第877話「階層主と魔物を操る奇妙な腕」


 アユニは恐る恐る声を発する……


 彼女は自分が見た物について、その確証が持てなかったからだった。



「わ……私……見てしまいました……巨大な剣を持っている騎士みたいな敵でした!でも半透明って感じです。でも……攻撃したと思ったら、消えてしまいました……」



「え!?………アユニちゃん……なにかが見えたの?……半透明の騎士?」



 アサヒは、アユニの見た物に興味がある様で……『半透明の騎士って向こう側が透けてるの?』などと聞いている……


 しかしアサヒとは対照的に、ダイバーズのパーティーメンバーは難しい顔をした。



「「ファントムか!」」



 アユニの目撃情報を元に、その敵を絞ったクレムとアンガは言葉を発した……


 しかしその瞬間、今度はクレムの真後ろの空間が歪む……



「クレムさん!!後ろ!!」



「クレム!真後ろじゃ!!」



 アユニの声とガルムの声が同時に部屋に響く……



 しかしそれとは別に、アサヒの声が別の存在を知らせる………



「何ですか!?アレは……騎士の真上に強大な腕が………天井から生えてます!!………それに………透明な糸!?」



 僕はアサヒの言った腕を見ると、すぐに『階層主』だと理解した。


 そこで鑑定を使い魔物の詳細を探る。



『<階層主>ファントム・アーム………4階層の階層主。この階層主は空間を歪めて、腕を好きな場所に出せる。右の掌には巨大な口がついていて、左の掌には眼玉がついている。爪の先から透明の糸を出して『マジックパペット』を操る。マジックパペットは『騎士』『龍』『姫』のファントムに限り召喚できる』



