第745話「力の行使とその代償」


「エルオリアスさん……アレは一体……」



 僕はエルフレアの現状について同族のエルオリアスに聞く……


 エルフレアは見た限り完全に無防備な状態なので、もし危険な状況ならば放っておく事はできない。



 小さい方のアクアパイソンを護衛に置く必要があるからだ。



「精霊力の枯渇です……化現した古き精霊は力の解放を条件に現世において『精霊力』を要求します。古き精霊にとって、その力を得ている間だけ、この世界との繋がりが唯一感じられる瞬間だと言っていました。私も過去に一度同じ経験をしています」



 するとエルデリアが、何もわからない僕たちの為にその話に注釈を入れてくれた。



「エルオリアスが経験したと言うのは、武器を携帯する事を許可された時に行う儀式の様な物です。精霊種はお互いの相性が合わない限りは力は引き出せないので……。エルフ族では、その特有の武器を扱う事が出来て初めて、近衛隊の隊長になれます」



 そう言ってエルデリアは緑色の杖を取り出す。



「これが私の持つ武器で『クヌムシルヴァヌスの祭器・黄金のアモン角のマジックスタッフ』と呼ばれる杖で、エルフレアと同じ様に私も古き精霊を呼ぶ事ができます」



 そう言って、エルデリアはマジックバッグから黄金の角飾りが付いたスタッフを取り出す。


 うっすらと緑色の光を発するそのマジックスタッフは、使用者を限定する装備の様で一目見て僕には扱えないと実感する。



 そう話してからオルオリアスは、僕の質問にあったエルフレアの状況を細かく説明してくれた。



「ちなみにあの状態では、如何なる攻撃もエルフレアのは効果がありません。当然魔法も含まれます。彼女は今精霊の身体を持ち『超速再生』と呼ばれる状態で表層を炎の精霊が覆っているのです。その理由は、精霊力の補充の他に中のエルフレア自体が回復中だから……と言う理由もあります」



 エルデリアの追加の説明では、エルフレアはあの高熱の中に居たので大怪我を負っていた。


 精霊の力を持ってしても、完璧に術者を守り切ることは出来ないらしく力を行使し続ければ、いずれ術者は死ぬと言う。



 そんな状態になるのにも関わらず、何も言わずに力を行使してくれた様だ。



「話の途中で悪いんだけどねぇ……これ以上悠長に話をしている暇はなさそうだよ。奴等はアタイ達のみを狙っていやがる……」



 エクシアの指す方向を見ると、マザー種の3匹は僕達の方へ向けてただひたすらまっすぐ向かって来ていた。



「多分仲間が死んだ事で、相当キレてるみたいだよ。表情なんかは虫だから読み取れないけど、あの一直線にこっちに向かってる様を見ると、そうとしか思えないんだ………」



 エクシアの言う通り、テイラー達の方には目もくれず一直線に来ているので、もし仲間を失ったという感情があれば怒りの為だろう。


 そうでなければ単純に、フロアガーディアンとしての防衛反応でしか無い。



 化け物3匹にしてみれば僕達の居る場所は大した距離では無いが、外骨格内部から出した個体が行く手を遮ってしまっている。


 そのせいでマザー本体との直接対決までには至っていない……何か手段を講じるなら今のうちだ。


「確かに言う通りですね、今ここで話している場合では無いでしょう……。エルオリアス貴方は『イシュチェルのムーンアサメイ』を使い右のマザー種をお願いします。私は中央を倒します」


