第844話「我慢と忍耐」


 僕はガルムの憤りも最もだと思うが、その役目はガルムが担うべきではないと話す。



「なんじゃ?ヒロは反対か?」


「やるなら貴族を利用しましょう。さっき話した様に……」



「うん?…………うむ……確かにお前さんの計画が上手くいけば、彼等は親からの信用を失墜する。その上、タカリー家に協力する冒険者は間違いなくゼロになる。じゃがアイツ等はのうのうと生き続けないか?」



「彼等は貴族ですよ?まず間違い無く強硬手段に出る筈です。そして、それを自分の目で確認するでしょう……。スカリーさんの時がそうであった様に。でも……ダンジョンでの自己防衛は貴族のルールが届かない範囲ですよね?相手がモルダーさんなら負けないでしょうし。僕の隠し玉を使えば、安全面は今の所人間相手には100%ですから……」



 僕には隠し玉……スライムが居るのだ。


 小さいサイズにして護衛につければ、人間程度ならお得意の水魔法で窒息させられる。



「それに今は敵討ちより、アユニ達を冒険者にする事を優先しましょう……事を焦って失敗したら元も子もないですし」



「ガルム……わたしもヒロに賛成だ。アタイ達の冒険者仲間に危害を加えたんだ……。確実に始末しなけりゃ、わたしは気が済まない。出来ればタカリー家を潰すぐらいの方法でね!!」



 レイラは僕と同じ考えの様で、彼等だけでは無くタカリー家と言う貴族そのものが、帝国の歴史から名前を消して欲しいと思っている様だ。



 皆に詳細は話していないが、悪辣貴族を潰すのは簡単だ……


 もっと権力と仲間がいる悪辣貴族に、彼等が欲しがる賄賂を贈れば間違い無く叩き潰してくれる。


 その賄賂の個数が多ければ多いだけ、一時的な仲間を確保できる。



 悪辣貴族にとって必要なのは、他者への体面だ。


 豪華で見栄をはれる物があれば、自分の手助けにならない貴族などすぐに切り捨てるだろう。



「さぁ、今か彼等を無視して先に向かいましょう……この三人はギルドで他の冒険者に馬鹿にされたんです。其れの憂さを晴らすのも、僕とすれば現在の目的ですから……『誰よりも優れている』と見せつける為には今日中に終わらせておかないと……」



