第907話「親が子を裁く日」


「まぁ……今は夕飯を食べながら、お主の願いに沿える方法を模索しようではないか……」



 そう言ったドネガン公爵の言葉を機敏に察した、店舗支配人は『メイン料理の説明は後程致しますので、ごゆるりと……』と言ってそそくさ退出する。



 それを見た僕はつい……『蟄居の刑罰では………』と言う。



「蟄居の刑罰とな?……ふむ………確かにトゴルーマには息子がいる。家名断絶じゃないので問題はないな……。それに他の貴族への見せしめの罰にはもってこいだ……」



「蟄居!?トゴルーマが蟄居ですか?くっくっく……ヒロ!!お前をここに呼んだ甲斐があった。あのタカリー家夫妻が蟄居して、側室が街を収めれば……あの貴族による街の脅威は暫くは薄れる!!」



 マガワーマは本当に意味を理解しているのか甚だ疑問だ……勿論、僕にも同じ事が言えるが……


 ドネガン公爵は相当な切れ者だ……何かその先を考えている可能性は往々にある。



 そして、刑罰にしてみても問題がある。


 スカリーに対してやった事の重みを考えれば、起こした罪にしての刑罰が軽すぎる。



 しかし関係者の鬼蜘蛛一家は濡れ衣を着せられて、既にタカリー家によって実行犯にされた。


 そして本当の実行犯の馬鹿息子は、父親に幽閉されその一生が終わる。



 片や公開処刑で、片や存在も知られず命を終える……


 事の詳細を知れば、モルダーとスカリーの溜飲は少しは下がるかも知れない。



 だが家名断絶では無い以上、タカリー家は存続する。


 全く知らない、側室と見た事のない跡取りによって……



 ドネガン公爵は、トゴルーマ蟄居からの新当主確立の流れに可能性を見出した様だ。


 メイン料理前のサラダを美味しそうに頬張っている。



 ドネガン公爵は『もぐもぐ』と口を動かした後、なにかを思い出した表情をして僕に話しかけてきた。



「そう言えばヒロよ。タカリー家の愚息ブーンとボーンの件だが、帝国領北部コールドデイルのロナ・ウルグスに幽閉されたぞ」



「コールドデイルのロナ・ウルグスですと?何と………何もそこまで………もはや生きては出れまい……」



「うむ……当然そのつもりなのだろう。拷問は視野に入れてない様子ではあるが、あの塔に入ったら出られまい」



 僕が質問するよりも早く、マガワーマが過剰反応を示す……


 その様から予想すると、余程な場所なのだろうか?



「その場所の知識はないのですが……そんな凄い場所なのですか?」



「ロナ・ウルグスを知らんのか?あそこは過酷な土地だ。コールドデイルと言う氷雪地帯で、満足に草も生えん。そしてロナ・ウルグスの塔は別名『狂気の塔』とも呼ばれる場所だ」



