第817話「魔法陣と試練の部屋」
僕は更に焦りを覚える……
あの3人と他の冒険者が引き摺り込まれた特殊空間で、もしも惨劇が起きていたらと思うと、焦らずにはいられなかった。
僕が此処でレベル上げをしようと言わなければ、間違い無くあの3人は巻き込まれていないからだ。
『く!!……コイツを倒して転移魔法陣を奪取して救出に行かないとならないのか……それもかなりの魔物がコッチに出てきているって事は、向こうにもまだ多く存在している恐れがあるって事じゃ無いか!』
僕はそう思い、足で踏んでいる魔物にトドメを刺す。
そして魔法陣を見ると、赤黒いかった色が薄みがかった紫に変わっていく。
「ガルム!!見てみなよ……ヒロが倒した部分の魔法陣に変化があっったよ。どうやら色が変わったよう……ってオイ!!ヒロ……何をしてるんだい!得体が知れないんだから、迂闊に魔法陣に近寄るんじゃ………」
レイラがそう叫ぶが、僕は構わず魔法陣に足を踏み入れる。
「今すぐヒロを止めるんじゃ!レック!」
「駄目だガルム……間にあわねぇ!」
僕はガルム達に詳細を伝えずに、魔法陣の形をしたゲートに足を踏み入れた。
その理由は簡単だ……
この部屋にはまだ沢山のゴブリンに加えて、イーブル・ブラウニーと言う新種の魔物がいる。
パニック状態にある駆け出し冒険者を守る役割は、ギルマス一人では手が足らないのだ。
そして向こうは、ゴブリン退治がやっと出来る程度の駆け出し冒険者しかいないのだ……
ならば優先順位は自ずと決まる。
此処は任せておける『ダイバーズ』がいるのだ、彼等は中層で生き残るだけの力量がある。
僕を化け物扱いしながらも、魔物が闊歩する中層域10層を走り抜ける実力があるのだ。
ならば雑魚エリアでしか無いこの場所で、駆け出し冒険者への的確な指示などは間違い無くできるだろう。
僕が魔法陣に踏み込むと『ブィィィン……』と音が鳴り、耳が圧迫される感覚がする。
飛行機で飛び立つ時に似ている……耳が詰まる感覚だ。
そして僕から僕は、ガルム達の目の前から特殊な空間に移動した。
◆◇
…………………ブィィィン……………………………
異空間の部屋に音が響き渡る……
僕は魔法陣でガルム達が止めるなか、特殊空間に移動した。
しかしその場所には、既に3人の姿はなかった。
慌てた僕は周りを見回すが、辺り一面魔物が犇いている……数からして長時間この部屋で、駆け出し冒険者が無事でいられる数では無い。
そして目の前には彼女達が必死に戦った痕跡が見られる。
数匹の魔物の屍骸が横たわっている。
魔石さえ回収されず遺骸は放置されている。
そして、そこから点々と血が続いている。
「くそ……怪我をしてる……襲われたんだな……」
「グエェェェ!人間め!我々の巣に乗り込んで来るとは忌々しい!!しねぇ………」
「生かしては帰さんぞ!!」
「目玉は俺が喰らう……お前達に奪われた俺に目の代わりになぁ!!ゲッゲッゲ!!」
『ザシュ!』
僕は『非常に邪魔だ……魔物避けのタリスマンを出すか?』と思いつつ、無言でその魔物供を斬り払う。
しかしタリスマンを出せば間違い無く、彼女達の方に魔物を押しやることになる……
最悪の結果に繋がる未来しか予想出来ないので止めることにした。
僕は魔物を駆除しながらその跡を追い進むも、魔物がその痕跡の上を何匹も歩いた様で、途中から行き先が不鮮明になっていた。
焦る僕に、何処からとも無く3人の声が聞こえ始める……
『く!!アユニとアサヒは怪我人の手当てを!私が攻撃を防ぐわ……』
『マカナ!?無理はダメよ………この数じゃ、とてもでは無いけど……今はパニックを起こした冒険者の対処が優先!絶対にヒロさんとガルムさんが駆け付けてくれるわ!』
『そうよマナカ……アユニの言う通り!ヒロさんとガルムさんなら何とかなるわ……絶対に………』
その状況に非常に慌てて、僕は大きな声で叫ぶ。
