チップ・イン・ブレイン

daren-conbrio

第1話 はじまり、はじまり…

 ふと気がつくと、寝かされていた俺の視界に、眩しいくらい白い天井が広がっていた。いや、普通に小洒落こじゃれた照明があったので、そのせいで眩しいと感じたのだろうが。

 くっ……と伸びをしながら起き上がる。地面は淡い白の絨毯が敷かれていた。大きさは、大体旅館のロビー程度か?

 頭がズキズキする。今は何時だ?スマホの液晶を見ると朝の五時だった。えぇと……

 よし、再確認。俺の名前は草食くさはみ 塩人そると。二十六歳。一般的に、ブラック企業と呼ばれる会社に勤めている。が、それを理解したうえで勤めている。あの嫌な環境が、俺の肌に合っていると感じたからだ。責任逃れが上手いので(同僚から嫌味を言われた)のらりくらりとやっている。独身で彼女も居ない。妹が一人いるが、ここ数年会っていない。彼女や周りの人間から、嫌われても、うとまれてもいないはずだが、少し息苦しさを感じている。同僚を裏切っている罪悪感からか?

 さて、そこで、なぜ俺がここにいるのかを思い出そう。まるで意識にもやがかかったかのようにハッキリしないが……

 たしか、俺が会社から帰ってきたのが深夜一時。その後適当にカップ麺を食ったな……マカダミアナッツ味。珍しい味だったので、強く記憶している。その後風呂に入って寝たから……大体二時くらいか。寝たのは。だが、そこからの記憶はない。

 で?

 なぜ俺はここにいる?

 これじゃあ俺がここにいる説明がつかないよな……

「ああああああああああっ!!!!」

 そんな時、唐突に大きな声が聞こえたのでとっさに振り向いてしまった。この反応の速さが、良くも悪くも俺の人生の分岐点になる事を、今の俺はまだ知らない。いや、未来永劫みらいえいごう気が付かずに生きていくだろう。その場しのぎで生きてる人間だから、こんなナレーションも適当で、この場に適当じゃないかもしれないが。

 閑話休題。

 振り向くとそこには、十歳くらいの男の子がいた。パッと見たところ、およそ不恰好なパリッとしたスーツを着ていた。そこで初めて気が付いたのだが、俺もスーツを着ている。

 俺が寝る時にスーツなんて寝づらい物を着るはずがないので、疑問を覚えた。ちなみにパジャマより非パジャマ派だ。ジャージとかの方が寝やすくていい。

「!?」

 が、その事を深く考える間もなく、俺は男の子に、大きな棍棒のようなものでぶん殴られた。およそ彼の小さな体躯たいくに似つかわしくない、不相応な棍棒だった。しかし、全く手加減なしの、マジな一撃だった。

 だが、俺はそこから最適解を導き出した。一寸も判断をたがわず、その場に最高にフィットした対応をした。すなわち、敵の股間を蹴り上げた。彼は大きく足を開いて踏ん張っていたので、かなりしっかりとした打撃が入ったはずだ。

「くぁwせdrftgyふじこッ⁉︎」

 意味不明な断末魔を残し、彼は失神した。そして俺も脳震盪のうしんとうを起こしており、ふらふらだった。間を置かず失神した。無論支てくれる人なんていないので、そのままばたりと、不恰好に倒れ込むような形になった。

 

いやしかし、気を失いすぎだろ、俺。

 

 目が覚めると、病室のような無機質な狭い部屋に小さなドアが付いている部屋に寝かされていた。ん?と思いながらも体を起こす。硬い床に横たわってたせいか、体の筋が痛い。鈍く響くだるさを感じながら、ゆっくり体を起こす。体感的にお昼だろう。そんな時間まで寝ていたため、兎にも角にも体が動かしづらい。少し運動すると、さらにふらふらになってしまった。やはり、僕は多少の運動じゃあ、健康で健全な精神を宿らせられるような肉体を手に入れることは、不可能のようだった。いままで、運動なんてしてこなかったツケが回ってきたのだろうか。何もしたくないなぁ、今日は仕事休まざるをえないなぁ……はぁ、だるいな。しかしゴチャゴチャ言ってられない。そんな負の感情を我慢して、ドアから外に出る。はたして、そこは予想を裏切らず、無機質で面白みの無い廊下が続いていた。いや、一面白色だし、終わりが視認しにんできないので、顔面蒼白がんめんそうはくって点では、面白みはあると言える……ああ、もうこんな駄洒落を言ってしまうほど参ってるんだな、僕。

