第943話「地下9層の探索・スワンプタートルとハイエナ冒険者」


 王都のギルドは自分の力量に合わない場所でのレベリングは推奨していなかったが、帝都のギルドでは暗黙の了解なのかもしれない……



 この世界の常識を知らない僕には、所変われば品変わる……その判断が難しい。



 しかし冒険者としてレベルが上がっている事で、いざという時に助けられる命もあるのは間違いでは無い。



 此処でのパワーレベリングはゲームなどではなく、実際の命が秤にかけられているのだ。


 連れて行く方も連れて行かれる方も、その責任を他人に預けなどはしない。



 そんな事を考えつつ僕は転送陣で5階へ降りる……僕が行ける場所は5階転送陣か15階転送陣しか無いのでドドムを探して降りる以上、5階から地下へ降りた方が手間がかからない。



 僕は5層転送陣のある部屋から、一直線に下層階段を目指す……



 通路に冒険者は居ないが、細い通路の先にある開けた部屋付近から、武器がぶつかり合う金属音がする……



「くそ………コボルド・スカベンジャーにコボルド……後ろにはコボルド・ウォーリアーが3匹も控えてるぞ!!ザッファー」



「見りゃあわかるテジン……ティーナ!メルムに傷薬を………その後一旦引くぞ!」



「ザッファー彼奴らはレベル7程度だぞ?俺達の平均レベルは11だ。メルムが回復すれば勝てる相手だ!」



「テジンにザッファー。その傷薬がもう無いの!私達はいいから貴方だけでも逃げて………」



「薬が無い!?ってティーナ……お前……その背中の傷………何故隠してた!?酷い出血じゃないか!!」



 僕が部屋の入り口に到着した時には女性は背中に刀傷を受けていて、その手の中にいる女性は、数本矢が刺さり瀕死の状態だった。


 相手は確かにレベル7程のコボルトの群れだが、後ろに控えているコボルド・ウォーリアーは弓を巧みに使って此方のパーティーを分断していた様だ。



 そのせいで立ち回りが上手く行かず、肉壁のコボルド・スカベンジャーからまさかの手痛い反撃を受けた……という状態だろう。



 ザッファーという冒険者が『テジン此処は俺が攻撃を抑えておく……。だからお前は二人を連れて背後のセーフティエリアに逃げ込め!』と言って盾を構えて突っ込もうとする。



 テジンという戦士はあたふたするばかりで、見ているこっちが心配になる有様だ。



 僕はマジッククロークからポーションと傷薬を取り出すして、瞬歩を使い女性二人の元に向かう……



『バシャバシャ』



「ひぃ!?ち……ちべたい………」



「背中の傷はこれで平気ですよ。あとは、この傷薬をその子に……」



 そう言って+2傷薬を押し付ける……



「き……傷薬!?………ありがとう………あ……あれ?あの人は何処に?」



 僕は傷薬を渡した後、瞬歩を連発してザッファーを抜き去る。



「すいません勝手に参戦しますね?今すぐこの部屋の下層階段を使いたいので……申し訳ない」



 そう言いながらも僕は目の前のコボルドを袈裟斬りにする。



「スカベンジャーの方は宜しくお願いします。奥の3匹は僕が引き受けます」



「え!?……コボルドを一太刀で!?」



 そう言ったザッファーはギョッとした目で僕を見ているが、構わずにコボルド・ウォーリアーに斬りかかる。



「グルルル……ギャワ!ガルゥ……」



「ガルルル……ウォーン!ガルルル……」



 コボルド・ウォーリアーは見るからに人の形をした犬だ……


 あからさまに犬と違う部分は、体躯だけではない。


 全く人間に懐かなそうな様子は、その存在を一段と酷い方向へおしやっている。



 多分人間を餌程度にしか思っていないのだろう……口から涎を垂らしているので、ほぼ間違いない筈だ。



『瞬歩!』



 瞬歩を使い地面を強く蹴る……そして勢いよくコボルド・ウォーリアーの懐に潜り込むと、穴の開いているスタテッド・レザーアーマーに剣を刺す。



「ギャワン!?……グギュ……ギャワ!」



