第878話「糸操りと人形になったペム」


 驚きが隠せないペムは、その言葉を声に出す……



「な!?動けん!?……だと……く………あの幻影龍は……罠!?………わざと破壊させたのか!!」



「グゲゲゲゲ……イマサラソンナコトニキガツイタノカ?……ダガ……コレハミヌケナカッタカ?」



 そう言った階層主は、右の方の手を払う様に横に振るう……



「ぐあぁぁぁ!?くそ……身体の自由が……ガルム!ヤツのメイン攻撃は糸だ!見えない糸に気をつけろ!」



「ペム!?くそ……レイラにレック!奴に攻撃をさせるな……遠距離で妨害するんじゃ!」



 ガルムの奮闘虚しく、レイラとレックの攻撃が成立する前に、ペムは勢いよく引っ張られる。


 そして不自然な体勢のまま、彼は宙をぐるぐると舞う……



 どうやらペムが言った通り、彼の身体は見えない糸で絡め取られていて、それを使い敵に振り回されている様だ。


 しかし振り回されているペムの軌道は、突然変化する……



「いかん!!ヤツはペムを壁に投げつける気じゃ!!レックにレイラ何としても糸を切れ!!」


「くそ……ガルム駄目だ!!何処が糸なのか……判別がつかねぇ……」


「レック!泣き言はいいから手当たり次第投げるんだよ!!アタイだって分からないけど撃つしか今は………」



『ドガ!』


 ペムは突然右方向に引っ張られ、強く壁に打ちつけられた。


 壁に酷い音を立てて壁に打ち付けられたペムは、『ゲフ!』と呻き声を上げて倒れ込む……


 しかしファントム・アームの攻撃は終わってはいない……『ツギハ……コッチダ!……』と言うと、倒れていたペムは操り人形の様に宙に浮く……そして今度は左に放り投げられた……



