第892話「後悔!!縄張りへの侵入」


 僕は必死に馬車を操る御者を見て、『少しスピードを落とした方がいいのでは?』と提案をする。


 しかし御者は僕の方を見ることもなく言葉を返した……



「それには答えられませんぜ!旦那……ここは特殊な渓谷なんですよ!野生の魔物の群生地で、ダンジョンと違って血に飢えてやがるんですよ!環境が問題で、餌がすくねぇんです!」



「って事は……餌は僕達って言いたいんですか?」



「そうです!ってかロック・ハーピーが来たってことがヤベェんです。既に他の魔物がハーピーの移動に気がついたって事でしょう?」



 御者曰く、餌の少ないこの渓谷では、ロック・ハーピーの移動が合図になる様だ。


 ロック・ハーピーの移動に合わせて、他の魔物も餌を探しに移動する……そういう事だろう。



「魔物って……この渓谷にはロック・ハーピー以外には何がいるんですか?」


「肉食のクラッシュ・ゴートに、渓谷の水場にはロック・サハギン……一番ヤベェのはクライム・シュリーカーとスクリーム・スパイダーだ」



 そう御者が言った矢先、その問題と言われた魔物が断崖に見えた。



 その魔物は簡易判定の結果、肉食のクラッシュ・ゴートだと分かった。


 クラッシュ・ゴートは見た感じはヤギの様な魔物で、かなり大きな体躯を持つ様だ。



 まだ距離があるにも関わらず、その姿は大きく見え……馬車が近づくにつれて、その大きさがよく分かる。



「さっきから如何してか首筋がぞわぞわしてたけど……なんて馬鹿デカイ魔物なんだ………」



「バカデカイ!?……って事は……クラッシュ・ゴートか!!……馬車の俺達には最悪な相手だ。……奴等は何匹だ?兄ちゃん……」



「えっと……1………2………3………嘘だろ続々と増えてる……10……10匹はいます………因みに目視で見えているのが、既に5匹居ます……」



「アンタ長距離感知持ちか!?……助かるぜ!……くそ……10だと!?………そりゃ間違いなく3世代の群れだ……」



 僕は御者に『3世代の群れ』について質問をする………


 3世代の群れというのは、当然群れの全てが家族で構成されている魔物だ。


 特殊な点は、群れのリーダー格だけが強い訳では無いという事だ。



 クラッシュ・ゴートは得た餌を分け合い、群全体でその体躯を維持する。


 その為、全てが同じくらいの強さを保持するそうだ。



「あの10匹……まさか……個体差が殆ど無いって事ですか?」



「ああ?兄ちゃん……アンタこの周辺の出じゃねぇのか?なら知らねぇのも当然だ!奴等は、この渓谷特有の群れに変化してるんだ……よく覚えておきな!」



 たしかに言われて見ればそうだろう……ダンジョンと違って野生の魔物は、繁殖地で特性が大きく異なる。


 その環境に合わせて、群れの行動や特性が幾らか変化するのは当たり前だ……



「おい!騎兵長………前方にクラッシュ・ゴートが3グループだ!このまま馬車で走ると、奴等は間違いなく馬車に『頭突き突進』して来る……騎士だろう?なんとかしやがれ!」



「足の速いゴート種3グループか……流石に我々がなんとかせねばな!騎兵隊前方3騎我と前に出るぞ!相手はクラッシュ・ゴートだ。奴等の進路を妨害した後、退避行動だ行くぞ!!」



