第622話「縄張り争い」


 二匹の龍の激突については、正直ジェムズマイン街に被害が及ばない場所でやってもらいたい。



 だが僕達は勿論、ゼフィでさえ急に襲って来た明確な理由もわからない……


 縄張りという概念は自然界では当然あるのだから、ゼフィランサスとエーデルワイスの縄張り争いであれば避けては通れない決定事項の様なものだ。



 しかし、今日初めて分かったことは、龍による強襲は竜巻や地震そして津波の様な自然災害に近いのだ……人間には何もできない。



 自然災害が起こす事象には圧倒的な破壊力がある。


 その殆どは、こっちが終わらせたくても終わらせることが出来ない事なので、収まるまで待つしかない。



 街中は既に逃げ惑う人でパニック状態だ。


 街の外には龍以外にも魔物の危険があり、だからと言って街は安全などでは無く既に龍の標的だ。



 住民は何が起きても良い様に、冒険者ギルドをはじめ各ギルドに逃げ込んでいる。



 すると動きがあった……優勢を得たゼフィランサスはエーデルワイスを平原へ放り投げた。


 そこから僕は衛兵が居る見張り台の方へ向かう……


 するとゼフィランサスとエーデルワイスは、取っ組み合いからの噛み付きの応酬をしていた。



 防壁前の人は、全員防壁内部へ直ちに収容される……


 ちなみに街の壁如きでは、あの取っ組み合いは防げない……硬い岩山は砕かれて、地面にはかなり深い傷跡が残っている。



 鋭く大きな爪で引っ掻く傷跡や、叩き付ける尻尾の応酬で払い除けた尻尾が地面を破壊して酷い有様になっている……



 村や街、村外の畑が無かったのは唯一の救いだろう。



 しかしエーデルワイスが一瞬の隙を見て飛び上がり、またもや空中戦になる。



 樹木を司る龍と言ったが、樹木であれば火に弱いはず……


 エーデルワイスにブレスを吹かないゼフィランサスは、街を火に包まない様に意識している可能性が大いにある。




 接近してはブッ飛ばす……その先をなるべく平原方向にしているからだ……


 だが、ブッ飛ばす先の『その平原の持ち主は僕』だ!!地形がどんどん変わっていく……もう辞めてくれ!!



 そうこうしているうちに、何故かブレスを吹かないゼフィランサスの弱みが『街』にあると気がついたエーデルワイスは、ジェムズマインの街の上で空中戦を仕掛けて来た。



 龍種の気配を持つ僕がその街に居る以上何かがあると感じたのだろう……



 戦いながらも街を見て、同じ龍種になった僕を観察しているのが見て取れる。



「鬱陶しいね!街の方に来るんじゃないよ!!いいかい?もしこの街に尻尾を一回でも叩きつけたら、お前の森全部ブレスで燃やすぞ!分かったな!」



「はん!何強がりを言ってんだ?ぶちゃけ街なんかどうでもいいんだろう?あの男だ!あの気配がやたら強い男だ!アレさえ抑えれば………お前はわたしには絶対に勝て……いてぇ!!……『何だ!?お前!?』なにもん………痛い!いてててててて!!」



「な!?何んでこんな空の……それもエーデルワイスの首に立つなんて……なんてところに!?違う!!今そんな事よりチャンスよね!そのまま掴んでなさい!!ブレスで痛めつけてやるよ……エーデルワイス!!………ってあれ?……あだぁ!!痛い!いたたたたた!」




 大きな声で争っているが、僕たちには何が起きているのか全くわからない……


 しかしナニカが現れたのは確かだ……二匹の火龍の慌てようは尋常ではないからだ。



 しかし次の瞬間に誰かすぐにわかる……念話で話したせいで全部丸聞こえだからだ。



 多分だが、体格が小さい上に、声も小さいので聞こえないと思ったのだろう……周囲の住民もざわつき始める……



『二人して何って……そんなのどうでもいいわ。貴女達二人はお兄ちゃんと私のお家のある街の真上で何してんの?……お馬鹿さんは!!向こうへ飛んでけ!!頭を冷やしなさい!』



