第5話 僕と逆さの金魚

 その日の晩、僕は莉亜に再会した影響なのか幼い頃の夢を見た。懐かしい光景だ。


 集落から少しばかり離れた所に市街地があって、その地域をつらぬ北上川きたかみがわのほとりで夏祭りが開催された。祖父母の家に訪れた僕は両親に手を引かれて会場に向かう。夜空には鮮やかな大輪の火花が咲き乱れ、立ち並ぶ露店にはたくさんの人々が行き交っていた。


 喧騒けんそうの中、屋台のおじさんに手招きされた。それは金魚掬いの屋台で小さなプールに金魚の群れがゆらゆらと泳いでいた。母から貰った五百円玉を握りしめ、金魚掬いを二回挑戦したが、ポイの和紙が簡単に破れてしまい捕まえることが出来なかった。悔しくて母のシャツの裾を掴んで地団駄じだんだを踏んでいると屋台のおじさんがケラケラと笑った。


「坊主、参加賞だ。一匹あげよう。大切に育てるんだぞ」


 そう言って、おじさんは金魚が入った小さなビニール袋を手渡してくれた。


 花火の打ち上げが終わって祖父母の家に帰る途中、ビニール袋の中の金魚が力尽きて、逆さまになって浮いていることに気付く。


「お母さん、金魚死んじゃった……」

「しょうがないね。家に着いたら土に埋めてお墓作ってあげなさいよ」

「うん」


 祖父母の家に到着してから僕は何を思ったのか両親に内緒で一人、三滝堂に向かった。

 お墓を作るのが面倒だったから、ガンジス川で水葬をする人々の様子をテレビで見たからなのか記憶が曖昧だ。


 街路灯の薄明かりに照らされた夜の三滝堂は人気がなく、川のせせらぎと夏虫の鳴き声が辺り一帯に鳴り渡っていた。僕はビニール袋を縛っていたひもを解くと小川に金魚を流した。


「ごめんね」


 金魚は木の葉のように緩やかに流れていって、それを見た僕は可笑しくてクスリと微笑んだ。子供心、残酷という気持ちには至らなかった。


 ふと背後に視線を感じて振り返った。僕から離れた所に小川を跨ぐように掛けられた木造橋があって、その橋のたもとに一人の男の子がジッとこちらを見つめていることに気付く。流されていく金魚を見つめる男の子の大きく見開いた瞳は好奇で満ち溢れていた。


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