 しばらく歩いていると、光が漏れている壁を見つけた。いや、漏れてるというよりかはそこ自体が淡く光っていた。どういった原理なのかは分からないが、別に僕には関係のないことだった。

 コツンと叩いてみた感じ、別に分厚い壁というわけでは無さそうだ。反響音が聞こえるので、空間はあるのだろう。せっかく見つけた手がかりを無駄にしたくなく、さらに面白みのある風景の中延々歩かされたために溜まっていた鬱憤うっぷんを晴らすため、思いっきり体を打ちつけた。一回目でミシミシっと変な音が。二回目でヒビがはいった。三回目でガラガラと壁が崩れていった。さて、僕はここで何を見たと思う?

 もったいぶることでもないな。答えは、大きなホールだ。見たこともない柄の白っぽい絨毯が敷かれた大きな場所だった。

「おやぁ、こんにちは。」

 驚いて声の主を探すと、程なくして見つかった。

「もしかしてあんたもここに収容されたクチかい?」

 そんな言葉を聞いて、僕はある疑問を抱いた。さっきは耳元でしゃべられてるような感覚だったのだが、案外遠くにいたのだ。その事に気をつけつつ、僕は恐る恐る訪ねる。(耳元で喋られたと感じた時から違和は感じとけよ)

「あなたは誰ですか?そしてここはどこですか?あなたも、って事は僕と同じく

「まあ焦りなさんな。」

 彼女は覆い被せるようにそう言った。正直、かなり苛立いらだったが、それを臆面おくめんに出さず、飄々ひょうひょうとした態度をとって、相手に精神的なマウントを取るのが大人ってやつだ。見た感じ女子中学生くらいか?やけに大人びた声と喋り方だが……

「すみません、先程長々と歩かされたもので……」

「ああ、さっきの音はあんたかい。壁を崩すなんて、強硬派だねぇ。いや、凶暴派とでも言うべきかな?あそこは迂回すればドアがあったんだよ。血気盛んだねぇ、若い子は。」

 早い。頭の回転が速いことが今の回答で分かった。おおよその当たりはついていたにしても、なぜそれがパッと出てくる?それを問うと、

「なあに、私も延々歩かされたのさ。」

 やっぱり。僕とは違い、平和に迂回したようだが、彼女も僕と同じようなルートをたどっきてきた事は、想像に難くなかった。

「ところで、自己紹介がまだだったね。私は黒糖澤こくとうざわ 甘蜜あまみつ。気軽に甘蜜でいいよ。」

 こくとうざわあまみつ

 こくとうざわあまみつ

 こくとうざわあまみつ。

 すごい名前だと思ったが、それを言ったら俺の塩人もすごい名前なので口をつぐんだ。

「僕は草食 塩人です。くさはみとでも、そるととでも呼んでいただければ。」

「クサハミソルト君だね。よろしく、ソルト君。」

 にこやかに手を差し出す甘蜜さん。

「ええ、よろしくお願いします。」

 差し出された手を握り返した。が、すぐに手を引っ込めた。そして、彼女をキッと睨みつけた。

「なんの真似ですか、これは。」

「やだなぁ、ちょっとした馴れ合いじゃあないか。そんなに凄まないでおくれよ。」

 彼女のてのひらは血に濡れていた。彼女のものではない。あの血は、僕の血だ。カシャン。彼女が指を曲げると、軽やかな音と共に小さな、

しかし鋭い針が飛び出していた。知ってる。あれは暗殺器具あんさつきぐだ。確か、あの針に毒を塗ったりして相手を殺すための道具だ。

 『この女は、信用できない。』直感で分かった。考えるな、感じろだった。

「安心してくれ。別にあんたをとって食おうってわけじゃあない。毒も塗ってないしね。塗ってたとしても、即効性は無いし、致死量ではないよ。」

 信用できるかよバカめ。わざわざ塗ってた時の弁明べんめいをするあたり、怪しさマックスだ。僕が無言でじぃっと睨み続けていると、何がおかしいのか、へらへらと笑いながら、