 悪魔っ子が突然遥か上空に現れたかと思うと、エーデルワイスの首に跨って首根っこを掴む……手では無く魔力で部分的に掌握している様だ。



 『バキバキ』と音を立てて砕かれる『首部分の鱗』



 僕がエーデルワイスに狙われた瞬間、悪魔っ子はすぐに飛んできた。



 そしてその様を見てチャンスと思ったのか、エーデルワイスをブレスで火だるまにしようとするゼフィランサス。


 だが悪魔っ子は、街の真上で業火を吹こうとするゼフィランサスの首根っこを、同じ様に真上から掴んだのだ……



 二人の背後に現れた悪魔っ子は、強く握った魔力で首筋の鱗を容赦無く破壊しながら、二匹とも思いっきり地面に叩き付ける……因みにそこは『僕の領地の平原』だ。



 悪魔っ子の知り合いでもあるゼフィランサスは加減して投げた様だが、エーデルワイスは力の限り投げられたのか……切り揉みながらぶっ飛ばされて行ったのが地上から見えた。



『ドガン……』


『ゴシャ……ゴロゴロ』




『ねぇ?ゼフィさん。お兄ちゃんの奥さんなんだから、もっとしっかりして?幾ら怒っても負けちゃダメよ?圧倒的パワーで殴ってから、今みたいに地面に投げつければ済むでしょう?それにブレスは街も焼いちゃうわよ?『普通に投げること』しかできない私でもできるんだから!そうした方が早いよ?……マリンちゃんとお人形で遊んでたのに!!もう……邪魔しないでよね!』



 その『投げつけた』先が問題なんだ!!とは僕には言えない……


 何故ならばその『圧倒的パワー』で守ってもらったからだ……



 しかしかなり不機嫌そうだ……


 今度また二人様に何かお人形を買ってあげよう……お礼に……



 ちなみに投げた場所が遠いので、これまた念話で話しかける悪魔っ子だった……



 しかし空中に浮いてなければどこからどう見ても子供だが、その実力は封印されただけにやばい悪魔であることは間違いない様だ。



 全てが終わった……悪魔っ子は瞬間移動をする訳でも、ゲートで移動する訳でも無くふわふわと街へ降りてきた。



 僕の顔を見て『孤児院へ行ってきます』と言うのかと思ったら……



「あ、そうだ!案外丁度よかったかも!!お兄ちゃん、オルトスのお肉頂戴?孤児院でお誕生会やるの。だから特別なお肉を用意したいの!!」



 僕は食べきれそうな手頃な大きさの部位を2〜3個選んで、大注目を浴びる悪魔っ子に渡す……



「た……誕生日会か……じゃあローストするには大きさ的にもこれがいいかな?……」



「お兄ちゃん、ありがとう!」



 受け取った後真横にいた龍っ子を見て、丁寧に頭を下げる……



「龍っ子ちゃんお母さん投げちゃってごめんね。でもゼフィさんブレス吹こうとして、街が火の海になりそうで危なかったから喧嘩なら遠くでしてって投げちゃった……。絶対怒ってて見境無かったのよ?……」



 ぽかーんとする龍っ子を尻目に悪魔っ子は僕に話を続ける……



「あ!お兄ちゃん!今日は久しぶりのお泊まり会だから!真夜中でも帰れないの……明日の朝帰るね?じゃあ、いってきまーす!」



 悪魔っ子はゼフィとエーデルワイスの二匹をぶん投げてから、龍っ子に謝ったあと異次元を開き通路にして孤児院へ向かって行った。


 話の流れで知ったが、悪魔っ子は真夜中に帰ってきているそうだ……


 孤児院の皆が寝静まったのを確認して、安全確認と周辺に変なのが居ないか確認してから戻ってくる様だ……寝ないで済む体質なのかも知れない。



「パパ……私ショックだよ……ママより悪魔っ子ちゃんの方がすっごい強かった……世の中って広いね?」



「だね……でも龍っ子はママより強くなるんでしょう?だったら悪魔っ子位は目指さないとね?エーデルワイスさんもどうやらもう戦わない様だよ?『人型』になって、かなりビビってるみたい……」



 僕は落ち込んでいる龍っ子にそう言うが、本心ではない……


 悪魔っ子くらいまで龍っ子が育てば、この子は間違いなく封印対象でしか無い。



「そうだねパパ……ママも相当ビックリしてるみたいだよ……何が起きたかわからない様で、一応人化したみたいだね?」



 龍の大きさが変わった事など、遠くにいるため皆はわからない。


 だが僕と龍っ子はその気配を逐一感じ取れる……それは『龍種』特有の力だろう。

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