 騎兵長はそう言うと騎兵3騎を連れて、勢い良く走り出す……


 先行する事で、魔物の注意を馬車から逸らす作戦だろう。



 判断と行動が素早いので、毎回この方法で切り抜けていると理解できる。


 しかし残念ながら、作戦が毎回同じ様に成功するとはいかない様だ……



 騎兵隊の4騎が先行して駆けるも、絶壁の上にいるクラッシュ・ゴートは、騎兵隊を一切相手せずに絶壁を駆け降りてくる……



「な!?なんだと!?……我々を無視するだと?……くそ……裏目に出たか………即座に反転!ゴート共の馬車への進路を、何としても変えさせろ!!」



 僕達の乗る馬車に向けて走って来た……と思われたクラッシュ・ゴートは、僕達にも見向きもぜず、その進路を近くの壁に向ける。


 そして絶壁にある、僅かな足場を器用に登ると一目散に僕達から離れていく……



「な!?………クラッシュ・ゴートが餌にも目もくれず逃げた!?」



 馬を操る御者は、騎兵を飛び越えて来たゴートを見たとん『騎士の作戦が失敗した……俺は……もう終わりだー!!』と叫んでいたが、今は生き残った事に安堵していた……


 しかし僕は腑に落ちない……



 あのクラッシュ・ゴートは『ナニカから逃げた結果』先程の岩場の天辺に居たのではないだろうか?


 そうでも無い限り、急な斜面を勢いよく降りて餌である僕達の前を突っ切り、反対の壁を駆け上がり逃げては行かないはずだ。



 どう見ても『群れの魔物達は何かに怯えて逃げた』としか思えなかった。



「御者さん……おかしく無いですか?……だって僕達を襲わないなら……『何故絶壁を降りて来た』のでしょう?」



「は?なんだって?俺は今助かっただけで、そんな事もうどうでもいいよ……」



 そう言った御者は速度が落ちた馬に鞭を入れて、一気に加速する……『早く渓谷を抜けたい』という気持ちの現れだろう……


 しかし僕は、『御者が危険な魔物を言い忘れていないか……』それが気になり、強い口調で問いただす。



「大切なことです!この渓谷にいる、ゴート種を餌にする魔物ってなんですか?この渓谷は弱肉強食なんだから……ゴートを捕食するナニカだっているでしょう?」



「し……知るかよ!あんなデカイ魔物を食うだと?……じゃあ何か?アイツら他のナニカから『逃げて……』……うげぇ!!」



「え?御者さん……ど……どうし………うわぁぁぁ!?」



 それは突然の出来事だった……


 御者の叫び声をきいた僕が前を向いた瞬間、目に飛び込んできたもの……それは突如地割れで開いた、巨大な大穴だった……



『何処の馬鹿だい!?龍属の協定を破る姉妹は?出来の悪い妹達ばかりで本当にウンザリするねぇ!!……』



「ひぃぃぃぃぃぃぃ!?なんだアレは……止まれ!!暴れるなエルメシア。さっさと止まるんだ……お前このまま進んだら喰われちまうんだぞ!?おい騎兵隊!進路上に居るあのデカブツなんとかしろ」



「騎兵長!!ま……真後ろに正体不明の魔物が!」



「振り向くな!!一度騎士団長の元に戻るのだ……我々の目的は戦うことでは無い!団長達を生かしたまま帝都へ戻す事だ!!」



 突然地中から現れた巨大な魔物に、御者は恐怖で顔が引き攣っている。


 しかしそれでも御者は、パニックになってしまった馬を必死に宥め止めようとする。



 そして騎兵長含め、敵に対して飛び出ていった4騎は、進路を反転させて必死に馬車へ向けて馬を駆ける。



 だが僕も、御者や騎兵隊を気にかけている場合じゃ無い……


 地中から出て来たモノ……それは間違いなく僕が呼び寄せたことになるからだ。



 エーデルワイスの時と状況は一緒……『相手の支配地に無断で入ってしまった』……その事による覚醒だろう。


 僕は『まさか……ここの渓谷が縄張りだったなんて……迂闊だった………』と非常に後悔する……



 ゼフィランサスやエーデルワイスが居ない今、対応方法が全く無いのだ……



『それにしても……おかしいね……。ゼフィランサスにエーデルワイス……あいつ等、龍族の問題児の匂いが同時にするねぇ』



 得体の知れないナニカは、周囲に聞こえるように『念話』を使っているのかと思ったが、どうやらそうでは無い様だ。



 何故なら御者は勿論、騎士団もこの場から逃げようと必死だからだ。


 今現状も頭に語りかけている『念話』を彼等が聞いていたならば、それについて何かしらのリアクションがあっていい筈だ。


 あくまで想像の範囲だが……



 そう考えていた矢先、地面のヒビ割れが酷くなり中から巨大な魔物がその正体を現した。

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