第859話「悪辣貴族の醜い争い」


 僕はイコセーゼが来た事で、『厄介なことになりそうだ……何しに戻ってきた?親父と帰れよ……もう!!』と心の中で呟いた。


 しかし来てしまったものは仕方がない……『早く要件を済ませて帰ってもらうしかない。うっかり4階階層主の話をされる前に……』と思っていると、またもやイコセーゼがやらかした。



「馬鹿はどこまで行っても馬鹿だな……ブーン!お前の弟は冒険者と職員の見分けさえ付かないのか?お前は俺にダンジョンの入り口を教えてくれたようだが……俺に入り口の場所を教える前に、弟の見る目を一緒に養ってやったらどうだ?おい大馬鹿兄弟!いいかよく聞けよ?俺は隠し部屋の秘宝に用事があるんだよ!お前達とは目線が違う!」



「誰が大馬鹿兄弟だ!イコセーゼお前ほど馬鹿な奴はいねぇよ!宝剣を持っていながら、欲で折角の機会を失った馬鹿貴族……有名な話だぜ?」



「そうだ!その通りだ!!大馬鹿イコセーゼ……いや……能無しイコセーゼの方が正しいか……。宝剣を手に入れて、先に男爵になるのは僕のお兄様だ!……ですよね?お兄様!」



 イコセーゼの前だからか、ブーンは大馬鹿をやらかした弟を怒りはしない。


 それどころか、寧ろ自分を応援する弟を褒めているくらいだ……



 僕はそれを聞いて……『お前たち……馬鹿はお互い様だ』と言いたかったが黙っていた……



「………ほう?何処の誰の息子が馬鹿だと言うのかね?タカリー家のご子息達よ?幾ら同じ伯爵位を持つタカリーの息子とは言え言葉が過ぎるのでは無いか?周りをしっかり見てから言葉は言うべきだと親から教わらなかったか?」



 そう大馬鹿兄弟に言ったのは、帰った筈のマガワーマ伯爵だった。



「まぁ我が馬鹿息子も大概だがな……」


 そう言ってマガワーマは、背後からイコセーゼをギルドの受付カウンターまで押しやり連れて行く……


 そして『イコセーゼお前は何故そうなのだ?注意散漫、薄唇軽言……今の失言は有るまじき行為だぞ?だからお前はいつも機会を失うのだ!当分お前は、この街で何も話すな!我が計画全てが台無しになる……』と小さな声で言うと、ギルマスの方へ向きを変える。



「テカロン……どうやら今は取り込み中のようだな?……話がややこしいのであれば、私が力を貸そう……」



 そう言って貴族の馬鹿息子と鬼蜘蛛のゴッパの前に歩みゆく……



 当然イコセーゼも親の後に着いて行こうとするが、マガワーマの従者の一人がそれを急いで辞めさせる。



「話は我が手の者に聞いておる。鬼蜘蛛は部下を殺され、タカリー家の倅達は『ある物』を無くしたそうだな?」



「そうだ!兄様の短剣を取り戻したら俺達はすぐに帰る……コセ家には関わりが無い事だ!父が居ないからと言って我等を軽んじてはならんぞ!コセ家の主よ!」



 マガワーマは失笑するも、すぐに話をする……


「無くした短剣は二本対になった片方と聞いたが?これと同じものか?」



 そう言ってコセ家のエンブレムが入った短剣をマガワーマは取り出す。


 しかしマガワーマ家のエンブレムはマガワーマの方を向いているので、相手に見えているのは帝国のエンブレムだろう……



 『なかなか意地の悪い仕掛けをしたもんだ』……僕はそう思っていると、やはり馬鹿息子達はそれに過剰反応を示す。



「そ!それだ!!………まさかコセ家が持って居たのか!!返せ、今すぐ兄様に!幾ら父と同じ爵位持ちだからと言って、短剣を返さないのであれば、我々は黙っとは居ないぞ!!」