「く!!……不味い!!……流石に……このタイミングは………」



 クレムの言葉が悲痛に響く……



「ペム!アユニ!今すぐ上の腕に攻撃を!!」



 僕は何故か分からないが、腕を狙って攻撃をする様に二人に指示をした……


 今まで数多く戦闘して来た結果から来る推測だろう……だが確証はない。



 ただ単純に『腕が騎士を操っている』以上、『それを乱せばいい……』そう思っただけだった……



「ウォーター・アロー!」


「ファイアー・アロー!」


「ウォーター・バレット!」



 腕が幻影の騎士を操っている以上、完璧なタイミング……僕はそう思った。


 間違いなく腕にダメージが入り、クレムは間一髪助かると……



 近くで『ガシャン………』という音が聞こえた瞬間、天井から生えた腕が掻き消える………



「ヒロ!クレムは助かったぞ……素晴らしい采………」


『ボッゴン!』


「……ぐ!?………ごは………」



 僕達が攻撃を受けた階層主のファントム・アームはその場から消えた。


 しかし倒したのでは無く、消えただけだと気が付かなかった僕達は警戒を解いてしまった。



 すると今度は、ガルムの背後の空間を歪めて腕が湧き出て、鈍い音を立ててガルムを殴り飛ばした。



 ガルムは避ける事も叶わず、近くの壁に『ドガン!』と凄い音を立てて、全身を打ち付けられる……


 それはまさに防御など出来ない死角からの攻撃だ。



「ぐはぁ…………」



『ドシャ………』



「「「ガルム!!」」」



「私達が……私達がガルムさんの回復に行きます!」


 すぐにアサヒはそう言って『アユニ!ガルムさんを救えるのは私達だけしかいないわ!』と言って、走り出そうとする……


 しかしマナカが二人の腕を取る……



「「な!?」」



「マナカちゃん!?………なんで?離して……行かないとガルムさんが死んじゃうわ!」


「マナカちゃん離して!アサヒの言う通り助けに行かないと!!ガルムさんが………」



 しかしマナカはガンとして離さない……



「駄目よ!今動けば、向こうの思うツボよ!……『天井にいた筈のあの腕』が攻撃した瞬間、今度はガルムさんの真後ろに居たのよ?攻撃を誘われたの!私達は!!」



「「……!!……」」



「それに……ガルムさんにトドメを刺すならもう湧き出して握り潰せてるはずよ!!」



 マナカの言葉に、アサヒとアユニはビックリした表情をする……当然だろう。


 誰よりも冷静に状況分析をしていたのだ……


 既にその経験値は銀級でも通用すると言っても過言では無い……



「で……でも!アンガさんもガルムさんも………いつ狙われてもおかしく無い………」



「わ………儂なら大丈夫じゃ!……ミノタウロスのバトルハンマーで殴られた時よりかなり厳しいがのぉ……。アンガ!生きてるか?」



「いてぇが……平気だ……。でも……マジかよ幻影騎士だけで厄介なのに……意味の分からん腕付きかよ!!」



「ガハハハハ……激しく同意じゃ!……ペム達三人の必中タイミングをまんまと避けたと言う事じゃ……『想定内』だったって事じゃな!」



 二人はそう言ったあと、ベルトポーチから傷薬を取り出してグビグビと呷る………


 そして『体力ゲージ伸ばしてた事が甲を成したな!』と笑い合う。



「大丈夫なんですか?………」



「平気とは言えん……薬飲んで回復しても、ゲンコツで殴られた事実は消えん……痛いのに変わりはないからのぉ!」



「ああそうだな……だが今はそれどころじゃねぇ……全員上を見ろ!今度は空中らしいぜ?ファントム・ドラゴンだ!!」



『水槍撃!』



 僕は湧き出しの瞬間を狙って槍衾を放つ……今度は言葉で知らせる様な真似はしない。



「グゴアァァァァ……ギヤァヤオォォォ!!…………ゴ……ゴギャ……グゲ……」



 僕の水槍の槍衾で見事にファントム・ドラゴンは消し飛んだかに思えた………



「無駄だヒロ…………MPの無駄遣いはするな!」



 ペムの一言が響く……すると目に前の崩れていたファントム・ドラゴンはあっという間にに元通りの形に戻る。



「幻影龍や幻影騎士は、召喚されている場合その大元を絶たないと倒せない」



「ペムの言う通りだ!再度MPを注げば元通りだ。本来は魔法陣やそれを行使している魔術師だが、ここの場合は『階層主』なのは間違いがない筈だ……」



 僕はペムとアンガに、ファントムと呼ばれる魔物の対処法をきく……



「なら………階層主を倒さなければ消せないという事ですか?相手はドラゴンですよ?ブレスが……」



「幻影龍の場合『ブレス攻撃』は無い!!……何故ならブレスの元となる火炎袋や酸袋が無いからだ!」



 ペムはそう言うと、器用に再生された尻尾にのみ魔法を当てて破壊する。



「いいか?壊す場合は箇所ごとに破壊するんだ。今は尻尾の薙ぎ払いをしようとしたから、そこを狙って尻尾を破壊した……ファントムの場合は、ダメージが通れば部位を100%破壊できる!」



「そうじゃ!ファントム系は耐久が無い分、確実に破壊できる!ダメージさえ貰わなければなんて事はない!問題はあの階層主じゃ!」



 ガルムが言った先には、まるでパペットを動かすような素振りをしている、階層主が居た。


 片手で龍の羽を動かしている様で、片方の腕は掌を此方に向けていた……


 掌の眼玉がギョロギョロと動き、しきりにこちらの様子を伺っている。



「グゲゲゲゲ!!………シネ!ムシケラ……」


 僕達が階層主のファントム・アームを見ている事に気が付いたのか、そう言ったあと、ファントムドラゴンを使って噛みつき攻撃を仕掛けて来た。


 しかし眼玉で僕達を追ってないせいで、攻撃精度はガバガバだ。



「…………なんじゃ?この階層主は……完全に死角を狙わんと満足に攻撃も当てられんのか?」



「最悪だ……俺はそんな幻影騎士に攻撃を貰っちまったのか?」



「ガルムにアンガ……コイツは今まで出会った幻影使いじゃないんだ……。見た感じ、操り人形と同じ様に幻影を扱うんだろう……付け入るならそこだな!」



 まさにペムの言う通りだ……



 階層主を観察すればする程、攻略パターンが思いつく。



 目視する為の眼玉は掌に付いている。


 それなのに、パペットの様に扱う幻影は透明な糸を使い動かすしかない。


 見る方向はどうしても『片方だけに限られて』しまう……眼玉が向いていない方向は、どうやっても『死角』になるのだ。



「ガルムにアンガ……儂が魔法で牽制しておくうちにこっちに合流せい!」



「ファイアー・アロー!」


「ファイアー・アロー!」


『業火を纏う紅の精霊よ、我に力を!ファイアー・ランス!』



 ペムは続きざまに魔法を撃つ……


 最初に放ったファイアーアローの2発は、位置を誘導する為の魔法で、本命は最後のファイアー・ランスなのだろう。


 2本の火矢はファントム・ドラゴンの腕と脚に当たり、見事にその部位を破壊した……



 ペムはその命中率に驚きが隠せない……避けられると思っていたからだ。


 そしてファイアー・ランスがファントム・ドラゴンに突き刺さり、幻影の身体を燃やし始めるとペムの様子が一変した……

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