第14話 三四が無くて五に修行

 手鏡ミラをいじめたら「彼女とはカップル」と噂される浜矢レイミが文句を言ってくることは想定していた幸田先生こと幸田イチロウ56歳です。僕は音大生当時気が小さく彼女のお母さんに告白出来なかった。


 でね、作曲科って卒業しても就職口が無いんですよ。地方のキャバレーを回りバンドでピアノやサックスを演奏していた。ジャズもやったし歌謡曲もやった。男としても鍛えられ童貞も捨てた。結局大学院に進みましたが当時の経験は修行ですね。一に勉強二に修行三四が無くで五に営業が僕の座右の銘。


 浜矢レイミは「卒業後の進路のことでご相談したいことが」と教員として断れない相談事を僕に持ち掛けてきた。本当の要件はアレでしょとは大人として言わず、なら私の自宅で伺いましょうと招いた日曜日の午後。


「つまらないものですが」

 バイオリンケース持参の彼女に応接間で差し出された包みを開ければ、こ、これは男性用薬品マイカマクラ三十六錠入り大箱。彼女はお母さん似の色白しっとり美少女系。いきなり攻めて来たなと思ったがこれだけで胸が高鳴った。


「浜矢くんは、こういうお薬を誰かに飲ませてるのかね」

 男性経験ありのビアンなんて珍しくもないが一応質問。

「幸田先生に飲んで頂いたらそれが初めてになります。お嫌いですか」

「一日二錠くらいは飲むかな」

「なら今お飲みになって下さい」


 そんなことを言われたら飲むしかない。紅茶で二錠飲み下した。


「効果が出てくるのは三十分くらい経ってからだね。その前に進路相談を」

「出来れば大きな鏡があるところでお話をしたいのですが」

「なら地下のスタジオで話を。グランドピアノがある」 


 彼女と地下室二人きり、尻むっちりに妄想し、ムスコすっかり固くなり。いかんこのままではシンプルに押し倒してしまう。


「国際コンクール一位を獲ったこの腕前をお聴きください」

 清楚なワンピース姿でバイオリンを無心に奏でる浜矢レイミ。ピアノで伴奏。艶やかな音色にねじ込むこのリフレイン受けてみよ。彼女が来る前に既にマイカマクラを二錠飲んでいた。その上二錠つまり合計四錠。一日に飲む分量ではないが地方巡業で鍛えたこの強心臓で耐えてやる。


 結果的にセッションになったが浜矢レイミのバイオリン演奏と集中力はなかなかのもの。

「さすが国際コンクール一位だけのことはある。どう転んでも将来に不安はない」

 私は椅子から立ち上がり、彼女の立っている場所に歩み寄った。ふんどしからはみ出す我が松茸、土瓶蒸しに出し入れしたら汁がたれそう。


「プロ演奏家になりたいのですが、プロダクションに属するとなると色々不安で」

 あれ、松茸に動じた様子が無いな。気付いてない訳無いんだが。

「プロになったら芸能人だからね。芸能人がやるのは芸能だから同じクラシックをやるにしても違いはある」

「色んな男性の視線に晒されるわけですよね?」

「浜矢くん、バイオリンを下げて私をよく見て。こんなものも君を見上げているんだよ」

 我が松茸をメトロノームのように左右にリズミカルに振ってみる。


「男はね、これで女を見ていると思いなさい」

 マイカマクラ四錠は頭にも響く。こめかみズキズキ肥後随喜自分でも何を言ってるのか分からなくなってきた。


「これに目があるということですか」

 こら無造作に顔を近づけてはダメだろう。毛先が先っぽをかすめたじゃないか。

「あたしの兄もこれであたしを見ていたのかしら」

「お兄さんがいるのかね」

「必死に隠してました。無言で。最後は出しましたけど」


「妹さんに出すとはよろしくない。君には手鏡ミラという彼女がいるのになんてことを」

「ミラちゃんは先生の見せつけを嫌がってました。今もこんなに固くして」

 握りしめながら怒るとは高度なテク。お仕置きをされているみたいで興奮してしまう。


「社会人同士ならセクハラだ。だが社会人に芸能は出来ない。一に勉強二に修行三四が無くて五に営業無二七不思議生八つ橋九回裏にやっと昇天だよ君」


 ここで出しては末代までの恥。妻には離婚され娘の養育権も取られたけどな。苦し紛れの座右の銘それに続いて出た魂の言葉。


「一に勉強二に修行三四が無くて五に営業無二七不思議生八つ橋……」

 我が松茸から手を離した浜矢レイミが復唱。彼女真面目に意味を深読み。


「九回裏にやっと昇天。納得したらパンツを置いて今日は帰りなさい」

 これで九百九十九枚目。あと一枚の千日行ならぬ千枚行を達成したら元妻に頭を下げてよりを戻してもらうんだ。


「レイミ様、助けに参りました」

 鏡から抜け出てきた青年。顔をバンダナで隠し腕組み。どちら様?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る