第818話「女性冒険者マナカ・グリー」


 一歩一歩近づく度に、僕は動悸が激しくなる……



「はぁはぁ………グス…………嘘だ………!!悪い夢だ……悪夢に決まっている……ぐぅ………僕が………僕があんな場所で戦闘訓練なんかしなければ……グス……」



『ヒロ、落ち着いてその目でよく見なさい!それはマナカではないわ。駆け出し冒険者ではある様だけど彼女ではないのよ!貴方に彼女の声の風を届けているのに、何故それを聞かないの!!』



 風っ子の必死な訴えに気がついたのは、遺体の前に立ち確認する直前だった。


 遺体はひどく損傷していたが、マナカと確実に違う点があったのだ。



 革鎧やグローブなどは初心者装備なので、誰しも大差変わりは無い。


 だが中に着ているインナーは人により違いがある。



 単なる布服である場合と、防具扱いになる丈夫な革製装備である革の服の場合だ。


 前者が現在骸になっていて、後者をマナカは装備していたのだ。



 駆け出し冒険者は見栄を張る為に、武器などの装備にお金をかけがちだ。


 だがマナカは、自分へのダメージ軽減を重視して防具を充実させていた。



「マ……マナカじゃ……無い!?………!!………こ……これは……他の冒険者!?………」



 不謹慎ではあるが僕がそう言うと、風っ子の声が念話として届く……



『漸く気がついた!?……私は何度もそう言ったのに!!……あのイーブルブラウニーという魔物は、迫害にあった記憶が強く残ってるの!その記憶が『殺意』をより強くしてるのよ』



 風っ子はそう言うと、更に言葉をつけくわえて遺体は置いて先を急ぐ様に言った……


 僕はこの遺体が誰であっても、あんな残虐な魔物がいるこの場所にはとても放置など出来ない……と言う感情に襲われる。



 そんな甘い僕に、風っ子は手厳しい指摘をする。



『今は諦めて遺体の回収は後に回しなさい。貴方は甘いからこの遺体を担いで行く気でしょう?でもそんな事をすれば、間違い無くこの冒険者と同じ目に遭う人間が増えるわよ?』



『そうね。厳しい様だけど風っ子の言う通りよ?……ヒロ……貴方は生きている人間を守る為に、あの魔法陣を通って此処まで来たんでしょう?貴方は感情に負けて、本来の目的を完全に見失ってるわよ?』



 僕は、二人がそう言う以上何か理由があると察して、感知でマナカ達が居る場所を探す……


 前より魔物の密集度が増して、マナカ達の生きている証である人間達の表示がより小さくなっている。



 そして魔物の囲みの後ろに、一際大きい魔物の反応を見つけた……


 精霊達は、その存在のことを危惧しているのだろう。



「く!……悔しいけど二人の言う通りだ。このままでは被害は増す一方だ……」



 マナカでは無かったものの、他の冒険者で良かったとは決して思わない。


 この人にも家族や友人は居たはずだし、下手すれば先に冒険者になったマナカ達の友人かもしれない。



 そう思いつつ僕は、精霊の二人にそう言う。


 そして骸に手を合わせて、弔いの言葉を言う……



「……今は此処に置いて行くことを許してほしい……。助けられずに本当に御免なさい。今から僕は……まだ救える命を助けに行くから……。君の事は後で必ず皆で迎えに来るね……」



 そう言ってから、僕は部屋の隅へ向かって全力で走った。


 