「コセ家、マガワーマ伯爵様弟の言う通りですぞ?……素直に返されるなら良し!そうでなければ父に申して、返して頂くまでですぞ?」



 そう大馬鹿兄弟が言った瞬間、マガワーマは大声で怒鳴りつける。



「馬鹿もんが!!これがどう言うものかも知らず、お前達は勝手に父の許しも得ずに家から元出したのだろう!それもこの短剣を血で汚すなど……お前達は父親にそれが知られれば、すぐ様その素っ首斬り落とされるぞ!」



 そう言った後に、僕の方をマガワーマは見て一言いう……



「会議室前に居る職員よ、すぐに凶器を持ち儂の前に来い!我が持つ物と同じ物か検分する。これはギルド規約を越える要件である!我等帝国貴族が王への忠誠を誓った短剣である為、すぐに調査が必要である為である!!」



 それについてフィーテルは異論を挟もうとするが、マガワーマは……



「遺憾であるならば、ギルド連盟より皇帝陛下にそう伝えさせよ。我は王より叱責を甘んじて受けよう!それだけ重要な事である!さぁ持って参れ!」



 マガワーマはそう言うと、フィーテルへ更に『それが誠に凶器となったならば、騎士団により厳重に保管庫を管理する必要がある!騎士団で管理の助力をさせて頂こう!』と付け加えた……



 予想外の人物の登場で、僕の計画は若干変更を余儀なくされそうだ……


 ある意味騎士団の出番になると不味い。



 タカリー家にも騎士団がいるのだ。


 それに気がつかれたら大馬鹿兄弟の出番になり、凶器をすり替えられる恐れがある……


 エンブレムだけタカリー家とは別の短剣にされたりでもしたら、僕の計画が狂ってしまう。



「は……はい……只今お持ち致します。しかし犯人は現在も継続して捜しておりますので……見せるだけに留まりますが………」



「構わぬ!元よりそのつもりだ」



 そう言った後マガワーマは『ニヤリ』と僕を見て笑う……その様から予想すると『凶器の短剣は悪辣貴族側にある』と言いたいのだろうか……



 ギルド職員が小走りで短剣を持ちマガワーマの側に行くと、大馬鹿兄弟がニヤリと笑いマガワーマに近寄っていく……


 その様を見たレックが焦りを声に出し、モルダーは今すぐにでも貴族に斬りかかりそうな表情をする。



「おい……どうすんだよヒロ……これも計画のうちか?……な……なぁ……」



「ヒロの旦那……俺は貴族ってやつが嫌いです……。特に悪辣貴族は貴族の中のクソだ……。申し訳ねぇ……あの伯爵がタカリー家と手を組むなら俺は黙ってられねぇよ……」



 二人がそう言った瞬間マガワーマが……



「犯人である疑いがあるタカリー家の倅どもは、そこから一歩も近づくな!!コレがなんたるかも知らぬ大馬鹿者め!」



 そう言って兄弟へ言い放った……


 当然だがモルダーは、短剣を布を使い検分する伯爵に斬りかかる準備をしていた。


 証拠である凶器の短剣を『適当な理由をつけて持っていく』と、誰もが思っていた。



 予想外の言葉に、モルダーは手に持っている剣をつい離してしまう………



『ガラン………ガランガラン……』



「どうした?小僧……武器は冒険者の命だぞ?『ウッカリ落とした』では済まないだろう?落としたら『何に使われるかわからない』だから、『紛失したら届けが必要』それが冒険者規約だろう?武器を管理する貴族にも当てはまる、最低限の約束事だぞ?襲われるのは市民かも知れんのだからな!!」



 それをマガワーマが言った事で、『ハッ!』としたのはフィーテルだ。



「紛失届!!そ……その通りです!!伯爵様。………クィース今すぐ紛失の届出があった『短剣』全部をチェックしますよ!!無ければ貴族様といえども責任問題が出ます!」



 フィーテルはそうクィースに言うが、マガワーマの言葉はまだ終わってなかった……



「フィーテルと言ったか?事はそう簡単では無いのだよ!この『契りの短剣』は我々貴族が皇帝陛下に拝謁する際持参する物だ……どれだけ重要か……紛失などあってはならない品なのだよ!」



 そう言ったマガワーマは、短剣の詳細を全員に聞こえるように説明した。

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