 斜めに刺したその先は当然心臓だ。


 コボルドは心臓を刺されて死なない生き物ではない……短い悲鳴をあげ痙攣して息耐える。



 他の二匹は弓を剣に持ち替えて、僕へ目掛けて振る。



 しかし僕にのしかかる様に倒れてきたコボルドの体躯が、盾の役割を果たしてしまう。



 深々と叩きつけたコボルドの武器は手入れなどしていない。


 相手はスタテッド・レザーアーマーを身につけているのだ、刃こぼれした武器では寸断することなど出来ない。



「此処で足止めされている場合じゃないんだ……悪いけど容赦はしない!……ウォーリアー・アロー!!」



 僕はそう言って片手を突き出し、コボルド・ウォーリアーの顔面目掛けて水魔法を射撃した。


 ウォーリアー・バレットの場合、近距離で爆散すると僕も被害を受けるのだ……



 咄嗟にウォーター・アローを選択したのはそれが理由だ。



 僕はコボルド・ウォーリアーに刺さった剣を手放し、横に転がりながら残る一匹の胴体にウォーター・アローを3本撃ち込む。



「グギャオ………ギャワン!!」



 放たれた魔法の矢の勢いで背後に吹っ飛ぶコボルド・ウォーリアー……



「も……もう終わった………一人で三匹を?」



 ザッファーの声で振り返ると、コボルド・スカベンジャー相手に四人で囲みフルボッコにしている様が見てとれた。



「あの……四人で叩かず役職ごとに分担をちゃんとした方がいいですよ?」



 僕はそう言ってから、コボルド・ウォーリアーに突き刺したままの剣を回収し……そして階段へ向かう。



「あ………ちょっと何処へ?待ってください!頂いた傷薬の代金………」



「自家製なのでいいですよ!薬草と瓶代金くらいしかかかってませんから。今度はちゃんと多めに準備してから降りた方がいいですよ?では!」



 僕は会話を極力控えて、下層階段を降りて行く……人相など覚えられたら面倒だ。



 後ろでは『この討伐素材はどうするんだ……おい!ちょっと……おーい!』と声がするが、コボルドの素材よりドドムの行き先の方が重要だ。



 ◆◇



 5階層で瀕死の冒険者と遭遇したが、その後は地下9層迄はさほど問題も無く降りる事ができた。



 9層での問題それはスワンプ・タートルだ……


 巨大な亀の魔物で、ひどく獰猛カミツキガメを3メートルサイズにした化け物だ。



 ダンジョンの作りは石畳で、横幅が5メートル程度……その通路ほぼいっぱいになるサイズだ。



 ピッタリサイズではないのは、このスワンプ・タートルが方向転換をする為にそのサイズにしたとしか思えない。



 横をすり抜けるには噛みつき攻撃が危険だ。


 攻撃を食らわない為には、遠距離から爆散させるしかないのだ………



『水槍撃!!』



「ギシャー!!」



「あの………本当に素材は拾わないんですか?」



「すいません……僕先を急いでるんで……。倒した素材は好きに回収してください……」



「でもさっきから華だけを集めてますよね?それは……高価な物なんですか?」



「ああ……この草は製薬素材なんです。スワンプ・タートルから採れる特殊素材で……」



 僕がそう説明すると、それを聞いたリーダーらしき冒険者が『お前ら華以外は持ち帰り自由だ!いいか華は最優先に回収してあの人に渡せ』と言う。



 しかし彼がそう説明する意味は無い……


 何故なら鑑定を使い僕が最優先で回収しているのだから、あの万能薬素材が背後に残っているはずが無い……



 当然その指示の所為で、後ろでは『スワンプ・タートルの華素材』について議論が行われている。


 前に回収した事がある冒険者は、その様を自慢げに話す。



 その言葉に聞き耳を立てていたら、思わぬ情報を得る事ができた……


 有力な情報は『スワンプ・タートルの甲羅を破壊する魔法を見た事がない……』と言う内容だった。

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