 ◆◇



『マナカ目線』



「ぐ…………ゲホゲホ……ふぅー……ふぅー…………ゲホゴホ………」



 マナカは肩で息をしながら、足元に転がる仲間の遺体に目をやる……



「くそ……アンタの怨みはアタイが晴らしてやるからな!!絶対だ………ゲホゲホ……」



 マナカはそう言うと、仲間へ指示して遺体を背後に運ばせる……



「く!……マナカ!!もう下がって!!その傷じゃ……もう戦えないわ!!」



「大丈夫!アサヒ……心配しないで……まだ……まだあと少しは戦える……ゲホゴホ……はぁ……はぁ……」



「無理だよ!マナカ………お願いだから!!もう下がって………」



 マナカは仲間を救う為に、多くの攻撃を受けても尚、前衛を買って出ていた。


 彼女の他にもタンクである冒険者は前衛で戦っている。


 だが、その多くの冒険者に指示を出していたのは、スパルタ特訓に遭っていたマナカだった。



 マナカに指揮の経験などは無い……


 だが学んだ記憶を基に細かい指示を思い出しつつ、それを実践に落とし込んでいた。



 だが、そんなマナカも限界が近かった……その証拠にアユニの言葉に返事が出来なかったからだ。


 彼女は答えなかったのでは無い……『答えられなかった』のだ……



 そして自分のHPが残り少ないのは既にわかっている。



 傷薬はもう無く、アサヒとアユニの回復も期待出来ない。


 二人は既に、多くの冒険者を回復させていたのだ。



 そして『マナカの今の傷を見ても回復できない』となれば、MPが既に回復魔法の分も無い事など想像がつく。



 彼女は最後の力を振り絞って、大声を放つ。



 その理由は、この異空間である『特殊部屋』で新たに得たスキル『咆哮』を使う為だ。



「前衛のタンクども……自分に負けるな!アタイ達が死んだら全滅だ!いいな?死んでもこの場を引くな!!」



「「おおおおお!!」」



 マナカの叫びは全員の士気を上げて、恐怖を振り払う……



 アサヒもアユニも自分の持つ武器を構え、マナカの背中を守る為に戦闘の準備をする。



「マナカちゃん!背中は任せて……私達が何としても守るから!!」



「アユニの言う通りよ!私も頑張って貴女の背中を守るわ!マナカ……貴女に出会えて本当に良かったわ………」




 アユニとアサヒ言葉を聞いたマナカは、敵の攻撃に備えて盾を前方に構える。



「来るぞ!!あんな魔物になんかに……絶対に負けるな!!ゴブリンもどきを殲滅しろぉ!!」



「ゲヒャヒャヒャヒャ!!ニンゲン!頑張ったがお前達はもう終わりだ!!」



「クヒヒヒヒ!!そうだ終わりだ……我らが主がお前達を喰いに来たからな!!ゲヒャヒャヒャヒャ!!」



 割と高い知恵を持つイーブルブラウニーは、今のマナカ達にとって最悪な言葉を発した。



 耳を疑う言葉……『我らが主』と言ったのだ……



 そして戦闘をしている彼等の目にその絶望が映る……



「私たちは負けない!今此処で死んでも………仲間が絶対にお前達を………うぅ………ゲホゲホ………」



「ゲホゲホ………ゴホ…………ゲホゲホ……」



『ガラン………ガランガラン……』



 マナカは、出血の状態異常でダメージの限界を迎えてしまい、吐血する……



 そして自分の役目である、敵の攻撃を防ぐ為の盾を落としてしまった。



「ゲヒャヒャヒャヒャ!ニンゲン限界か?俺達の仲間を沢山殺しやがって……次はお前が死ぬ番だ!!ぐひゃひゃひゃ……死ねぇ!」



『ガキン!!』



 マナカとイーブルブラウニーとの戦闘に割り込む様に、アサヒが武器を盾代わりにしてその攻撃を防いだ。



「マ……マナカに触るなぁ!」



 マナカはアサヒの声を聞くと、既に限界を迎えて意識朦朧とする中、彼女の襟を掴み最後の力を振り絞って後方へ放り投げる……


 そしてマナカは、全ての力を使い果たして、その場に崩れる様に座り込む……



「………はぁはぁ………アサヒ……ちゃん……逃げて………。ゴホゴホ……。最後まで逃げ続けて!!………絶対に………ヒロさんとガルムさんが来るから……」



「クソ人間め!!まだそんな力が残ってたか!?……まぁいい……チビ女!!お前達はまだ元気だから後回しにしてやる……今はこの女を引き裂いて喰らっ………『スパン!!』……プペ!?…………」



 マナカは死ぬと覚悟しつつも、目の前の敵を睨みつける。


 彼女が今できる最後の手段だ……



 しかし敵が話している最中に、マナカの目の前で突然顔面が斜めに裂けて、ズルッっと落ちる……



 そして敵は『ドチャ』っとその場に崩れると、次の瞬間マナカの頭上から冷たいナニカが降り注ぐ。


 マナカがその液体がポーションだと気がつくには、たいした時間は要らなかった……



『マナカ目線終わり』

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