第6話 部員勧誘をするのでしょうか。
「さぁ今日こそは、今日こそは!ちゃんと部員勧誘をします!」
本日の小宮山さんはやけに張り切っているらしく、一段と捉えにくい。
その証拠にいつもは切りっぱなしの髪を、今は花柄のシュシュで低めに止めている。艶黒い髪に明るい色が映える。刺し色と言うやつなのか、とにかく魅力的だ。それに加えて、滅多に見ることの出来ない小宮山さんのポニーテール姿だ。うむ、眼福眼福。ヒアイズシャングリラ。ディスイズユートピア。アイラブユーロビート。ただし、うなじがちょっと見づらいのはマイナスポイントである。今後の小宮山選手に期待したいところであります。
――気を取り直して。
「部員勧誘といっても何をするの?多分、どんなに手を尽くしても部員は入らないと思うけど……」
「汐崎くんがそんなスタンスじゃあ、入る部員も入らないんだよ」
熱のこもった演説をよそに、ぼくは頬杖を突きながら、むすっと言った。
「そもそもこの一年間、ぼくたち二人しか部員がいなかったし、先輩と呼べる先輩も居なかったのだから、不人気部活であることは間違いないよね。で、そんな不人気部活がいまさらどうこうした所で、無駄なあがきだよ、悪あがき。つまるところ、干上がった水たまりで跳ねるオタマジャクシとなんら変わらないんだ」
「そんなオタマジャクシだって努力をすればちゃんとカエルになれるんです」
「その水たまりに水すら無いのだから、育つことも無いと思うんですけど……」
「ならば、私たちが水となりオタマジャクシとなりカエルとなればいいのです!」
どうやらテンションがおかしい。これも日々の抑圧を発散する手段の一つなのか。ぼくみたいな奴と一年間も部活をやっていれば、こうなってしまうのは仕方が無いのかもしれない。
いや、それにしたっておかしい。
目の色が違う。そして声が大きい。普段のずれ具合とは方向が異なっている。
脳内会議で、ミニ小宮山さん達が音楽性の違いで決裂してしまったのか。それとも小宮山さんの皮を被った、何者かが潜んでいるのか。熱血漢で根性馬鹿な狼が、内側に潜んでいるのかもしれない。
「で、どうやって勧誘するかは決めているの?」
ぼくは被りかけた赤ずきんを急いで振りほどいた。つまり、あくまで冷静に話しを進めることにしたのだ。小宮山さんのペースに流されて、一飲みされたらたまったものじゃない。
もしも何かの間違いで部員が増えてしまいでもしたら、この桃源郷もといエデンの園が崩れてしまうのだ。二人きりの部活という楽園。失楽園……とは違うか。この素晴らしき学生生活を失うのはものすごく惜しい。きっと、軽く人生三回分くらいは後悔するだろう。
ただ、部員が増えることに後ろ向きという訳でもない。むしろ前向きである。なぜなら、ぼくらの部活はちょっとワケありなのだ。部員が居なくなってしまえば、部の存続は出来ないし、現状はちゃんとした活動実態が無いので、いつ取り壊しになってもおかしくない。
楽園の長期存続のため、一応は力を尽くす必要があるのだ。
小宮山さんは、勧誘方法についてのぼくの問いに、待ってました!とばかりに答えた。
「まずはポスターを描くでしょ。あとは他の部活みたいに宣伝かな。放送か呼びかけか」
「でも、新入生勧誘期間は、もう今日から始まっているんだよ?いまさら放送の許可は下りないだろうし、ポスターだって一朝一夕で出来るものじゃないよ」
「それは私が何とかするよ。ポスターのデザインだってもう考えているし、許可なり印刷なりは、私から先生に頼めばきっと何とかしてくれるって、多分」
――この人、自分の強みを分かっている!?