 エルオリアスの持つ武器は、イシュチェルという古き月の女神を宿した、月の儀式短剣というモノだった。


 鞘から取り出すと、それは青白い光を放ち不思議な文字が浮かんで見える……



 儀式用の短剣と言うだけあって、特殊な効果があるのだろう。



「エルデリアよ了解した!太陽のエルフ族エルフレアが底意地を見せたのだ!月のエルフが尻尾を巻くわけにはいかん!!」



 そう言うと、エルオリアスは儀式用の短剣で自分の掌を切り裂き、発動条件とも思える言葉を唱える。



「月の女神イシュチェルよ。我は月のエルフがエルオリアス、月を祀る氏族の信奉者なり……。敵を滅する力を我に与えよ、我は代償として血肉を捧げる!」



 エルオリアスがそう言うと、周囲が氷結していく……


 氷の上にはアサメイ(儀式用短剣)に浮かび上がっていた文字が其処彼処に浮かび出る。



 エルオリアスがその氷に閉ざされ、再度現れた時には氷の毛皮の様なモノを纏っており、まるで氷で出来た魔物の様になっていた。


 しかしよく見ると、氷の部分は毛皮だけではなく体の各部位に及び、既に肉体まで侵食していた。



「エ………エルオリアスさん……身体が氷に………」



「あんたなんて馬鹿な事をしたんだい!!フロスティを化現させるなんて……たとえ戦い終わっても、腕も足も氷になっちまったら………二度と剣は振れないじゃないか!!」



 エクシアの言うフロスティとは『ジャック・フロスト』の別称だ。


 某雪だるまが有名だが、そんな可愛いモノじゃない。



 顔こそエルオリアスのままだが、半分は既に凍結して氷の獣になっている。


 そしてエクシアの言う通り、身体の各所が変質し氷に置き換わっている。



 エルデリアの説明ではエルオリアスの氷は凍傷や壊死の類ではなく、フロスティの力の一つで対象を完全な氷塊に変えるスキルだと言う。


 今はエルオリアスがフロスティを化現させたので、身体の一部がフロスティになり今の様な状態になったと言う。



 エルデリアは説明を終えると、自身も何か呪文を唱える……



「この杖を作りし創造の神クヌムと、エルフへ齎した親愛なる森の守護精霊よ!我の肉体を使い化現し、力を貸し与え給え!!」



 そう言ったエルデリアの周囲には突如、蔦が地面から生えてくる。


 周囲に生えた蔦は、エルデリアを中心に球状になってあっという間に包み込む……



 そしてその蔦が枯れて落ちると、中からエルデリアが現れる……


 横に伸びた角が特徴的だが、それ以上にエルデリアの面影など無かった。


 エジプトの壁画にある羊の神様がそこに居た。



 エルデリアが前もって教えてくれた情報は、マジックスタッフを使って化現をさせられるのはクヌムという秘神か、力ある森の守護者たるシルヴァヌスという精霊のどちらかだと言う。



 だから今、エルデリアの身体に化現したのは、間違いなくクヌムという秘神だろう。



 ちなみに余談だが、エルデリア達森エルフを『森の』と略すところは、このシルヴァヌスを呼ぶ際の部分からとった言葉だと言う……それが太陽エルフと月エルフにも其々の呼び方として伝播していったそうだ。



「我はクヌムなり!エルデリアの願いにより馳せ参じた。我らが敵を討ち滅ぼそう………む?我の敵は虫か……かなりデカいな。だが所詮虫だ他愛もない相手だ」



 エルデリアの意識を既に感じさせないクヌムは、徐に手を前に振る。



 すると手に何も持っていなかった筈だがロープの様に蔦がのびていく。


 何かの動作の最中に、何もないところから蔦を出せるのは最早人知の及ばない領域だ。



 クヌムが蔦を天井の突き出た岩に絡ませると、ブランコの様にしてアーマー・マザーロックビートルの方へ向かう。



 既に残骸とかしたマザーロックビートルを足場に勢い良く飛び出したのだ。


 どうの様な操作をすればそう出来るのか分からないが、そのまま天井付近までまるで振り子の様な感じに大きく振られると、空中でクルリと回転して体勢を整える。


 それを迎え撃つべくマザー種が上体を起こし鉤爪を大きく振りかぶる……



「ギギーーー!!」



 マザー種が大きく鳴いた途端、僕達へ向けて雪崩れ込んでくるアーマー・ロックビートルの群れ。


 その様はまるで、土石流で流されてくる巨石群の様だった。

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