第838話「モルダー・クリプティッド」


『モルダー目線……続編』



 ハリスコの真意を知ったのは、モルダーが成人してからだった。


 モルダーの成人祝いの席で、泥酔した父を気遣う『新しい母の言葉』でそれを彼は知る事になる……



 モルダーを迎える数週間前にハリスコは遠征をしていた……身重な妻を連れ添ってだ。


 当然ハリスコは、妊娠をしている妻を連れて行く事など猛反対した。



 しかし妻には不思議な力が備わっていた……魔物の気配を探り、襲われる前に知り得る事ができたのだ。



 当然冒険者にして見れば『感知』だとわかる。


 だが商団の妻がそれを持っている事など不釣り合いだった。



 妻は冒険者としての経験などない……残る可能性であるのが、生まれ持っての特質『ギフト』だ。



 妻はそれを商団のために役立てていた……遠方に行くとなれば尚更だ……


 そして事故が起きた……結果から言うと、妻は出産の最中に死んだ……そしてハリスコの子供も死産だった……



 魔物に襲われなくても人間には死が付き纏う……『出産は生死を伴う』行為だ。



 それは異世界でも何処でも同じだった……現代医療がある訳でも無く、そして不衛生な外での出産。


 遠征のため産婆さえも居なかったのだ……


 打ち拉がれたハリスコは生活が一変し、妻子を失ったことから酒に溺れた。



 あの日は酒場で大暴れして追い出された帰りに、奴隷用鉄格子に入れられたモルダー達を見つけたのだ……


 そしてモルダーとスカリーの運命は、ハリスコのその行動で大きく変わった。



 本来得られるはずも無い幸せを、彼等は傷心中のハリスコがいたお陰で手に入れた……モルダーは6歳、スカリーが5歳の冬の出来事だ……



 ハリスコが王国へ遠征した後、モルダーは彼が帝国で築いたもの全てを結果的に引き継いだ……


 彼はそれが息子の役目であり、父がいつの日か戻るだろう帝国の家を守って行くのが、長男の役目だと思ったからだ。



 ハリスコは自分の息子モルダーへ課題を与えた……モルダー自身の商団を作ることだ。



 仲間と共にその商団を大きくするのが目標であり、親に頼らず生きていけると言う『自立の証』を見せる事だ。



 モルダーは父の意志を受け継ぎ、貴族の圧力に屈しない武器商人をモットーとした。


 そして王国へ向かう養父の商団名を使えないモルダーは、新たに『牛鬼組』を作るに至った。



 ギルドの手始めの方針と行動としては、養父ハリスコの様に、数居る冒険者を自分達の味方につける事だった。



 モルダーは養父の商団販売用武器を手に入れるために、ダンジョンを闊歩する必要がある。


 だからこそ、仲間達を見つけてパーティーを組み、冒険者の登録をしていた。



 その時『ギルドがこうあれば自分はもっと助かった……』と言う経験を生かす為に、ギルドマスターのテカロンにギルド内での販売許可を直談判した。


 その上でギルドの実益を損なわない事を約束し、初心者のみを限定とした計画を話し、彼等の育成を買って出たのだ。



 結果、その計画は大成功……他の街のギルドにも支部ができるにまで至った。



 結果的に『牛鬼組』は、帝国でその名を知らぬ者はいなくなった。



 それを確認したハリスコは、自分の義理の息子が大成した事を心から喜び、心置き無く王国に旅立ったのだ……



 しかしハリスコさえ予想していなかった事件が起きた……



 モルダー達の行動は、金にうるさい貴族のタカリー家の愚息ブーンとボーンの注目を買った。



 タカリー家の長男ブーンは事もあろうか、モルダーと共に育ってきたスカリーに目をつけた。


 彼女を堕とせば牛鬼組がそのまま手に入ると思ったのだ……当然スカリーの立ち位置は正妻ではなく、側室の座なのは言うまでも無い。



 ちなみにスカリーもモルダー同様、目に入れても痛く無い愛娘のように扱われていた。


 ハリスコの娘とも言われていたので、詳細を調べる知能も無いブーンが相手では、勘違いも当然だろう……



 ハリスコが彼女を、自分の実子にしなかったのには大きな理由がある。