「まあまあ、私の持ってる情報を教えて、共有してあげるから堪忍しておくれ。」

 全く信用していないが、この小さなこまっしゃくれた女……もとい、甘蜜さんの情報を少しでも得られるのならそれに乗っかるのがベストだと判断した。

「まず、端的に言うと、ここは二重人格の研究所……とでも言うべき場所だよ。」

 二重人格?僕にも心当たりがないわけではなかったので、目線で先を促す。

「私も二重人格……正式名称は解離性かいりせいなんたら。」

 それは把握しとけよ。

「そして」

 彼女が口を開いたとき、およそこの場に似つかわしくないファンファーレが鳴り響いた。かなりビックリ系には強いと、自負している俺でさえビクッとしたくらいの不意打ちだったので、彼女に至っては漫画みたいに飛び上がっていた。ト◯とジェリーか。

「よおこそみなさま。このたびは、ここ、だぶるくろすけんきゅうじょに、えんろはるばるおこしいただいてまことにありがとうございます」

 聞き取り辛い声だった。自分の中で翻訳ほんやくしているうちに、謎の声(これは甘蜜の声と違い、普通にスピーカーから流れているようだった。)は流暢りゅうちょうに、(あくまでも比喩だ。あのようちな声が流暢なはずがない。)喋り続ける。

「え〜、あなたたちは、くわしいじじょうはわからないとおもいますのでぇ、わたくしのほうからせつめいさせていただきますねぇ〜」

 声音は変わったが、もったりとした、幼女のような、幼い声質は変わらなかった。

「まずぅ〜、さっきダブルクロスっていったとおもうんですけどぉ、それはあなたたちかいりせいどういつせいしょうがいのかたをしゅうようしているしせつのことなんですよぉ〜」

 なんだか間延びした声がだんだんキャピキャピしてきた。嬉々として話している感じが、逆にきもちわるい。しかし、期せずして多重人格の正式名称を知れたのは少し嬉しかったので、甘蜜の方を見てやると、

「………??」

何故かぽけっ……としたような、言うなれば麻酔を打たれたシマウマのような顔をしていた。

「あ〜そうそう、こちらからはあなたたちのことはみえてますがぁ〜、こえはとどかないのであしからず〜。さてぇ、あなたたちにとったら、どうしてこんなところにとじこめられているのか、ぎもんにおもっちゃうとおもうんですけどぉ〜……おもっちゃうとおもうってなんかいみかぶってねぇ?きゃは、まじうけるう〜」

 なんだこいつ。口調はねたぁりとしてんのに、言ってる事は、まるで中身のない女子高生の会話じゃないか。

「ガガッォ…ボッ…ッッボッ…あぁ、すみません、ウチの馬鹿どもがお騒がせしました。」

 急に変わったな。今度は落ち着いたイケおじみたいな声だなぁ……いやあ、ここの管理者は個々の主張と個性の起伏が激しいなあ(現実逃避)……しかし、こちらの声が聞こえない?それじゃあ、コミュニケーションなんて取れないじゃないか。さあ、一方的に続けやがれおじさん。(いさぎいいのも僕の長所だ)

「では、改めて……こんにちは。私はここの最高責任者です。以後、お見知り置きを。私達は貴方達を拉致しましたが、決して悪いようにはいたしません。どうでしょう、ここでモニター越しに話しても、私的には問題ありませんが、対談というのは……いえ、あるいは説明、弁明とでも言うべきでしょうか……まあともかく、向かい合って、直に行った方が心を込めてお話しあえるのではないでしょうか?お茶も出しますよ?」

 どの口が言う。僕が気を失った原因は二つとも、ひとえにお前らの責任だろうが。それに、最後の方のおどけた口調は気に食わない。そもそも、対談だかはこっちの声が届いて成立するものだろう。モニター越しにイキってんじゃねえ。ちらと甘蜜の顔色をうかがうが、相変わらず何を考えてるのか、はたまた何も考えていないのか、あほっぽい顔のままだった。