「ま、まぁポスターと呼びかけは、やるとしてもさ、ぼくらの部活には一番大きな問題があると思うんだけど……」
「え、何かあったっけ?」小宮山さんは、首を傾げてあっけらかんと言った。「確かに顧問が滅多に顔を出さないのは問題かもしれないけど」
――っな!まさか分かっていないのか?
「ええと……ぼくら『第二料理研究部』には活動実績も活動実態も無いじゃないか。これでどうやって部活をやっていると言えるんだい?と言うか中身の無い部活に誰が入りたいだろうか?そもそも部活の名前だって変だし」
事実を並べただけなんだけど、小宮山さんには割と堪えたようだ。
小宮山さんは口をあんぐりと開けて、固まってしまっている。もはや銅像だ。
ややあって。
「そ、そんな簡単なこと、どうにかしてみせるよ。私を誰だと思っているの?わが校の優、小宮山梓だよ?物事をでっちあげたり、大人に取り入ったりするなんてことは、朝飯前なんだから!」
胸を張って言っているけれど、語気には張りが無い。
「とりあえずポスター用紙を貰ってくるね。汐崎くんは放送の内容でも考えておいて!」
そう言い残し、小宮山さんは逃げるようにいそいそと教室から出て行ってしまった。
静まり返った第二家庭科室に一人。
埃が落ちる音ですら、聞き取ることが出来そうだ。ぼくはこの『第二料理研究部』に入部することとなった経緯を今一度思い返すことにした。小宮山さんが居ない今の状況は、思い出に浸るには好機なのだ。
まず結論から述べるならば、ぼくはこの部活に自ら進んで入ったわけでは無い。
説得力が無いのは十二分に承知しているけれど、小宮山さん目当てで入部したと思ってもらっては困るのだ。ぼくは夏の雑木林で樹液に集まるカブトムシでも、新作発表で店舗前に群がるスマートフォンユーザーでも、アイドルの追っかけでもないのだ。
むしろ逆だ。まるっきり逆。小宮山さんがぼくを『第二料理研究部』に入部させたのだ、それは半ば強引に。
今のぼくらは中学二年生になったばかり、つまり丁度一年前にぼくらはこの中学校に入学した。押しつぶされかねない程沢山の夢と希望を抱えて、この中学校に入学したぼくは、今とさして変わらず、悩んでいた。それこそ知恵熱で茶を沸かし、そのお茶を親戚一同に振る舞えるほどには。
なにせ、入る部活が決まらなかったのだ。部活選びに失敗した先輩方のお話を嫌というほどに聞いていたのだ。賢者は歴史に学ぶのである。
花の運動部が良いだろうか。
サッカー部やテニス部はもちろんのこと、剣道部や水泳部も捨てがたい。
汗と涙を流し、友情を深め合い、互いに競い合う。実に青春だ。
それとも、優雅な文化部か。
吹奏楽部や合唱部、文芸部。穴場のパソコン部や茶道部。
運動部とはまた違った青春を過ごせるのだろう。
穏やかに見えて、心の内側では情熱に燃えているのだ。
青春とは葛藤するものだ、という言葉をどこかで聞いたことがある。
確かにその通りだ。けれど悩んでいるだけではダメだったのだ。いつかは決断せねばならない。
なぜなら、うちの学校はいずれかの部活に入部することが義務付けられていた。まぁ部活に入る気は満々だったので、この校則はぼくにとって在って無いようなモノだったのだけど。
悩みに悩み、苦しみに苦しみ、もがきにもがき、中一の春だというのに地獄めぐりを終えた気分になった挙句、ぼくは『お料理研究部』に入ることにした。
今思い返して気付いたけれど、これといった理由は無かったように思う。どの部活も魅力的に見えたため、却ってどの部活でも良かったのかもしれない。確か、部活見学の際に振る舞われたレアチーズケーキに心も胃袋も奪われてしまったのだと思う。何とも流されやすい現代の若者らしい決断の仕方だ。自分という芯が無いのだ。
