第893話「怒れる龍の登場に死を覚悟する騎兵長」


 それは非常に巨大な龍だった……


 体躯はゼフィランサスの約1.5倍程で、その全身から発せられる威圧も凄まじい……



「死んだ……俺死んだ………最近買ったこの馬の借金もあるのに……」



 御者は必死になって馬を停めると、『エルメシアすまねぇ!』と馬に向けて名前を何度も叫ぶ……相当なパニック状態にあるようだ。


 移動中に御者は、何度も愛馬のエルメシアの自慢をしていた……


 毛並みや愛くるしい目が最高だと言っていたので、相当この馬が好きな様だ。


 今となっては、その愛馬だけでも逃そうと必死になっている。


 騎兵隊と騎士団が馬車の前に立ちはだかり、騎士団長は『蘇生薬』の入った宝箱を抱えて、冒険者達と共に横の岩場に姿を潜ませる……



「いいか……お前達は何があっても此処から出るな!我々は生き延びて帝都へ行かねばならん。何があってもだ!」



 僕達も当然岩の窪みに姿を隠す様に言われて、馬車から逃げてはいる。


 だが、僕が同じ場所へ姿を隠す事で危険が増すだけだろう……


 そして目前の龍の念話を無視し続けている現状も非常に不味い。



 どうしようか悩んでいると、唐突に威圧混じりの咆哮があがる……



『ゴアアアアアアアアアアアア!!』



「「「ひぃぃぃ!?………」」」



「さっさと出てこい!!いい加減んに腹が立つね!まさか念話も出来ない雑魚って事なのかい?って言うか……テメェからゼフィランサスとエーデルワイスの匂いがする理由を今すぐしな!!」



 そう『言葉を使って』激昂した龍はさらに……『奴等は少し前にアタイの縄張りを侵害しやがった!その上謝罪も無く立ち去りやがった……匂いがする以上、お前があの馬鹿姉妹の関係者なのはもう分かってんだ!!』と大きな声で言う……



 もはやこれ以上、目の前の名もわからぬ龍のヘイトを稼がない方が、自分の身の為の様だ。



「ヒ……ヒロさん?何でて行こうとしてるんですか!」



「皆さんは此処にいてください。ちょっとばかり出て話をつけて来ます」



 僕は全員にそう言った後に、観念して手を上げた状態で窪みから姿を見せる……



「ヒ……ヒロ殿!?何をしてるんですか!早く逃げてください!帝都の騎士団と言えども、龍種の相手など出来ません……今は隊長達と逃げてください!」



 騎兵長はそう言ったが、先程の威圧で既に腰砕け状態だ。


 僕は手で騎兵長を制してから龍の方に歩み寄る。



『すいません、言葉を使うと後々問題があるので……念話でいいですか?』



『<念話で良いですか?>だって?だったら何でさっき答えなかったんだい!この私をコレ以上苛々…………な!?なんだいアンタ……よく見たら『雄』じゃ無いか!!』



 会話の最中に僕を見て驚きの声をあげた龍は、すぐさま姿を人型に変える。


 そして地面まで届きそうな長いブロンドの髪を、揺らしながら不用意に僕の方へ近づいてくる……



『アンタ……本当に雄なのか……。ビックリだね……で……どう言う事だい?アンタから固有の匂いじゃなく、ゼフィランサスとエーデルワイスの匂いがするのは……』



 そう言った謎の龍は『じっと』僕を見据える……



『すいません……それは僕にも理由は……』



 そう言った瞬間、騎兵長が勇気を振り絞り僕の真横に歩み出る……



「ヒロ殿!此処は我が引きつけます故!!逃げてください!!」



 そう言った騎兵長を、目に前の龍の女性が『ギロリ』と睨むと……



「なんだいさっきからウロチョロと……そのエンブレム……帝国の騎士団か?アンタ達は黙ってな!」



 そう言った龍は、『帝都市民は盟約に伴い、命までは奪わない約束だからね!そもそも、その胸のエンブレム……誰の事だと思ってるんだい?それはこの私<サザンクロス>の龍信仰の証だろう?』と言う……



