第242話「闇に紛れて襲う者の末路」

彼等は太陽のエルフと呼ばれ仲間の繁栄とエルフという種族全体の栄誉を重んじる……しかしターズが言った言葉は彼等にとって正反対の言葉だった。



 彼等は外界と隔絶したが為に、この世界の物は全て『自分達にのみ与えられるべき』と歪んだ考えを持つ者も出て来ていた。


 普段は同じ種族で隔絶した世界に閉じこもり、仲間達しか居ない為に見下す相手が側に居なかったが、探索任務で外界に出たが為に全てが狂ってきていた。


 隔絶した世界で既に精神まで蝕まれていた『傲慢』という感情に緩やかに……


 しかし実の所事の始まりはそれよりも前のことだった……彼等の王はその異変にいち早く気が付いた為に『隔絶』と言う手を使った。


 隔絶をした理由は『変異』から逃げる為だ。


 王は民のために全てを話すつもりだったが、それを阻止したい派閥が真実を捻じ曲げたのだ……その結果『隔絶の儀は悪しき生命に満ちた世界から最古のエルフだけは生き残る道』とされた。


 その為に『変異』については民に知らされる事が無かった。


 今でも太陽のエルフの王国では『変異』がどう言う過程で起きるか調査がされている。


 調査の中間報告では『絶望』や『破壊衝動』そして『欲望』が大きく関与している事がわかった。


 その為にもその感情に引き込まれない訓練がなされてきた。


 しかし今人間によって自分の本質を嫌と言うほど思い知らされた……彼等は受け入れてしまった。


 言葉では拒否をするが、心が受け入れた為に既に『変質』してしまったのだ……エルフの魂が……


 そして忌み嫌う種族に言われた『闇堕ち』それがきっかけとなり彼等の中の信念さえも反転する……そしてより欲望と破壊衝動に忠実な生き物に身も心も変異する……


「やめろぉぉぉぉ!俺は違う!闇の子じゃない!太陽のエルフなり!我は太陽の!」



 騎士団が幾つも投げ込んだ松明はその姿を映し出す。


 話に聞いていた太陽のエルフとは違った肌の色に変色していくのエルフ3人……皮膚の所々は蛇や魚の様な鱗が浮き出ている。


 目はルビーでも埋め込まれた様な紅あかさになり3人は悶え苦しんでいた……そして変異が終わると彼等が口に出す言葉は、完全に欲望と憎悪にまみれていた。



「人間め!大地のエルフめ!月のエルフめ!お前たちが居なければ我々は苦しまずに済んだのだ!隔絶した世界など作らずに済んだのだ!」



「黙ってお前たちは『秘薬』を我々に差し出していれば良いのだ!人間などには無用だ!所詮生きられる年月に大差はないだろうが!我々こそがそれを有効に使えるのだ!」



「この世界は我々の物だ!我……ガァァァァ……我等は太陽のエルフを葬る者であり世の終焉を語る者……深き闇を司る眷属!奈落のエルフなり!生きとし生けるものは例外無く全て滅びよ!!無に還るのだ……」



 その様子を離れたところで見ていた。


 彼は『秘薬』を仲間が奪ったら、それを持って仲間の所へ持っていく手筈だった。


 しかしその予定が大きく変わった……仲間が奈落落ちしたのだ……太陽のエルフではここ100年見ることが無くなった現象だ。



 しかし彼は変異をしなかった。


 理由は簡単で彼等の様に『エルフとしての信念』など無かったからだ。


 そして太陽のエルフとしての『誇り』を持たず、兄が血族名を与えられたが為に慢心していた。


 自分も兄の様に『いずれそうなる』と……そう言う意味では救いである……自分の間違いに気が付かない程『鈍感』なのだから。



 そして何より彼はこの世界を『恨んで』は居ない。


 何故なら、元から裕福である為に周りより欲望に忠実で『エルフの中』での権力を欲するだけだからだ。


 とどのつまり周りなどどうでも良いのだ……だから皆の前では恨言を吐くが心の中では気にもして居ないのだ。



 このエルフのグループ最後の1人は弓を構え『元仲間』の額目掛けて矢を撃ち込む。


 仲間が『奈落落ち』した瞬間を目の当たりにした彼は、太陽のエルフの慣わしに則って『輪廻』を与えるつもりだった……それが仲間を送る最後の彼の役目だと思った。


 しかし元をただせば、この彼こそが今回の問題の引き金になったのである。



 しかし元仲間は、見ることもなく何食わぬ顔で矢を避けると闇に溶け込む……周囲を目を凝らして見るが人間を襲っている気配は無い。


 そして次の瞬間、気がつくと足音も気配も消し既に自分の背後に3人は忍び寄っていた。


 そして仲間だった彼等は、言葉を発する事なくただ当たり前の様に持っていた細身の剣を彼に突き立てる。



「な!なんで……お前たちのために俺は……」



 それが彼の最後の言葉だった。



「何でだと?お前が『原因』だろう!?……俺達がこうなれたのはお前のお陰さ。お前が『保身の為』に嘘をついて居た事は既に皆が知っていた。俺達はお前を『哀れんでいた』親や兄が権力者だから仕方なく『黙っていてやった』んだ……今までお前の我儘に付き合ったんだ感謝しろ!」



