第7話 硝子のように透き通る小川

 


 その日の晩、祖父母の家に無理矢理帰らせられた僕と頼雄は玄関口で高熱を出して倒れた。


 祖母が看病し、三日三晩うなされていたと後から聞いた。うなされている間、様々な情景が脳裏に過り、夢と現実の区別が付かなくなった。


 祖父の怒鳴り声に混じって、パトカーのサイレンが聞こえた。莉亜の自宅の前に大勢の人だかりができ、離れたところからその光景を見つめていた瀬世良さんが「今までありがとうね」と一言だけ告げて、霧煙きりけむる山林の中へと静かに去っていった。目を覚ました僕達は大粒の涙を流して嗚咽おえつした。


 数日後、体調が回復した僕達はアルバイトを再開し、三滝堂の川辺を見渡しながら歩いてみたが、紅色の魚を見つけることが出来ず、夏休み終了間近になると僕達は集落を離れることになった。


 祖父母に別れを告げ、原付に跨ると隣にいた頼雄が三滝堂の方角を見つめていた。頼雄の寂しげな横顔が今も忘れられずにいる。



          〇



 あの出来事から三年経つ。


 僕と頼雄は専門学校を卒業して、互いに離れた場所で仕事をしている。社会人になっても交流を続けていて、休日が合えば一緒に遠出することがある。


 僕は祖父の言いつけを守り続け、相変わらず夏になると祖父母の住む集落に訪れるが、頼雄がこの地に足を踏み入れることは二度となかった。


 今もなお、祖父は身の上話を語って聞かせるが、僕は真剣になって耳を傾けるようになった。祖父の語る言葉一つ一つに「失われた人々と共に過ごした記憶は決して絶やしてはならない」という強い意志を感じるようになったからだ。


 そして今年に入ってから小川を泳ぐ紅色の魚の目撃情報が相次いでいると耳にした。


 僕は半信半疑だったが、瀬世良さんが生きているのではないかという淡い期待を込めて三滝堂に向かう。


 川遊びをする子供達の黄色い声が響く中、木造橋のたもとから小川を見つめていた僕は目を見開いた。遊泳客の足の間を縫うように泳ぐ一匹の紅色の魚を目撃したからだ。驚き戸惑っていると川辺にいた子供がその魚に目掛けて石を投げた。川面が飛沫を上げ、波紋が幾重いくえにも重なって魚の姿をかき消してしまった。


 あれは……僕がかつて見た紅色の魚だったのだろうか。ふと思い浮かべたのは莉亜の顔だ。


 後に祖母から聞いた話であるが莉亜が小学生の頃にいじめを受けるようになった原因は魚に虐待する姿を同級生に目撃されたかららしい。


 莉亜は、今もこの集落に住んでいて金魚の放流を続けているのだろうか。硝子のように透き通る小川を見て、浅く息を吐いた。


 見失った紅色の魚が瀬世良さんなのか、莉亜が小川に流した金魚なのか、僕は知る由もなかった。



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せせらぎの紅 江ノ橋あかり @enohashi2260

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