第897話「帝都にある筈のない物」


 火焔窟へ遠征した時に、キャンプ時に試しにの保存食としてオルトス・ジャーキーを作っておいたが、それが今役に立つとは思いもしなかった。



 当然だが、王都へは『封鎖の前に行った』と言う事で済ませただけだ。



「それにしても……渓谷には色々道があるんですね?でもどこも危険な道ばかりで……」



「うむ……この自然の防波堤があるおかげで帝国は守られている。敵国からの侵略はこの渓谷を越えねばならんからな……上から狙い撃ちするのも戦略に一つさ……」



 僕は話をすり替えたが、その必要もなかった様だ。


 何故なら外を並走する騎兵長から、同じ様な言葉がかけたれたからだ……



「少し遠回りになりましたが、もう大丈夫です。渓谷の風景も、もう見納めですよ!ここから少し走れば、暫くは田園風景になりますので!」



 馬車は渓谷を通り抜けたが、魔物と出会うことは無かった。


 理由は簡単で『魔物避けのタリスマン』を御者席の手摺に括り付けたからだ……



 急いで移動する際は、それがあると無いでは大きく違う。



 僕自身はサザンクロスと出会うまでは、余計な事をせずに済ませようと思っていた。


 しかしサザンクロスの登場と共に、進路に巨大な穴ができてしまった所為で、やむなく迂回する事になったのだ。



 『下手すれば野宿』と言う話を聞きつければ、使うのも仕方ない……と思ったのだ。



「凄い!あっという間に渓谷から田園に変わりましたよ!アユニちゃん……ちょっとアユニちゃん?まだヒロさんをそんな目で見て!貴女の誤解だって説明済みでしょう?」



「おのれ………師匠め……あの龍肉を一人で………おのれ………」



「だから!ちゃんと聞いてる?アユニちゃん……ヒロさんはあの龍のお肉は食べてないし、そもそも伝説の龍のサザンクロスよ?どうして倒したって事になるの?」



「アユニしっかりして!アサヒの言う通りだし、そもそもあの巨躯だよ?あの一瞬で食べ切れるわけないじゃない!………」



 アユニは『ジトー』と僕をみる……ステータスには『混乱』と出ている……


 どうやら『特定種へのスレーヤー』のステータスバフが影響している様だ。



 僕は4種族が混ざっているので、特定種族の判別には至らない様だ……


 そして人族を失っているのでステータス的判定では、もはや何かも分からないのかも知れない。



 そう思っていると、騎士団長が徐に話し出す……



「アユニさんは、ドラゴンスレーヤーの影響を受けているのかも知れませんね……。得たばかりの特殊ステータスは、混乱を伴うらしいですから……」



「ああ!成程……通りでアユニがおかしいわけですね!そう言えば……騎士団長さんに質問があるんです!スレーヤーの能力って……誰でも手に入るんですか?」



「マナカさん、それは誰でもって言うわけではない様です……。深層意識に強く脅威を感じた場合、それに抗う為に稀に手に入れられると聞きましたが……」



「騎士団長さん……因みにスレーヤーって、ドラゴンスレーヤー以外にもあるんですか?」



「あ!すいません。たしかにアサヒさん達の様に、銀級になってない冒険者では知り得ない情報でしたね!」



 そう言った騎士団長は簡潔に『スレーヤー』についての講座を開いてくれた。



「凄いですね……アユニはそんな条件をクリアしたって事なんですね……。ドラゴンスレーヤーにオーガスレーヤー……トロルスレーヤーにオークスレーヤー、ゴブリンスレーヤーか……エルフさん達やドワーフさん達が生まれ持っている事にも驚きです!」



「確かにそうですね。アサヒさん、種族によって大きく異なるのが『スレーヤー』と呼ばれる能力です……。その特殊すぎるステータスの所為で、ドワーフ族や人族の冒険者ギルドでは『職業扱い』もされています」



 そう言った騎士団長は、アユニを見て『そしてスレーヤーは、メリットだけで無くデメリットも有るので、その詳細を自分自身が覚えておかねば、仲間の命にも関わります』と付け加える。



