが、今回ばかりは感謝する他ない。心よりのありがとうを送ろう。


 そしてだいたい2時間程度圭とテレビゲームに興じて夕刻の頃、お腹がすいたので近くのショッピングモールPORCAへ食事をしに出掛けることとなった。

 この家は動物に優しい反動として人間に厳しい環境を作っているのか、まるで人間が食べるに値するものがないのだ。

 あるのはビタミン系の錠剤とホエイプロテインと冷凍食品の類だけ。

 圭の弟が自給自足で作っている野菜はなぜか動物たちの飼料になっている。

 圭の弟は野菜を育てるのが好きなだけで消費するのには関心がないらしいのだが、それにしてもほぼ全てが飼料として消費されている現実には納得しているのだろうか。

 もし仮に私が丹精込めて育てた野菜が飼料として消費されたら、発狂し、そんな無礼極まりないことをしでかした奴を見つけ次第、今度の人生を野菜と離縁して過ごしたくなるほど執拗にとやかく言う自信があるのだけれど。

 人の家の事情に首をつっこむのは主義ではないので胸に秘めておくとしても、不思議な感覚をどうしても感じてしまうのは許して欲しいところである。


 そんなことをうだうだ考えつつ出掛けようとした時、圭の母に呼び止められた。

 どうやらスマホの画面をプロジェクタで壁に映したいのだが、機械が苦手で映せないらしい。

 どうしてスマホの画面を壁に映したいのかと聞くと、今大人気のソシャゲ「プリンセスステージ」通称プリステの画面をプロジェクタで映しながらガチャを引くとSSレアが出るジンクスがあるとのことだった。

 「なんだそれ」とは思ったが、いつもお邪魔している手前頼られたら応えたいのが心理である。

 プロジェクタ内蔵のシーリングライトとの接続とのことで難しさはあったが、 Wi-Fi接続を使えばしっかりプロジェクタとの接続できたので問題は解決した。これで存分にガチャってくれと思いながら、一階へ降りた。


 一階に降りると靴の中に避難させていたハムちゃんが消えていた。

 焦る私に圭は淡々と「そこにいるぞ。」と告げた。

 どうやら、玄関横のハムスター用のケージに移動したようで、そこで圭のハムスターのひまわりの種を奪い取って我が物顔で食べていた。

 誰に似たんだ。太々しい。

 ただ、このままここに置いて出掛けてしまえば圭のハムスターの餌を食べ尽くし兼ねない。

 どこか違う場所に移動してから出掛けたいのだが、こうウロチョロするんじゃ間違って鷹などのエサ箱に入って食われてしまうかもしれない恐怖はどうしても感じてしまう。


 連れて出掛けるしかないのか。


 靴の上が大好きなハムちゃんは靴の上に、そこまででもないスターくんは圭の手の中に収めて出掛けることとなった。

 しかし出掛けるや否や圭は表情を曇らせた。

 どうやら手の中のスターくんが執拗に自分の手を舐めてくるので不快に感じたらしい。

 許してくれ、圭。

 この子たちは毎日靴の上で生活しており、靴からでも栄養を摂るべくペロペロガシガシしてしまうのだ。

 それにより、靴に付着したタンパク源や炭水化物、脂質を摂り込んで生命を繋いでいる。

 いわば舐めることは習慣であり、生存戦略なのだ。

 「ガシガシするのは申し訳ない」とこの子なりに気を遣っているのだから、ペロペロには目を瞑って愛でてやってくれ。

 そのような祈りに似た視線を圭に送った後、私の靴の上にいるハムちゃんに視線を移す。


 何もない。

 靴の上には誰もいない。

 え?ハムちゃん?!


 焦る。

 さっきの圭の家で失踪したのとは勝手が違う。ここは屋外で、圭の家以上に危うさがそこら中に転がっている。

 なぜ?

 いつも靴にしっかり掴まってついてきてくれていたじゃあないか。

 どうして?

 なにゆえに靴の上にハムちゃんがいない。周りを見回しても、そこには道ゆく人々が歩いているだけ。


 身体中から血の気が引いて冷たく硬くなっていく。私は真冬のコンクリートと混ざり合う。

 そんな最中、圭がある一点に指をさした。

「あそこにいる女の子二人の中心にいるの、お前の探しているハムちゃんじゃねぇの?」

 視線を移すと、確かにそこには女子大生くらいの女の子二人とその中心に何か動物らしき影が見える。


 血相を変え急いでその場に向かうと、そこにいたのはネコだった。

 しかしそのネコはただのネコではなく、エスプレッソカップサイズのとても小さな子ネコで、あろうことか女の子とおしゃべりをしている。


 大変奇妙なことではあるが、ネコならば用はない。

 私が探しているのはハムスターのハムちゃんだ。ネコではない。

 しかし、なぜだかそのネコから意識をそらすことができない。

 そのネコがハムちゃんと同じくらいの大きさの子ネコだからなのだろうか。

 ここでこいつをハムちゃんではないと決定付けてこの場を離れてしまったならば、この時の決断を一生後悔するような確信に似た落ち着かない肌触りを感じる。


 私は仕方なくこの極めて小さな子ネコに話しかけた。

「お前はなんだ?」

「にゃんだとは不躾にゃんじゃにゃいかご主人。うちがこの可愛いおんにゃの子逹と楽しくおしゃべりしているところに割って入ってきておいて、開口一番その言い草は頂けにゃいにゃぁ。」