「と、言っても、こちらからのメッセージはあなた方に届くのですが、あなた方の返事はこちらに届かないんですよね……OKなら、一度大きくジャンプしていただけますか?」

「おい、甘蜜さん。ああ言ってるがどうしますか?」

 一応念には念を入れ、小声でそう問う。しかし、返ってきたのはぽかんとした視線と、こんな返事だった。

「ん〜? ソルト君が行きたいんだったらぁ、私は別に、反対する理由なんてないよぉ」

 声の質感は一緒だ。だが、猛烈な違和感があった。さっきまでは女の子らしさの欠片もなかったが、なぜか間延びした女の子らしい喋り方になっている。なんだこいつ。これも含めて後で説明してもらおうと、そしてここら脱出する手がかりを探そうと、ぐっと力を込め、体のバネをしっかり使い、跳んだ。

 そのタイミングで、かなり強面のおじさんが出てきた。

「さっきは失礼しました。こちらの機械の設定ミスで、そちらの声が聞こえなくなっておりました。」

 申し訳なさそうに口を開いた彼は、なるほど、先程の声の持ち主らしい。それはつまり、僕にとっての情報源というわけだ。やや強引なイコールだが、別にニアリーイコールでも構わない。今は一刻も早く、何かしらの情報が欲しい。

「ここで立ち話もなんですので、移動してからお話ししましょう。」

 甘蜜の件もあり、そうやすやすとついていく決断を、パッと下すほど僕も愚かではなかったが、まあ、この場合ついていく以外の選択肢がないので、警戒しながらついていく。ちらと振り返ると甘蜜もおずおずとついてきていた。

 さっきと同じような面白い廊下を歩いている途中、いくつか質問をしたが、彼は

「向こうに着いたらお話しします」

 の一点張りだった。

 彼が部屋のドアを開けたその先には、異常な光景が広がっていた。

 数十を超えるモニターに、よくわからない心電図のようなものや、一三、五八などと言った数字がびっしりと写っていた。

「これは、我々が研究している対象の方の健康状態です。」

 研究とは?不穏な空気を感じ取りながら問いかけると、

「心当たりは?」

 質問で返された。こいつ科学者っぽいのに質問を質問で返すんだな…

「ありません」

 甘蜜は相変わらず黙っているので、代わりに答えてやった。事前に二重人格うんぬんを知っていたので、白々しい嘘だったが、まあこの場合は必要悪だろう。勧善懲悪かんぜんちょうあくを完全に強いるなんて、人の心がある限り無理だ。

「では、説明させて頂きます。」

 曰く、名前を灯火ともしび ゆがみというらしい。灯火の歪ってことは、カゲロウか?まあ、本名を名乗っている証拠なんてないので、それを鵜呑みにするのも危険だが。僕の考えは、一刻も早くこの嫌な雰囲気の話し合いから棄権したいのだが。それに、この場合は本名だろうが仮名だろうが関係ないと思う。

 彼の話した内容をまとめるとこうだ。

 曰く、ここでは脳や神経に関する研究をしているらしい。

 曰く、僕たちはその実験台として連れてこられたらしい。

 曰く、好意的に協力してくれるなら、身の安全は保証するとのこと。本当か?

 具体的な内容は、脳味噌にチップを埋め込まれ、僕たちは一挙一動観察されるらしい。いや……キョドっちゃうなぁ。そんな経験初めてだからなぁ。基本的に僕はあれだぜ?できた人間じゃないぜ?

 曰く、強制はしないらしい。ここで帰ってもいいが、最初に殴られたように、『過激派』に襲われるかもしれない。今からでも保険に入っておくことをお勧めするとのこと…まあ、さすがに保険の件は冗談だろうが。『過激派』とは何か、の話はここではされなかった。

 曰く、さらに詳しい、具体的なプランニングは協力が決定してから明かされるらしい。

 そこまで聞いた時、おもむろに甘蜜が口を開いた。

「あのぅ……私の脳味噌にチップを埋め込まれるってぇ……具体的にどうなるんですかぁ?……死んだりしませんよねぇ?」

「ああ、甘蜜さんは医者不信でしたね。大丈夫です、安心してください。今まで手術によって死んだ人はいませんよ。お気軽にご決断ください。」

 お気軽に決断ってなんだよ。決めるのか断るのかってのを大仰に、いかにも大きく示してるのが決断なんだから、そこに「お気軽」が入り込む余地なんてねえんだよ。……。こういったやりとりを見る限り、研究者って変人だとかの類の噂は本当らしいな。そして、僕たちの情報を少なからず握っている事も分かった。医者不信、ねぇ……後で詳しく説明してもらいたいな。

 もう一つ気になることがあるが……

「死んだ人がいないのは、『手術によって』だよな。つまり、それって手術では無事でも、その後の生活とかに影響あるんじゃないか?