 マガワーマのセリフを聞いたラムセスは、僕が小国軍国家の出と嘯いた事を思い出したのか、その過酷な場所を事細かく説明してくれた。



 彼の記憶は実際に経験したものに基づいていた。


 冒険者時代に依頼を受けて、その場所に行った事があるそうだ。



 コールドデイルは帝都北部にある氷雪地帯で、1年を通じて雪深いと言う。


 夏の期間はたった1週間で、吹雪がおさまり氷系魔物が活動を完全停止する事から『夏』と区別されているらしい。



 元々その土地にあるロナ・ウルグスは、帝都北部に棲む魔物と戦うための塔であった。



 ドネガン公爵の話では、塔が造られた時期は大地が剥き出しになっていたと記録があるそうだ。


 しかし氷雪地帯が北部から拡大した結果、塔周囲の落差は全て雪や氷で閉ざされた。



 環境悪化が拡大した理由は簡単で、雪系魔物や自然環境による物だという……



 その結果、塔より北部を巨大なクレバスやヒドゥンクレバスで囲まれる結果となり、自然の罠が形成され難攻不落とも言われる事になる。



 当然その塔内部には、犯罪奴隷を閉じ込め有事の際には彼等に戦わせていたそうだ。



 ちなみに、10年間氷雪地帯で戦い続けそれでも生き残れた犯罪者は、帝国の恩赦を受けられる。


 そうなった場合、犯罪者はロナ・ウルグスの常備兵に起用される。



 そして更に兵役20年を過ごした後、帝国内の別戦場へ移動する事を許可されるとの事だ。



 聞いた限りでは、その氷雪地帯から出られることは無いだろう……そして別戦場で死ぬ事は間違い無い。



 ちなみに近年は、知恵の高いアイストロル達がその周囲の魔物を捕食する様になり、氷雪地帯の北側に彼等の縄張りを確立した。


 その結果ロナ・ウルグスの役目は、防衛の塔から監獄へと姿を完全に変えたそうだ。



「さすが騎士団だな詳しいもんだ。……どうだ?なかなか凄い場所だろう?犯罪者でも『そこに収監されるくらいなら殺してくれ』とせがむ場所だ」



「ドネガン公爵様……そんな場所にブーンとボーンが?」



「うむ。執事調べになるがトゴルーマは既に、鉄棺と呼ばれる犯罪者用の馬車で送ったらしいのだ……もしかすると、奴はこの日が来る事を待ち望んでいたのかも知れんな……」



 そう言われて僕も納得した……あまりにも手際がいいのだ。


 共に暮らしていた事で情が湧く事はなかったのだろうか?……とも思えてくるが、愛情の掛け方次第では憎しみが増す可能性もあるのかも知れない。



「何にせよ送られた後では、僕にはどうする事もできませんね……」


「うむ……そして親自らロナ・ウルグスに送った以上、もはや儂等にも罪に問えん。何故ならそこは犯罪者を送る場所だからだ」



「………それは……罪を隠蔽したが、その罪は明らかにするつもりは無い……という意思表示って事でしょうか?」



 それを聞いたドネガン公爵は『だろうな……』と言う。


 そしてマガワーマ伯爵は『貴族の取る手段としては、まだマシな解決法だ……罪を認めているともとれる分な!』と、貴族の考え方を遠回しで伝えてきた。


 その言葉からして、帝国貴族は本来罪を認めないのだろう。



「だが結果的にお主が言った『蟄居』をなせば、間違い無くタカリー家は帝国領内で大きく力を削がれる。皇帝陛下の御前には流石に幼な子など出せんからな」



 ドネガン公爵がそう言うと、それを聞いたマガワーマは飛び上がって喜んだ。


 しかしドネガン公爵の表情は浮かばれない……



「ヒロよ……それでだが……私は結果的に何もして無いが……この財宝は貰えるのかな?」



「え?ああ……どうぞ。持ち帰ってもお金に変えるくらいしか無いですし。それにまだ頼み事として、この件が続くかも知れませんし……」



「うむ……そう言う事であれば、遠慮なく貰っておこう。まぁ確かにタカリー家が存続する以上、何か問題が起きんとも限らないからな」



 ドネガン公爵はそう言いながらエールを煽り、執事の一人に財宝箱を持ち出す様に指示を出した。



 ◆◇



「ではドネガン公爵様、マガワーマ伯爵様……お先に失礼致します」



「うむ!今日は我だけが得してすまんな。だが……今は公爵家と繋がりを得たと思っておけばいい……」



 ドネガン公爵は意味深な事を言って、僕との別れを告げた。



 食事と会話が暫く続いた……しかし途中でトイレに行った僕は、既に22時を過ぎていた事に気がついた。



 幾ら僕の付き添いと言えども、騎士見習いのラムセスを深夜まで連れ歩くわけにはいかない……


 そう思った僕は、明朝早くギルドに行く事を理由にして、帰る事をマガワーマへ伝えたのだ。



 その言葉にマガワーマは、ドネガン公爵の前ともあり少し渋って見せた。


 だがドネガン公爵が『町民には聞かせられない話しもある。お前はもっと早く彼を帰すべきなんだぞ?マガワーマ……それにお前の息子への爵位の話は何時するんだ?』と言った瞬間、マガワーマに『お前は今すぐ帰れ』と言われたのだ。


 勝手なものだ……とも思ったが、帰りたいと言ったのは自分だ……


 非常に複雑な心境だ。

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