第860話「帝国貴族の証・契りの短剣」
エンブレム付きの短剣は、そもそもタカリー家の兄弟に造られた特注品などでは無かった。
短剣には、既に皇帝が名付けた名前があり『契りの短剣』と言うそうだ。
ちなみに、貴族になった日にこの短剣が皇帝陛下から下賜されるらしい。
そして皇帝から受けることが出来て初めて貴族と名乗れる様になり、帝国貴族の証だと言う。
この短剣が与えられる理由は簡単だ。
主な使用用途は『自決』するための短剣であり、2つある理由は主人と妻の分と言う意味だそうだ。
ちなみに皇帝は主人であり、仕える貴族は妻と言う意味も同時に持つらしく、皇帝が招集した場合貴族達は短剣を二本持参する必要がある。
そして片方を皇帝陛下の御前に起き、変わらぬ忠誠を示さなければならないそうだ。
その剣を、家族以外の血で穢すなどあってはならないし、ましてや紛失などは以ての外だと言う。
マガワーマのその説明を聞いて、漸く僕は『この一件はタカリー家の為ではなく、僕の為である』と気がついた……
「騎士団!直ちに押収した証拠品である、凶器となったこの短剣を見張れ!ギルドマスターから指示があった者以外は、絶対に部屋に通すな!強行しようとした場合、貴族不敬罪として即時斬首を許す!これは皇帝陛下への忠義を欠く悪事であるが故の特例である。尚、騎士団は全面的にギルドへ協力せよ!」
そう言った後、マガワーマは僕の方へ歩み寄り、短剣が乗ったトレイをモルダーに渡す。
「お前がしっかり管理しろ……。そしてヒロの計画をしっかりこなせ。いいな?若造!……ちなみに儂もお前と同じで、アイツ等の親父が嫌いだ……死んで欲しいと願ってやまない……ガハハハハハ…」
そう言った後笑いながら、イコセーゼが居る受付カウンターに戻っていった。
◆◇
「ど……どう言う事ですかい?坊ちゃん……聞いてた話とは随分違うじゃありませんか!!あれは貴族の証だったんですかい?だったら何故もっと……」
鬼蜘蛛のゴッパが兄弟へ何故嘘をついたのか聞きまくるが、それには答えなんかは無さそうだ。
本人達が一番驚いているのだから当然だろう。
しかし僕は別の事が気になった……
何故あの二人が短剣を持っているのに、親が何も言わないか……だ。
決して無くして良いものではない……それ所か魔物の血で穢す事も憚られるのだ。
だからこそ、その凶器となった短剣が長い間ダンジョンに放置されていたのに、タカリー家の当主が招集時に困らなかった理由を考えた。
しかし答えが全く出ないので、マガワーマに直接聞くことにした……
「なんだ?ヒロ……うん?招集の時のタカリー家の短剣?ああ……言いたい事はわかった。一本あれば事足りると言いたいのであれば、それは間違いだ。皇帝陛下の御前では短剣を掲げて挨拶をせねばならんし、招集時に提出した短剣が戻ってくるのは、陛下との食事の席だ。だから必ず二本無ければ紛失がバレてしまう」
「でも……あの短剣は結構長い間スカリーさんの遺骸の側に落ちてたんです。持っていける、代わりの『ナニカ』が無ければ招集には応じられない……僕はそう思うのですか……」
「うむ……確かにそうだが、理由はしかとある。もう1天以上もの間召集はないのだよ。何故ならば招集には『皇帝陛下』の指示が必要なのだ。その皇帝陛下はいま病に伏しておられる。貴族招集ができる訳もあるまい?」
その言葉で僕は漸く理解ができた。
持っていく代わりの物がどうこうでは無い……そもそも招集がないのだ。
だからあの兄弟は勝手に持ち出している……
僕はそう結論に行き着いた。
「じゃ……勝手に持ち出して、紛失したって事なんですね……それも凶器に使った事まで含めると……」
「まぁ流石に家名の取り潰しは無いが、爵位降格は間違いない筈だな……血で穢した事は誤魔化そうと思えば出来てしまう。だからこの短剣で何かをできそうなのは、紛失問題だけだな……家の中での紛失に留めればの話だが……」