「アユニ!アサヒ!マナカ!無事か!?何処に居る?答えてくれ!!」
彼女達は生きている?と思った事でとった行動だったが、完全に悪手だ……
僕が大声を発した事で、魔物を引き寄せる形になったからだ。
『慌てないで!!……貴方に聞こえる様に風の伝達を使ったのよ。ひとまずは身の安全を確保しなさい!貴方が魔物を引き連れて行ったら死ぬのは彼女達よ?』
風っ子は冷静に判断して僕の元へ彼女達の声を届けてくれた。
どうやらこの特殊空間でも、精霊は問題なく出入りできる様だ。
僕はひとまず、大声で寄せてしまった魔物の群れを駆除する事にした。
『ウォーター・バレット!!』
『ザシュ……ドドドド………バン………バババン………』
水弾は敵に当たると弾けダメージを大きくする。
そこに今度は水槍を放り込む。
『ウォーター・ジャベリン』
『ドス………ドパン!!……ドス……ドス………ドパン……ドパン……』
ウォータージャベリンが刺さった敵を中心にして、周囲へ弾ける。
その衝撃波は周りの敵も巻き込んで、ダメージを与える。
致命傷では無いが、恐怖を植え付けるには充分なダメージだ。
「ギヒィィィ………」
「ギェェェ………」
悲鳴をあげて死ぬイーブル・ブラウニーを見て、周りの敵は後退り逃げていく。
「くそ……逃げた……先に彼女達が居たら………」
『落ち着きなさい。焦りは油断を生むわよ?そもそも貴方には感知があるじゃ無い!何故それを使わないの?慌てるより先にする事があるでしょう?』
水っ子が僕の水の祭壇を使い化現すると、僕を諌める様にそう言った。
僕は反省するしかない……
感知は魔物の他に『人間』も感知できるのだから、水っ子の言う通り落ち着いて感知すれば良かっただけなのだ。
急いで感知をすると、部屋の隅に固まる様に人間の反応が複数あった。
どうやら逃げた結果、全員が同じ方向に偶然逃げたのかも知れない。
僕は立ちはだかる、無傷のイーブルブラウニーを斬り払いながら急いでその方向へ向かう……
しかし逃げ惑う魔物は、この後襲ってこない限り無視する事にした……
「邪魔だどけ!退くならむやみに殺したりはしない!!……」
「グゲェ……人間が居る限り俺達は戻れない!」
「穢れを吸い苦しむのはウンザリだ!死に絶えて居なくなれニンゲン……」
此処のイーブルブラウニーはゴブリンに毛が生えたくらいの強さだが、かなり数が多い。
ブラウニーは、家のお手伝いの妖精と聞いた事がある……
なのに、こんなに大量に穢れを保持した魔物としてダンジョンに湧くのは、何か理由があるとしか思えない。
僕はその事を考えながら突き進んだ為に、敵である魔物に情けをかけてしまった。
その行動や考えが、非常に甘いと思い知らされる事になるとは思いもせずに……
そして、それは突然現れた……
多くのイーブルブラウニーが群れを作り、ひたすら何かに向けて武器を突き刺していたのが見えた。
そこに横たわっていたのは髪の長い女性の冒険者で、使い込まれた皮製の初心者用装備に身を包んで居た。
死んで尚その冒険者は、イーブル・ブラウニーに斬られ続けていたのだ……
「………マ………マナカ!?………………嘘だ!!…………嘘だ!!………この外道どもが!皆殺しにしてやる!!」
『ウォーターバレット!!』
僕は怒りに身を任せ、目に見える全てのイーブルブラウニーの頭部をピンポイントで破壊する。
恐怖で慄き、逃げ惑うイーブルブラウニーさえも、背後から例外なくトドメを刺す。
「うぉぉぉ!!マナカがお前達に何をした!!ふざけるな!」
『ウォーターバレット!!!』
僕は死屍累々のその場を、避ける事もせずに踏み付けながら冒険者の遺体に向かって歩いた。
僕の目には、イーブルブラウニーの死骸は映らず、ただ一人その場に横たわる冒険者しか映らなかった……
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