第5話 鏡の国の王女様

「イチヤさん危ないと思って助けに来ました。レイミ先輩ヤバいですよ」

 気が付けば僕は宮殿の広間のような部屋で何故かミニスカポリス姿の手鏡ミラと二人きり。身長差があるので見下ろす。すると上向きな胸に目が行く。だがそんなのんびりもしていられない。

「ここはどこなの?」


「鏡の国カガミスタンの城です。これでもあたし王女様なんですよ」

 む。脳内女の子ワールドに招待されたってことか。いやそんな筈がない。

「国っていうと国民がいるの?」

「彼氏作らない同盟メンバーなら誰でも国民になれます。あたしは王女として国民に目を配ってますが」


「もしかして妹の部屋見てたの?どこから?」

「これ見てください」 

 ミラちゃんはピンクのコンパクトミラーを取り出し僕に見せた。お、妹の部屋だ。この角度から判断するに姿見から見てることに。ベッドの上で毛布被って普通に寝てるな。


「これって鏡ならどれでも覗けるわけ?まずいよ」

「あ、イチヤさん声大きい」

 レイミはガバッと起き上がりこちらを見た。だがしばらく左右を見回してまた寝てしまった。


 コンパクトミラーを閉じてから彼女は言った。

「これ、国民には声が届いちゃうんで」

「僕もミラちゃんの声を聞いたような気がしたけど」

「サイン貰ったからVIPとして国民登録しちゃいました」

 なにか強引な気もしたが、テヘペロが不慣れで可愛いので許すことにした。


「妹と同じ音大?」

「はい、あたしはフルートを吹きます」

 中空から何か取り出すミラちゃん。お、長さから判断してアルトフルート。

「イチヤさんが好きそうなクラシックを吹いてみますね」

 アルトフルートを横に構え指を動かすミラちゃん。


 あ、このリフは。今は一人亡くなって二人組だけど九十年代を代表するHiphopユニット、スリープレスボーイズのあれだ。クラシックっていうからモーツァルトかなと思えばそっちか。


「ミラちゃんかなりセンスいいね。なんでそんな古いの知ってるの」

「パパがこういうの好きでCD一杯持ってるから」

 親子二代目なんだ。そういうことかなるほど。

「彼氏やお兄さんの影響なのかなと思ってた」


 アルトフルートを抱えて僕の横に座り込んだミラちゃんは自分語りを始めた。

「一人っ子だし、彼氏作れない環境なんです。あたし中学生までは電車通学だったんですけど、痴漢によく狙われてて、パパに相談したら車の送り迎えがついたけど代わりに出会いのチャンスも無くなって。息苦しい、どこかに行きたいと思っていたらいつのまにか鏡の国カガミスタンの王女様になりました」


 このコが中学生時代痴漢被害に遭っていたと聞くと胸が痛む。今でも小柄で大人しそうなお嬢様だから当時はもっと小柄だったんだろう。だが話の飛躍がすさまじい。

「王女様ということは王様がいるわけだよね」


「パパがタイクーン・キョウスケと痛い名前で王位に就いてますがあたしが出禁に」

 それが痛い名前としたら色んな先輩達も「痛い」となってしまうけど言えないな。ところでスマホを持ってきてしまったわけだが、表示は圏外。


「カガミスタンでは携帯電話などは使えないんです」

「妹のレイミもここに出入りしてるんだ」

「今のところあたしとレイミ先輩が出入り出来て、それにイチヤさんが加わって」

「質問ばかりで悪いんだけど、妹はなんでここに出入り出来るの?僕は引っ張り込まれたけど」


「それは、このコンパクトミラーは実は先輩からのプレゼントなんですが」

 いそいそとピンクのコンパクトミラーを取り出すミラちゃん。

「正確に言うとコンパクトミラーを交換したんです。絆として。つまりカラオケボックスに連れて行って貰った時、酔った勢いでキスしちゃって」


「彼氏作らない同盟って、そういう繋がりなの?」

「先輩、イチヤさん大好き過ぎ。不健全だから王女として矯正します。つまり、あたしとキスするとイチヤさんもここに出入り出来るようになります」

「ミラちゃんと僕がカップルになれば妹も変わるだろうってことか。それちょっと強引じゃ」


 ミラちゃんに抱きつかれ唇を重ねた。僕は緊張して固まってしまった。

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