「それがダンジョンで未だに見つからないとなれば?」
「王の機嫌にもよるな……奴は王権派と仲が特別に悪い。下手をすれば斬首、そして当然タカリー家はなくなるな……」
僕は何故そこまで『契りの短剣』に皇帝が固執しているのか……それも気になった。
だがもっと気になたのは……破損した場合だ。
「ま……万が一ですよ?万が一破損したら………」
「はははは………夜逃げしかあるまいな。儂だったら公開処刑など望まんよ……」
「公開処刑!?たかが短剣の破損で?」
「嘗てあった本当の事だ。……貴族同士の争いの末にな……結末は処刑だったよ。まぁアレは特殊な事例だが、それから特に慎重に扱う用になったのは確かだ」
どうやら特別な理由があったようだ。
しかし、結果的に破損は家名の取り潰しとなったのであれば、帝国所属の貴族であればその状況は避けたいはずだ。
『うふふふ………そう?……いい事を聞いたわ……』
「ん?なんだ?……すまん聞き取れなかった。何か言ったか?」
「え?ぼ……僕では無いですよ?」
急に笑い声がした時点で誰かは分かった……姿を決してスカリーが聴きに来て居たようだ。
ギルド内で感知などは使わないので、居る事を知るのには直接声を聞くか、モノクルで見る以外はないだろう。
「それはそうと……何故此処に?先程帰ると……」
「帰る前に馬鹿息子が食事をせがんだのだ………。まぁそのお陰で、この状況に駆けつける事が出来たんだがな……。あの馬鹿息子が、儂の役に立つ事も有るもんだと内心驚いておるよ……わっはっはっはっは!」
どんなに馬鹿だと言っても、息子は可愛いらしく一緒に食事をしていた様だ。
そのお陰で僕たちは面白い事が聞けた。
凶器となった短剣の問題は、未だに馬鹿兄弟が『返せ』と喚き散らしている。
彼等の状況からしてマガワーマ伯爵の一言で、自分たちが今どれだけ窮地であるか理解できた様だ。
今までは貴族の権限で、強制徴収すれば済むと思って居たのだろう。
しかしギルドはそれが出来ない『治外法権の場所』であると知った時点で、その行動は半ば力ずくに変わりった……
問題は、父親が揉み消せばいいと考えたのだろう。
しかし、イコセーゼの父親の登場で、更に大きく状況が変わった。
僕達は決して知り得ない情報を手に入れて、あの兄弟はあからさまに様子がおかしくなった。
あの兄弟の様子からして『ナニカを思い出した』のは間違いが無い……
あからさまに慌てて、力づくでも紛失した短剣を取り返そうとしているのだ。
僕の想像通りだとすれば、家からの勘当では済まないだろう。
『ガシャーーン………ガランガラン……ガラン……』
僕はマガワーマと話しながら、彼等のとった馬鹿な行動を想像していた……
すると我慢に限界が来たのか、タカリー家のブーンがギルド内で大暴れをし始めたのだ……
「返せ!!返せーー!!俺の短剣を……いや……父上の短剣を返せ!……おい!モルダー。鬼蜘蛛一家が奪った、スカリーの武器なら今すぐ返してやる!だから親父の短剣を返せ!それがねぇと親父は……親父は………俺を間違いなく殺す………」
ブーンは皆の前で本音が漏れた……
どうやら間違いなく『勝手に持ち出した』のだろう……
弟の方もかなり豹変していて、なりふり構わず感が否めない……
「お前たちお兄様の短剣を返せ!!……おい鬼蜘蛛のゴッパ!!さっさと短剣を取り返す様に指示をせんか!!お前達の後始末で、俺達が幾ら金をかけてると思ってんだ!!衛兵への根回しに、財宝買取、犯罪の揉み消し……甘い蜜を散々くれてやっただろうが!」
「な……何を馬鹿を言ってんじゃ!?このガキが!!今言う事じゃねぇだろうが……こ……この大馬鹿兄弟が!!……野郎共アジトに戻るぞ!!やってられねぇ!!」
鬼蜘蛛のゴッパはそう吐き捨てると、子分に命じてその場から帰ろうとした。
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