「安心してください。きちんと、食事毎日三食、寝具や浴場の整備、娯楽環境、医療環境の徹底はしています。」

 ふぅむ……ならいいんだが。

「では、お二人とも私達の実験にご協力いただけるということで宜しいんですね?もうノーは効きませんし、聞きませんよ?」

 そうするしかないだろう。どうせ今の環境に退屈していたところだし。気がかりといえば、強いて言うなら妹の事と洗濯物くらいだ。

「私もいいですよぉ。元々ここの噂は耳に入ってましたし、ここに来てから覚悟は決まってましたぁ。」

「左様でございますか。では、ここのシステムと目的を本格的に喋らせていただきますね。」

「ここでは、先程述べましたよう、モニターの方にチップを埋め込ませていただきます。

そのチップには、いわゆるSDカードのような、脳のキャパシティーを増加させる役割があったり……もっとも、まだ実験段階ですが……性格の上書きをすることができるのです。」

 胡散臭い笑みを満面に貼り付けながら、彼は話していく。

「性格の上書き?」

「ええ。例えば、A君の脳味噌からデータを移し取り、そのチップをB君の脳味噌に埋め込むと、性格が上書きされ、B君はA君の性格や考え方を受け継ぐことになります。また、そこまで完全に上書きせず、AとBを混合させたABの性格を模倣することも可能です。理論上では。」

 なるほど……つまり、甘蜜の性格を僕に上書きすれば、僕も今の甘蜜みたいにぼーっとした人間になるのか……凄いな、今の科学って。誰が言ったか、高度に発展した科学は魔法と区別がつかない、だな。だが、

「理論上では?つまり、今はその、脳の容量を増やすのと同様に、不完全だってことか?」

「はい、その通りです。そもそも、完全なら実験なんてもう終わってます。世に知れ渡っているはずです。我々は、健常者をサンプルとしていました……しかし、それはことごとく失敗しました。ではどうすればよいか。それででた結論が」

「俺たち多重人格、って事か。」

「そうです。多重人格、つまり、あなたたちのように、過去に心に傷を負ったりして、その苦痛を引き受けさせるための人格を作り出した方々は、身も心もある程度耐性があるでしょうから。」

 詳しくは、俺は別に心の傷を負っているわけではなく、純粋な二重人格や多重人格とは言えないのだが……それもあえてとぼけているだけか?……だめだ、どうも疑心暗鬼に陥っている。落ち着いて対談しなければ。

「耐性?」

「ええ。人格や性格、考え方が切り替わる耐性ですね。」

 なるほどねぇ……じゃあ、健常者の場合は性格が変わるのに慣れていなかったわけね。おっけ、理解した。

「そういえばぁ……私たちはぁ、いつくらいに帰ることがぁ、できるんですかぁ?」

そこで、甘蜜がもっともな質問、そもそもこいつが出てきた時に真っ先に抱いてもいい質問を投げかけた。

「私達の研究が大成すれば、耐性のあるあなた方も解放させていただくつもりです。今のところ、どのくらいかかるかは予想できません。まあ、ここもそのうち慣れるでしょう。どうせ帰っても、虐げられる、地獄のような生活を送るだけですよ?」

と、うまく丸め込むような言い方で彼は言った。甘蜜の様子を見る限り、完全に納得したわけではないのだろうが(およそ非人道的だ。)、帰る選択肢なんてもとより存在していないので、あっさりと引き下がった。

「では、今日はもうおやすみなさい。これからは甘蜜さんと共に日常生活を送っていって頂きます。ここでは二人人組ふたりひとくみ…もとい、二人一組で観察させて頂きます。それが方針ですので。疑問点や不明な点があれば、明日お伺いします。それとも、今聞きたいことがありますか?」

 ん?もう終わりか?寝る前に考えを整理しておけと言うわけか。ひとまずはこの甘蜜との共同生活も受け入れよう。甘蜜の意見を聞こうにも、にこっとした笑みを返されるだけで、生産性のある話をできそうもなかった。だが、どうしても聞きたいことが

「一つある。」

「おや、なんでしょう?」

 

「お風呂はどこだ?」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

チップ・イン・ブレイン daren-conbrio @daren-8284

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