 どうやら騎士団長は、力が及ばなくても斬りかかってしまう『スレーヤーの特性』を教えている様だ。



 僕は折角なので騎士団長のスレーヤー講座に、謎だった情報をねじ込む。


 何故なら名前からして似ている物が多いのが『スレーヤー』だからだ。



「あの……騎士団長さん……デーモンスレーヤーとデビルスレーヤーの違いって……何ですか?」


「伝説の龍と平然と話をするヒロさんから、まさか初歩的な質問が来るとは……。デーモンスレーヤーとは魔王種に対して発揮する力で、デビルスレーヤーは悪魔種に対して発揮します」



 そう言った騎士団長は、僕の腑に落ちない表情を見て詳細を説明してくれた。



 この異世界で『デビル』とは、聖属性の神々や精霊に完全相反する存在に向けられる言葉らしく、主に純粋なる悪魔種だという。



 それに比べて『デーモン』は、悪魔種の力を手にした存在やそれに類似する者、そして一部の守護霊体や精神生命体にも扱われるそうだ。


 デーモンの語源から示す存在は、精霊種にも一部意味合いが被る部分もある事になる。


 僕が化現させるトラロックは古き神々の一柱だと言うが、その説明では現状だとデーモン扱いになる……



 折角なので色々話を聞きたいと思うが、話は騎兵長の言葉で唐突に打ち切られた。



「団長!大変です!……王都に大量の馬車が!!何かあった模様です……」



「な!?なんだと?」



 団長は騎兵長に話を聞くなり、馬車のドアから身を乗り出す。



「な!?あれは砂の国の貴族馬車に……向こうは小国郡国家の貴族の物だ……帝都で一体何が?」



 団長はそう言うと、御者に急ぐ様に言う。



「急ぐのは構いやせんが……乗り心地でクレームは勘弁してくださいよ?」



「ヴァイス騎士団長さん……急ぎたいのも分かりますが、今大切なのは蘇生薬なのでは?万が一馬車が倒れたりでもしたら……」



「それ以前に瓶同士がぶつかり合って割れたりしませんか?」



 僕は騎士団長へそう言うと、アサヒが上手いアシストをする。


 騎士団長は今の目的を思い出した様に、馬を操る御者へ『すまんな……今のままの速度で構わん!安全に向かってくれ』と言う。



「すまんな。我々は元々ダンジョンで秘薬を探す部隊だったのだ。今仲間達がダンジョンで秘薬探しをしているが隊長である私がマヌケなミスをする所だった。アサヒにヒロ礼を言う!」



 そう言った騎士団長は『しかしながらよく考えると、運良く素晴らしい薬を手に入れたもんだ……今はこれを最優先せねばな!』と言う。



「ところで……団長さんはかなり急ごうとしてましたけど……帝都にある騎士団はヴァイスさんが率いる騎士団だけなのですか?」



「いやいや……アユニさん。我々は帝国……他の国々を支配下に置いた、数ある国の頂点なのだ。騎士団が一つしかない訳はないぞ?帝都の騎士団は複数あり、その中の一つが我々だ」



 そう言った騎士団長は『女性のみで構成された騎士団もある。貴女達三人が騎士団の門を叩くなら……私が是非に推薦するが?』と言う……



 それを聞いた三人は『ブンブン』と首を横に振る……


 畏れ多いと言うより『面倒臭そうだ』と表情に出ているが、それは見なかったことにしておこう……



 馬車はスピードを上げる事なく田園地帯を通り抜ける……多くの農民が田畑を耕し、彼等を守る為に兵団が巡回警備している。



 見る限り平和そのものだ……あるものを僕が発見するまでは……



「あ……あれ?……あれって………ウィンディア男爵家の………馬車!?………何故?帝国へは王国側はこれないのでは?」



 僕はビックリした余り声に出してそれを言う。


 すると、逆にびっくりしたのは騎士団長の方だった。

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