 僕がそう言うと、ガルムは……『むぅ……仕方が無いな……そもそもお前の監視をする様にギルマスからは言いつかってるからな……』と不満そうな口調で言った………



 5階層には銅級資格を持っている冒険者と、ギルドミッションである交換アイテムであるマジックリングを求めた冒険者が居た。



 前者は、既に交換を終えて自分のレベル上げに励んでいる。


 後者は、僕達より前に昇級試験を開始した冒険者で、誰一人として面識はない。



 上の4階層では稀に4匹程度の群れが通路にも居たくらいであったが、5階層は最低4匹の魔物が群を作り通路に居る。



 魔物レベルこそ上の階層と然程変わらない。


 だが、群れの中の個体数が増えた5階層は、明確に難易度は上がっていると思える。



 しかし、落ち着いて戦い背後から挟み撃ちされない様にすれば、通路でも敵の数を多く狩れるこの階層からは、考えようによっては経験値が稼ぎやすそうだった。



 僕達は雑談しながら、先頭をアユニに任せて通路を進んでいた……



 アユニが新たに湧き出た敵を見つけては、ホブゴブリンの頭を片っ端から吹っ飛ばすので、近距離で戦うメンバーは皆暇をしていた。


 だから雑談になったのだ。


 アユニがここまで魔法を行使していたのは理由がある。


 水魔法レベルが上がるにつれて、魔法の威力と射撃速度そして命中制度が上がるので、どうやら戦うのが楽しくなってしまった様だ。



 しかしアユニのMPが底をついて、魔力回復薬も無くなった時に問題が起きた。



 僕の感知に、魔物12匹とそれに挟まれた人間らしき6名の反応があったのだ。



 しかし僕の場合、感知エリアがレックやレイラより広い様で二人はまだ異変に気がついていない。



 地図を見ると今いる通路の先には十字路があり、その付近にいた冒険者は何をどうやったのか挟み撃ちにあっていた……



 十字路の様な通路が合流する部分は、前と左右の最悪3グループの魔物の群れと鉢合わせする恐れがある。


 充分注意して確認しながら進むか、感知を使い投石等で魔物を釣って引き寄せる必要がある。



 主には後者を選ぶ冒険者が殆どだ。


 無理に進んでリスクを抱え込むより、退路を確保しつつ連戦する方が絶対に安全な為だ。



『くそ!!……逃げ道が右から合流してきたホブゴブリン共に塞がれた!!」



『だから言ったじゃねぇか……矢で撃ち殺そうって!!』



『今更遅いだろう!?……文句言う前に前の死にかけにトドメを刺せよ!』



『喧嘩してる場合じゃねぇだろう………おいおい!!マジかよ……背後から何か近づいてくる音がしねぇか?……まさか新手じゃねぇだろうな?』



『マジか!?……いや……ちげぇ!!助かった……この音は冒険者達だ……ホブゴブリンの新手の湧き出しじゃねぇ。』



 僕は念話で風っ子に頼んで、現場の音を風に乗せて運んで貰う……


 そのおかげで、この先にいる冒険者達の状況が非常に切迫していると分かった。



「お!?ダンジョンの中に風?………急になんじゃ……このエリアは外でも無いのに?……全員、念の為に武器を取れ!!」



 風っ子の起こした風をその身に受けて、ガルムはすぐに何かを感じ取った様だ。


 ダイバーズのリーダーだけあって、非常に優れたアンテナを持っている様である。



 僕は感知を持たないガルムへ、状況の報告をする……



「ガルムさん!これは僕の魔法で、遠くの音を拾う魔法なんです……。ここから先に冒険者が数人居て、魔物に挟撃されてます……。もうかなり危険な状態の様です。僕は一足先に行きますので、三人の面倒をよろしくお願いします!」



「ま……待て!何が何だか儂には!!ちゃんと説明をして…………おい!?………ヒロ!!」



「ちょっと待てヒロ……くそ……またか……。ギルマスが見張りをつけるわけだ……おいガルム、俺も行ってくる!!」



 レックはガルムにそう言うと、僕の後ろについて走り出す。


 瞬歩を使えば到着は早いが、駆け出しの僕が参戦すると後々面倒な事になると思い、後をついて来たレックの力を借りる事にした



「レックさん!ここからでも、もう感知で冒険者を拾えますか?」



「ああ、ヒロ大丈夫だ!俺は右の2匹をダガーの投擲で倒す。お前は左の2匹を仕留めろ!間違っても冒険者をミンチにするなよ?」



 そう僕が言われた時には既に、冒険者を挟撃中の魔物が魔法の射程範囲に入っていた。



 レックも投擲すると言った以上、射程範囲なのだろう。



「お前等、前の敵に集中しろ!後は俺達が仕留める!」



 レックは見知らぬ冒険者にそう言うと、襷掛けにしている革ベルトからスローイング・ダガーを2本抜き半身の体勢から、魔物目掛けて投げ付ける。



『ドス………ザシュ……』



 見事に投擲用の特殊ダガーがホブゴブリンの頸椎に突き刺さると、魔物は糸が切れた人形に様に崩れ落ちる。


 レックは見事に、首から繋がる下半身の神経を切断した様だ。



「やりますね!レックさん!」



「褒めてる場合じゃねぇ!ヒロはさっさと残りを殺せ……じゃねぇとアイツ等の背中がガラ空きだ!!」



『ウォーターバレット!!』



 僕は魔物の背中目掛けて魔法を撃ち込む……



『ザス!………ズシャ!………』



 背中に深く刺さった水弾は『ボフン』と鈍い音を立てて、ホブゴブリンの中で破裂する。


 するとホブゴブリンの背中から胸部に向かって、大きなトンネルができた……



「ぐぎぃ!?ナンダコレは?………ガハァ……」


「ゴフゥ……ガ!?ギ!?ギエェェェェ!……グガァ……」



 ホブゴブリンが突然トンネルが出来た胸部に慌てるが、心臓が無くても生きていられるゴブリン種は居ない……


 もう1匹も断末魔をあげて、その場に崩れ落ちた……

 

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