 その言葉に騎兵長は言葉を失い、即座に跪く……



「サ!?……サザンクロス様!?……ご……御無礼を致しました!」



「それが分かったらテメエ等は少し黙ってな!」



「失礼を承知で進言させて頂きます!我々は今『蘇生薬』の搬送中に御座います。そのヒロ様が皇帝陛下の為に提供して下さった、格別な薬で御座います!帝都にはこの薬が必要なのです!何卒……何卒、此処を通して頂けませんでしょうか!」



 サザンクロスが心底苛々としているのが、伝わってくる……



「いいかい?私は『話がしたいから黙ってろ』と言ったんだ!此処の渓谷一帯は私の縄張りなんだよ。いいかい?アンタ達も領土問題は抱えてんだろう?龍だって同じさ!だから『人間』は黙ってな」



 そう言ったサザンクロスは念話で『邪魔が入って話せやしない……アンタちょっとこっちに来な!』と念話で言って首を『クイッ』と動かし、穴の中へ戻っていく……


 大穴の中は地下空洞になっている様だ……


 以前、大陸の地下には隅々まで地下空洞が繋がっていると聞いた事があるが、おそらく今見ている物がそれだろう。



『早く降りといで!喰ったりはしないよ!アンタにはちょっとばかり話を聞きたいんだ……』



 そう言われた僕は、穴の中を覗き込む……その空洞はかなりの高さがあり、奥が真っ暗で見えない……



『これってどのくらい高いんですか?』


『翼を生やせば問題………ってまさかアンタ……そうかそういう訳か!ゼフィとエーデルの奴等はお前の覚醒を封印してるって事なんだね?それを早く言えよ!』



 そう言われても、僕には全く心当たりが無い……


 もし覚醒を封印しているなら、勝手にやってる事なのだろう……



『地底にぶつかる前にキャッチしてやるから……アンタは早く飛び降りな!全く……雄の癖して……世話が焼けるねぇ』



 騎兵長が僕を見て『ヒロ殿!いけません!!……』と言ったが、穴の中へ飛び降りた時に聞いたので、続く言葉は聞き取れなかった……



 ◆◇



 僕は真下が見えない程深い穴へ飛び込んだが、飛んで分かったことがある。


 この場所の岩盤は分厚く、一筋縄では破壊など出来ない……


 それなのにあのサザンクロスと呼ばれた龍は、いとも簡単に破壊して見せたのだ……


 龍の姿のまま通れる程に破壊されたその場所は、見る前は崩落しないか心配にもなった。


 だが、崩落の心配が無い程に分厚いと分かっただけでも、心配事が一つは減った。



 今の心配は既に5分は地下に向けて落ちっている……超高層ビルがすっぽり入る程大きな洞窟だとは、飛ぶ前は思いもしなかった。


 そして下を見ると、キラキラと光る場所がいくつか見える……『もしや……地底湖?』と思った瞬間フワリと浮かび上がる感覚に襲われる……


 それは『風魔法だ!』と判別できた時には遅かった……


 真下には透明度が極めて高い、それはそれは巨大な地底湖が広がっていたのだ……



『ざぱーん!!』



「ガボガボガボ………」



 僕は『これは死ぬ!マジで死ぬ!!』と心の中で酷く慌てる。


 風魔法で落下の勢いを全て相殺したと言っても、足が付かない地底湖だ……


 飛び込む前に『真下は地底湖だ』と教えてくれてれば、飛び込まなかった!と思っても今更だろう……



「何なのよ?……全く飛べないし、この程度の水も泳げない……貴方は何属性の龍なの?今引き上げるから待ってなさい!」



 水中なのに、何故かはっきりそう聞こえる……


 念話でもなく水を伝わって声が聞こえるのは、非常に気持ちが悪い……つい言葉で返してしまう。



「ガボガボガボ………ガボガボ……ガボガボガボ(早く助けて……息が………もう持たない)」



「もう……何言ってるか分からないわ!貴方は水生生物の言語を使えないでしょう?念話を使いなさいよ!!……ってちょっと!急にグッタリしてんじゃ無いわよ!!」


 僕は薄れる意識の中、彼女の龍としての全体像を目の当たりにする……


 どうやら彼女は水龍の様で、尻尾の先には大きな尾びれがある。


 龍としての身体も、ゼフィランサスやエーデルワイスとは若干異なり、水特性を大きく得た作りだ。


 おそらく水中を得意とする龍なのだろう……

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