第2話 令嬢ファン登場
「MCイチヤさん、サインして下さい」
はにかみつつ少女は色紙を僕に向かって差し出した。黒髪の女の子ファンが僕にもいたのか。
「うん、何か書くもの持ってくるからちょっと待ってて」
「これでよければ」
少女が顔を赤らめながら万年筆を差し出した。凝ったデザインだな。お父さんのを借りて来たのかなと思いつつサイン。
「お名前、なんでしたっけ」
「手鏡ミラ、です」
「てかがみ。というと」
「この手鏡です」
少女がハンドバッグから取り出したのは裏に猫のイラストが入ったピンクのコンパクトミラー。十代の女の子がいかにも好きそうなデザイン。あ、その手鏡か。
色紙に「手鏡ミラさんへ」とサインの下に書き添える。実はこんな正式な色紙にサインしたことが無かったので緊張した。
「更にお願いがあるんですけど、あたし親の方針でコンサート行けないんですよ。なのでちょっとだけ」
手鏡ミラは小さな左右の手のひらを合わせ、僕を拝んだ。コンサート行けないのか。うん、僕も親なら行かせないかも。
「今日の密売Lサイズ、深夜アイスを食べ放題、明日は恋する特売日、おてて繋いで逝くスタシー、クサを食ったらイケない先生、ニュースサイトで有名人」
「わあ、本物だ」
少女は目を輝かせて聴いてくれた。歌詞というかlyricの意味は知らないのだろう。妹も断言するが全く理解してない。だが両親は恥ずかしそうな面持ち。
レイミが受賞記念のバイオリンの腕前を披露。む、この家のインテリアにぴったりな気品溢れる音色。兄の目から見ても絵に描いたような色白お嬢様。僕はこの家から浮いた存在だと思い知らされる。いつの間にか隣に座っていた手鏡ミラも感心したような面持ちで妹の演奏を聴いている。
「先輩、お兄さんとコラボしないんですか?」
「そうね、あたしはいいんだけど」
演奏終了後、手鏡ミラがレイミに質問。答えを濁す妹。実はHipHopにバイオリンソロを入れるというのはアリなのだが、妹を僕のファンの前に晒すことを想像すると恐ろしい。あまり大きな声で言えないが強面の男女が多いから。妹も一度ライブを観に来てくれたことがあった。感想は悪気ない「色んな人が世の中にいるのね」だった記憶が。
「今日はご家族の集まりにお邪魔させていただきありがとうございました」
玄関口でぺこりと頭を下げる手鏡ミラ。今度は彼女の胸元から目を逸らした。
「レイミ、彼女一人で帰すの?」
小柄細身の少女が駅までの人気の無い住宅街を歩く様を想像してちょっと心配になったので一応訊いてみた。
「ミラちゃん車呼んであるって」
ああ、配車サービスか。その時は思った。だが見送ろうと表に出てみれば、彼女が乗り込んだのはロールスロイス。
「みなさままたお会いしましょー」
窓の中から手を振る手鏡ミラ。明らかに令嬢専用運転手。
「なんか、すごいな」
「乗せてもらったことあるけど、シートが違うのよ。普通の車と」
ちなみに、浜矢家の庭にはベンツとクライスラーが停まっている。父親の趣味だが家族なら誰でも運転させてもらえる。
「でさ、レイミさん御所望のもの持ってきたんだけど」
家に来る前。一位獲得のプレゼントとして「これ欲しい」とメールで指定されたものが入った包みをそっと妹に渡す。
「ありがと。また後でね」
レイミはドレスの裾を指でつまみあげ足元を気にしながら階段を上っていった
「妹にお祝いの品を持ってくるなんて気が利いてるわね。何あげたの?」
母の詮索。「体重計」と適当に返事。
スマホに着信。取り出してみればレイミから。
「お兄ちゃん、来て」
「うん」
通話を切って階段を上りレイミの部屋のドアをノック。返事は無いが開けて素早く背中越しに閉めた。
「似合う?」
「……うん」
妹が欲しがっていた花魁風味の浴衣はネット通販の画像以上に胸がはだけていて裾が短かった。
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