 スカリーを娘にすれば、モルダーは将来的に彼女を嫁として迎えられなる……


 だからハリスコはスカリーを娘にせず、モルダーのそばに置いたのだ。



 これは寄り添う幼い二人を見て、ハリスコが考えた将来設計だった……



 しかしながら事はうまく運ばない……


 当然ブーンの求愛を断ったスカリーは、事ある毎に嫌がらせを受けるようになった。



 悪漢を雇い、モルダー達の努力の結晶である『牛鬼組』の商売の邪魔は勿論、時には悪漢を使い武器集めの邪魔までしてきた。



 その結果モルダーは、ブーン達が雇った悪辣冒険者の凶刃を受けてしまい、冒険者として一時休業を余儀なくされた。



 怪我でダンジョンへ行けなくなったモルダーに変わり、スカリーがダンジョンへ潜るようになったのはその時である。



 幼い頃から二人は一緒に行動しているだけあって、スカリーも最低限は戦える。


 だがスカリーはモルダーと同じ銀級冒険者ではなく、限りなく銀級に近い銅級なのだ。



 そのスカリーは、牛鬼組への武器収集依頼を受けてモルダーの愛用する両手剣の片方の武器を持ちダンジョンへ潜り、その姿を消した……



 モルダーは自分の代わりを務める彼女の無事を祈り、冒険者の命とも言える自分の武器を彼女にプレゼントした……


 それがモルダーが出来る精一杯のことだったからだ。



 しかしその依頼を最後に、ダンジョンから出た彼女の姿を誰も見ておらず、行方さえ分からなくなった。


 そして調べる手段さえ無かった……その依頼主さえ『偽名登録』だったのだ。



 何故行き先が分からないのかと言えば、依頼主の持つパーティーへの参加が条件だった為、牛鬼組のメンバーでさえ向かった場所を知らないのだ。



 モルダーはギルド職員に依頼主のダンジョン行程表を書き写して貰い、パーティーメンバーと共にその階層へ何度も探しに行った。


 だが何一つ形跡は掴めなかった……それどころか、そもそも彼等をその階層で見た冒険者さえ居なかった……



 大きい問題になったこの事件以降、モルダーはスカリーが持っていた武器を持つブーンを疑う様になった。



 しかし、その武器が本当にスカリーの持ち物だと言う証拠は無い……


 だがスカリーが失踪時期とブーンが得た時期が合致するのだから、疑うのはある意味仕方ない事である。



 そして今日、その手がかりをようやく掴んだかもしれない……


 ほぼ駆け出しに近い冒険者達が言った『スカリーに似たゴースト』……という言葉だ……



 モルダーは絶望にも近いその気持ちを胸に、そのゴーストを捜す……



 ◆◇



「はぁはぁ……もうすぐだ……あの角を曲がれば………!?…………い………居ない?………この周辺で誰かを襲っているのか?……くそ!」



 モルダーは南側から中央エリアの大部屋を覗き込む………



「いねぇ………何処だ………スカリー……お前なのか?……答えろ!!スカリー!!………頼む………頼むから……お前じゃ無いと言ってくれ………」


『モルダー目線……終わり』


 ◆◇


「く………モルダーの阿呆はどの経路で向かったんじゃ!!………レック、レイラ感知には何か見当たらんか?」



「無いよ!!なりふり構わずダッシュしたみたいだね………あの馬鹿………。スカリーの事になると、全く何も見えなくなるんだんだ……」



「ガルム!俺の方も何もねぇな……アイツ武器以外は荷物を全部安全部屋に置いて出たから、万が一の時はヤベェぞ?流石にゴースト相手に鉄剣ぶん回しても意味がねぇ!!」



 ガルムの問いかけに、レイラとレックがそう叫ぶ。



 僕達は大部屋南部に向けて走っているが、向かう道は一本では無い……


 大部屋外周を真っ直ぐ向かったのであれば、ある程度の距離ならば感知に反応する。



 だが別の部屋を経由してショートカットしたり、万が一そのゴーストを見つけて追っかけた場合、その限りでは無い。

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