(ちなみに、キャベツは芯を抜いたほうが長持ちするというのは、周知の事実である)
とりあえず『お料理研究部』としての活動は始まった。
一度顔合わせに部室に訪れた時、新入部員はぼくを含めて6人ほど居たように思う。もちろんその中に小宮山さんもいた。入学数日のその時点で小宮山さんは既に有名人であり、自己紹介の時に軽く歓声が起こったのを覚えている。
ちなみに小宮山さんが全校に名を売ることになった出来事は、またいつか語ることにする。あまりに長くなってしまいそうだし、ぼくのエピソードが薄れてしまうのだ。
さてと、ここまではまだ良かった。その後が不運だったのだ。
ぼくは入部早々、季節はずれのインフルエンザにかかってしまったのだ。入学式の日に体調を悪そうにしていた人がいたから、多分そこからだろう。
そのせいで一週間以上も学校に行くことが出来ず、もちろん部活に参加することも出来なかった。この時は物凄く凹んだ。少しでも出っ張った物があれば、叩いて潰してやろうとすら思ったくらいだ。特に入学直後という人間関係の形成が盛んにおこなわれる時期に休んでしまうというのは、非常にまずい事なのである。
何はともあれ、全身全霊を掛けてインフルエンザを治し、意気揚々と学校へ通うことになった。そんなぼくを待っていたのは、非情な現実だった。その後の事は要点だけを述べることにする。正直、詳しくは覚えていないのだ。
まず、ぼくは『お料理研究部』を何者かの手によって退部させられており、代わりに『第二料理研究部』に入部させられていた。
もちろん黒幕は小宮山さんだ。ぼくが学校を休んでいる間、小宮山さんは何を思ったか、先輩達と料理勝負をしたらしい。やはりどこかズレている。
そして、その結果全勝してしまい、ついでに先生にも勝ってしまったらしい。で、これまた何を思ったか、お料理研を辞めて新しく部活を作ったのだ。おおかた、自分より弱い者と共に居ることに意味を持てないとか、お料理研の先輩達に失望したとか、そんなことだろう。こればかりは何度聞いても詳しくは教えてくれないのだけど。
さて、この学校は一人では部活動を結成することができない。
そのため、長期間部活を休んでいたぼくの入部届を、どうやってか盗み出し『第二料理部』を結成したという訳なのだ。彼女曰く無作為に選び出したらしい。
何とも身勝手な話である、下手をすればぼくの人生を左右しかねない。二人だけの部活が許されたモノか、という気もするけれど、小宮山さんの非凡さを見抜いた(むしろ見せつけられた)先生方がお目こぼしをしてくれているらしい。私立ならではの寛大なご判断だ。生徒の自主性を重んじているという事だろう。
貰い事故のような形で舞い込んだ今の状況。
悪くはない、決して悪い状況ではない。
今となっては、むしろ小宮山さんに感謝しているくらいだ。
素晴らしい日々を与えてくれたのだから。
聞き慣れた軽やかな足音が、この第二家庭科室に近づいてきている。
そろそろ思い出に浸るのは切り上げるべきだろう。
少しすると、慌ただしく教室のドアが開き、さも自信ありげな表情の小宮山さんが顔を出した。手には数枚の大きな紙と黒いマジックペンが握られている。
そして開口ひとこと。
「『料簡と理の研究部』略して料理研究部!どう思う?」
「ど、どうってどういう事?」
「そりゃあ、あれだよ」
小宮山さんは、殺人事件の推理を鼻高々に発表する探偵のような佇まいで、ぼくの方に近づいて来た。いまにもパイプを持ちだしそうな勢いだ。
「この部活の正式名称だよ。いつまでも『第二料理研究部』じゃ示しがつかないでしょ?」
「どこに示しをつける気だよ……学校の危険分子として先生方にはマークされているだろうけど」
いつもの如く、都合の悪いことは耳に入らないらしく、ぼくの発言はスルーされる。