 どうやら観察する限り、ファントム・アームの左手が指先から半透明の糸を出してペムの身体を絡めて、その自由を奪っている様だ。


 今まで動いていた右手は、掌に見えている口から歯を剥き出しにして『ガチガチガチガチ』と音を鳴らしている。



「ペム!!魔法じゃ!……魔法で脱出するんじゃ!」



「うぐ………ぐおぉぉ!?…………出来るならそうている!!腕が………ぐぐ……ぐあぁぁぁ……」



「ぺ!ペムさん………ヒロさん!このままじゃペムさんが!!」



 僕は慌てふためくアサヒに『分かっています!!』と短く告げる……



「ペムさん痛いけど我慢してください!アサヒにアユニ……僕が対処した後に、ペムの治療を頼みます!」



 そう大きな声で言ってから、僕は地面を思いっきり蹴り付け『瞬歩』を使う。


 そして一気に、ペムの真上に向かってジャンプする………


 ペムは真っ直ぐ横に投げつけられているので、その軌道は読みやすい……


  僕はファントム・アームが真上に、そしてペムが僕の真下に来るタイミングで、ペムの身体を足場にして瞬歩を使い真上に跳ね上がる。



「グゲゲゲゲ………コイツハ……カベニブツケテ、シマツカンリョウダナ!!………」



『ザシュ!!』



「グギ!?……ゴア!?……ギエェェェェ!?」



 ファントム・アームは勢い良くその指を振るったせいで、眼玉は天井側を向いていた。



 僕がそのチャンスを見逃すはずはない。


 指を使い操っているなら、その指を切り落としてしまえば操れなくなるだろう……



 僕は剣を振り抜き、巨大なファントム・アームの親指以外の4本の指を斬り払う。



 ペムがファントム・ドラゴンを簡単に破壊した様に、ファントム・アームの防御力は皆無だった。


 幻影の身体を持つ魔物は、『防御力』が無いに等しいのだろう。



 僕は切り離された指先が塵になって消えるのを確信してから、念話を送る………その相手は当然風っ子だ。



『風っ子!地面に落ちる前に風で衝撃を和らげてくれ!!頼む!!』



『そんな事心配しなくても平気!!大丈夫よもうやってるわ!!水っ子にノーミー貴女達は、あの気色の悪い片腕の後始末をしないさい!』



『『了解!!』』



 風っ子は僕の考えを読んでいたかの様に、僕の落ちた真下に竜巻を作り出す。


 僕はその中に見事に落ちるが、決して中央で浮くわけでは無い……


 地面にぶつかる前に、凄い風圧で真横に弾き飛ばされただけだ。



『ズザザ………ゴロゴロゴロゴロ…………』



「「「ヒロさん!!」」」



「だ……大丈夫っすか!?ヒロの旦那!」



 アサヒとマナカそしてアユニが僕へ近寄ろとするのを、必死に手で制する……



「僕は平気です!地面にぶつかる前に、風魔法で強制的に向きを変えたので!傷薬でなんとでもなる傷です……アユニさんとアサヒさんは、早くペムさんの回復を!」



「「は……はい!!」」



「アサヒにアユニ準備はいいかい?今からアタシとマナカ、あとクレムでアンタ達をサポートする。全力でペムの所まで走るよ!!………ありゃかなりダメージを貰っちまった。ほっとくと死んじまうかも知れないからね!」



 レイラのそのセリフに、僕はペムの容態を鑑定する……『状態・失神 HP 31/324』


 ペムがぴくりとも動かないその理由は、どうやら気を失っている様だ。



「ペムさんは衝撃で失神中です!回復と同時に気付け薬を!」



 僕はペムの確認をして指示をしつつも、ポーションを開けて飲む。


 すると、指示を聞きつけたアンガとガルムが、僕の側に駆けつけてくる………



「なんちゅう無茶をするんじゃ己は!……一つ間違えればペムもお前も怪我じゃ済まんぞ!」



「それにしてもお前……。あんな高さまでどうやって跳んだんだよ!?………ってか……ペムを蹴り飛ばした様にも見えたが……」



「はい!ペムさんがぶつけられる先は軌道予測で分かってました。だからその軌道を変えるために、蹴り飛ばしたんです。ついでにペムさんをジャンプする踏み台にさせてもらいました……」



「ペ……ペムを踏み台にしたじゃと!?……あの短期間で良くそんなえげつない作戦を思い付くな?まぁお陰でファントム・アームは4本指を………」



 ガルムは頭上を見上げてそう言いかけた時、その眼には異常な状況が映っていた……そしてその状況を見て言葉を失った。


 4本の指を失った巨大な左腕は、未だに攻撃を受けていたからだ……



 しかし精霊の声はガルム達ところか敵にも届かない……理由は、念話での魔法詠唱である為だ。



『ストーン・ニードル!!』



「グゲ!?……ガガガガ!?グギャ!………ナニガ……オキテル!?………オレノ……ヒダリ……ウデガ………キエル!!ダト?」



 ノーミーが詠唱したストーン・ニードルは、天井から鋭く伸びる無数の石の棘となり、ファントム・アームの左腕を貫いた。


 無数の石の棘に貫かれたファントム・アームの左腕は『ビクビク』と痙攣をしている。


 だが、左腕には口ではなく眼玉がついているので声は出せない様だ。


 左腕の代わりに、右腕が悲鳴を上げている……ファントム・アームの身体的構造がどう創られているかは分からないが、ダメージは左右の腕で共通の様だ。



 そしてファントム・アームの左腕は、石の棘を受けた場所が『ボロボロ』と崩壊している。


 しかし隙を与えず、今度は水っ子の詠唱が始まる……しかしその魔法は、今まで聞いたことも無い魔法だ……



『アビサル・スフィア』



「………ガァァァァ!!ツブサレル!?………ヤメロォ!!………グゲ………ギィィィィィ!!」



 暗い青の巨大水球はあっという間に、左腕を丸呑みにする。


 すると、その中心部に向けて渦が出来る……


 どうやら水球の中は中心部へ向かって水圧が強くなる様だ。



 左腕は『メキョメキョ』と耳障りな音を立てて、ぐちゃぐちゃに潰されていく……


 そして最終的に水球は爆散した。



「!!………ギィィィィィ!!…………メガァァ………オレノ……メダマ………グギィィィ!!」



 爆散と同時に、ファントム・アームの絶叫が部屋に響き渡る……


 どうやら眼玉付きの左腕を完全に破壊した様だ。



 巨大な水球を受け、片方を失ったファントムアームは、同時に視力も失った……


 指から出す攻撃の『操りの糸』は、的外れな場所を狙っているようで、もはや誰も受けることは無かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る