 よくしゃべりおるな、このネコっころ。

 だがしかし、この横暴なしゃべり口は、勝手に自分の居場所の靴から離れて圭のハムスターのケージに入り、我が物顔でひまわりの種を独占していたハムちゃんに重なるところがあるように感じる。

 そう思いたいだけなのかもしれないが、とりあえず話を続けてみる。

「体のいい言葉で煙に撒くな。私はお前に『お前は何者だ』と聞いているんだ。素直に答えろ。」

「命令口調が気に食わにゃくて傷付くってのに、それだけじゃにゃくうちのことも忘れちゃったにゃんて、ダブルで心抉られちゃうにゃぁ。はぁ。察しの悪いご主人に懇切丁寧に教えてやると、うちはご主人が愛して止まにゃいハムちゃんその人なんだにゃ!さあ、歓喜に咽び泣くにゃ!」

 いや、お前は人じゃなくてハムスターだろ、いや今はネコなのか!などと一瞬頭を過ぎったが、どうやらこいつが私が探していたハムちゃんのようだった。

 その証拠として、この勝手にいなくなった癖に悪びれていない唯我独尊を地でいく姿勢は、私が長きに渡ってハムちゃんと過ごしてきた中で感じていたそれに違いなかった。

 何度ケージに入れて逃げ出さないように頭を捻ってみても、その創意工夫を嘲笑うかの如く、いつの間にかスターくんを引き連れて靴の上に鎮座ましましていたハムちゃんの憎たらしさは、今思い出しても腸が煮えくり返るほどに脳裏に焼き付いている。

 また、話すと何故か強く当たってしまうことからも、こいつがハムちゃんであると言えるのではないだろうか。

 こいつがハムちゃんだと分かり話せるようになった今でさえも、愛して止まないハムちゃんとおしゃべりができるようになった嬉しさよりも、じゃじゃ馬でおてんばなハムちゃんの印象の中からわずかに抱いていた可愛げが消失してしまった喪失感の方が優っている。

 この染み付いた残念な雰囲気を感じとった時、私はこいつがほぼ間違いなくハムちゃんなのだと心から頷くことができた。


 仕方なく抱き上げ手のひらの上に乗せてやると、にゃぱぁ〜とはじける笑顔を見せた後、すかさず手のひらを入念に舐め回し始めた。

 この一瞬で私の手にがっちり縋り付いて離さない姿勢をキメる熟練の動きは他のネコには到底真似できない芸当であろう。

 太鼓判を押してもいい。こいつは紛れもなく私のハムちゃんだ。


 事情を説明すると、女子大生は私にネコ型ハムちゃんを快く引き渡してくれた。

 しかしその表情は限りなく冷め切っており、今までの慈愛に満ちた笑みとの温度差からか私は結露し切ったガラスが曇り、冷や汗を流しているのを見ているような気分になった。

 あんなに可愛がっていたハムちゃんを見てどうしてこんなに表情を強張らせるのだろうか。

 それを考えた時、彼女らはきっと、私の手に縋り付き一心不乱に舐め回すハムちゃんの姿を見て生理的嫌悪感を抱いてしまったのではなかろうかという結論に至った。

 それはさながら、酒の席で図らずも可愛がっていた後輩の受け入れ難い性癖の片鱗を見てしまった時のような、行き場のない消化不良な感情と似たものなのかもしれない。


 何はともあれハムちゃんの返還を無事成し遂げた私たちは、当初の予定通りショッピングセンターPORCAに向かって歩き出す。

 安堵感からか出掛けた時に感じていた空腹がふつふつと舞い戻ってくるのを感じる。

 ひと仕事終えたんだ。今日はちょっとだけ贅沢をして美味いものを食おう。

 つちのこ寿司にしようか。やにわにステーキも捨てがたいな。

 食欲で頭を満たし目的地への期待感を煽る。

 掌には唾液のテロテロとした心地の良い不快感。行く先にはカジノのごとくネオンライトの輝きを放つショッピングセンターPORCA。

 現在時刻は20時でPORCAの閉店時間は21時だ。

 私たちは白線トランポリンの横断歩道を渡り終え少し小走りになりつつ、一歩また一歩と空腹を満たすための歩みを進めた。

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