「『料簡と理』ってのが実に私達らしいと思わない?」
「え?ぼくらはただ本を読んだり、しゃべったりしているだけだと思うけど」
「それこそ世の中の真理を探究する我々の正しい姿なんだよ。まさに哲学対話」
――なんかちょっと違う気がする。
「まぁ部活の名前が定まったことで、活動内容にも大義名分が出来たかな。これでやっと大手を振って勧誘が出来そうだね」
小宮山さんは椅子に腰を下ろすと、早速ポスターの下書きを始めた。
「これで文句を言う人は居ないよね」
「多少こじつけクサいのは勘弁して欲しいけども」
「細かい事は気にしちゃだめだよ。そもそも、この部の存在自体がイレギュラーなんだから」
「自覚していたなら、もう少し早く手を打って欲しかったよ……そもそも、知らないうちに訳も分からない部活に入れられていたぼくの気持ちにもなってよね」
少し不貞腐れた感じで言うと、小宮山さんはカラカラト笑った。
そして、
「じゃあ、この部活辞めるの?」
と言い、不意に挑戦的な眼差しをぼくの方に向けて来た。
ぼくがどう答えるかなんて、お見通しなんだ。ずるいよ。
「辞めないよ。第一、部員一人じゃ部活として成り立たないからね。むしろぼくが辞めたら困るのは小宮山さんだよ」
「ふーん、結構言うようになったじゃん」
「伊達に一年間も、じゃじゃ馬娘とおしゃべりしていたつもりは無いからね」
「今だけはその悪口に目を瞑ってあげるよ。これからしっかりと働いてもらうから」
――おい、何をやらせるつもりなんだ。
「おしゃべりはこのくらいにして。さぁ作業だよ」
小宮山さんは黒いマジックペンを持って、ケント紙に何かを描き始めてしまった。部員勧誘のポスターを書き始めるらしい。小宮山さんのデザインを見様見真似で、ぼくも描くことにした。
第二家庭科室は再び閑かさを取り戻した。ペンが紙面を滑る微かな音とぼくら二人の呼吸の音だけがする。他の部活は、まだ呼びかけも活動も始めていないらしく、声は聞こえてこない。至って穏やかだ。
「ところで小宮山さん、なんで今日になって勧誘の事を言い始めたの?もっと前から準備していれば良かったのに」
不意に訊いてしまった。深い理由は無かった。
「そ、それは、色々忙しかったんだって」
「じゃあ、忘れてたわけじゃないんだね?」
「わ、私が忘れると思う?」
小宮山さんの目が露骨に大きくなる。明らかに動揺している。
「別に疑っているわけじゃないよ」
「何よその目は!と言うか、汐崎くんだって部員勧誘のことなんて何にも言ってなかったじゃん」
「ぼくは知っていたけど、勧誘する必要を感じなかったんだよ。入りたい人は色々調べてやってくるはずだし。どうせ誰も入らないと思っているけれど」
「もう最低」
「さ、最低?」
「ごめん、失望」
「『失望』を合言葉みたいにしなくても……」
再び大きな紙を覗き込んで作業を始めた小宮山さんの横顔は、ごく純粋で楽しそうに見えた。今だけはその横顔を眺めていても怒られないだろうか。
ぼくらの部活がどうなっていくのかは、誰にも分からない。これまでの一年間で、この部活が無くなっていないということはつまり、多少なりとも小宮山さんのお眼鏡に適う活動を出来たのだろう。
ただ、もしも『お料理研究部』のように小宮山さんを『失望』させてしまったら、この部活も無くなってしまう。それだけは嫌だ。もっとも先生方の機嫌を損ねてもダメだ。
ぼくは残りの二年間もこの『料簡と理の研究部』で居続ける努力をしなければならないのだ。
されば、ぼくはそのための努力を惜しまない。
この愉快な生活を失わないために、偶然とはいえ彼女がぼくを選んでくれたのだから。
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