「あとな……漸く全て理解した、皆でずっと話していた長年の疑問がやっとスッキリした……あの王国は嘘で塗り固められた国だ……俺たちを見ろ!我々の様な『闇の眷属』が増えれば自分達が危うくなるからな……だろう?………ってもう聞いてねぇか……」



「人間共……今日は奈落への最高の供物が手に入ったから見逃してやろう……だが決して忘れるな。この世界はいずれ闇に閉ざされる。終焉はもうすぐだ……」



 ターズ騎士団長は全身から冷や汗が出ていた……


 今まであの3人のエルフ達は『手際よく秘薬を奪い取ろう』だったのだ。


 殺す気もなく痛めつけて奪おうとしか考えて無かったのだ。


 しかしターズの一言が呼び水になり自分の中の『闇』と言うか『生きる者への殺意』を認めた為に変異が始まったのだろう。



 現にそれからの3人のエルフは動きが読めなかった……エルフが本気で相手をするとこうなるのだろう……ターズは命拾いした事を感謝するしか無かった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 騎士団全てに指示を出すターズは一刻も早くこの場所を去りたかった……


 万が一にもあのエルフ3人が考えを変えたならば、今のヤクタ騎士団など物の数には入らない。


 地力が違う上に生き物として完全に何かが壊れてしまったのだ。


 その上自分は怪我をして武器も振るえない。



「全員、よく聞け!すぐに帝国領まで『避難』する。既にあのエルフ3人は我々の許容を超えた生き物になった……災害レベルが格段に高い『魔獣』クラスだ……この人数で挑めば1人も生きては帰れん」




「ば!馬鹿な事を申すな!あの片腕を見つけなければ『帝国領』へ行っても献上品が足らんのだ!全軍で行かずに少数で探索にいけば良いではないか!」


 ここにも欲にまみれた者がいた……男爵だ。


 この危険を見ても欲が勝り諦められないのだ、しかし騎士に命令をしても探す事はせずに逃げ出すのは目に見えている。


 それどころかあの様な化け物相手に、少数で探索させるなど『殺してください』と言っている様なものだ。


 しかしこうなったら間違いなく聴く耳は持たない事など承知の上だ。



「わかりました……では私と騎士5名で探索へ向かいます。『ポーション』と『マジックワンド』を頂けませんか?万が一見つけても、逃げる時に遭遇したら逃げ切れませんし、現時点で私も傷を負っています」



 ターズは追っ手を撒く為の手段であったマジックワンドを思い出した。


 エルフは精神系の魔法効果には耐性があると聞いたが、何も無しで探索に向かうより幾らかマシだ。


 それに逃走案を聞いた時言っていた、精神系ワンド2本に捕縛系の魔法の杖が1本あった事を思い出した。


 今は探索に向かうのだから、見つかった場合逃走に使うのは当然なので言ったまでだ。



 しかし男爵は、今になってこれを『金に変えよう』と考えていた。


 自分にとって今起きた危険は『他人事』だった。


 守られている上に、命令すれば自分だけは助かると勘違いしているからだ。




 ターズにそういわれた男爵は初級ポーションだけを3個渡す。


「此方とて戻ってくるのを待たねばならん!今1つ使って傷を癒せ!そして残りの2個は腕を見つけた時に使うのだ!それまで決して使うなよ!?」



「それにあの魔物がこっちに来ないとも限らん!『秘薬』を優先に守らねばならんのはお前も分かっておるだろう!」



 ケチにも程がある……それを聞いた騎士達の士気は更に下がる。


 無言で傷にポーションをかけて半分は残しておく……念の為だ。


「………では行ってまいります。おいお前達5人一緒にこい。残りの者は大きな篝火を作り交代で見張りをしろ。我が戻るまでは男爵様をお守りする様に!」


「エルフは目が良すぎるせいか大きな光が苦手な様であった。いいか!?火を絶やすなよ!」



 そう言って兵士5人を連れて探索に向かうターズ。


 心の中では子供のお守りよりタチが悪いと愚痴っていた……

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